第34話 グラーフ家
辺境伯家の一室。
厚い石壁と重い机が、長い歴史を物語っていた。
辺境伯――レオンハルトの父は、窓の外の山並みを一瞥してから、ゆっくりと口を開いた。
「王家は、また内輪揉めか。」
その言い方には、憐れみよりも、軽い呆れが滲んでいた。
「痴情のもつれ、あれは王家が民に見せる都合のいい物語だな。」
レオンハルトは姿勢を正し、父を見た。
「はい。そして、その物語を操っているのが、王太子殿下かと。」
「操る? ふん。」
辺境伯は鼻で笑った。
「王家はいつの時代も、自分たちが盤を動かしているつもりでいる。だが実際は、動いているのは民と貴族の空気だ。」
「空気ですか。」
「そうだ。空気を読む者が王になる。読めない者は血を流す。」
辺境伯は机に指を置く。
「第二王子は、読めなかった側だ。」
レオンハルトは、静かに頷いた。
「王太子殿下は、読めているつもりの人間ですね。」
「つもり、が一番危うい。」
辺境伯は、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「王家がどれほど立派な冠をかぶろうと、国境を守ってきたのは、常に我が辺境伯家だ。」
「王が替わろうと、国境は動きません。」
「そうだ。」
父は、わずかに口角を上げた。
「王家が燃えようと、我が家は雪の中で剣を握り続ける。だからこそ、王家は我らを軽んじられない。」
レオンハルトは、少しだけ目を細めた。
「その軽んじられない家として、
今回の件をどう見るべきでしょうか。」
辺境伯は、きっぱりと言った。
「王家の内情には深入りせん。
だが――我らに飛び火するなら、話は別だ。」
「飛び火、とは。」
「王太子が、便利な盾として辺境伯家を使うなら、その瞬間、我らは王家と対等ではなく上から物を言う。」
レオンハルトは、少しだけ笑った。
「王家相手に上からですか。」
「当然だ。」
辺境伯は、涼しい顔で言い切る。
「この国は、王家だけで立っているわけではない。
王は玉座に座る。だが、国を支えている柱は、複数ある。」
「我らも、その一本、ということですね。」
「一本どころか、折れたら国が傾く柱だ。」
辺境伯は、低く続けた。
「王太子が賢いなら、そのことを忘れぬ。
愚かなら――我らは忘れさせないだけだ。」
レオンハルトは、静かに頭を下げた。
「承知いたしました。その時は、王家に現実を見せる役目、私が担います。」
辺境伯は、満足そうに頷いた。
「それでいい。王家は王家らしく。辺境伯家は、辺境伯家らしく、だ。」




