第30話 噂
王城に、ひそやかな噂が流れ始めたのは、第二王子の姿がぱたりと見えなくなってから三日後だった。
――女絡みの揉め事で、命を落としたらしい。
――相手は貴族の娘とも、平民の女とも。
――感情に任せて刃を向けられた、と。
誰が最初に言い出したのかは、分からない。
だが、不思議なことに、その噂は“妙に整って”広がっていった。
そして、王太子は――
「王族の……いや、弟の私事を、これ以上面白おかしく語るのは控えてほしい。」
公の場で、そう静かに告げた。
「弟の死は、王家にとっても深い悲しみだ。憶測や噂で、これ以上傷を広げるべきではない。」
声音は穏やかで、表情には深い憂い。
責任を一身に背負う兄の姿に、重臣たちは胸を打たれた。
「殿下、お辛い中よくぞ……。」
「これほどの器の方が、次の王になられるのは国の幸いだ。」
噂は“悲劇”へと塗り替えられ、
王太子は“哀しみを飲み込む兄”として、さらに支持を集めていった。
――完璧すぎるほど、完璧な流れだった。
しかし学園の剣術場の裏手で、レオンハルトは腕を組んで空を見上げていた。
(……早すぎる。)
死の噂が出るのも、
鎮火の声明が出るのも、人々の感情が“同情”へと整えられるのも。
まるで、最初から“そうなる予定”だったかのようだ。
(痴情のもつれ?
第二王子らしい話ではあるが、それにしては都合が良すぎる。)
王太子が“守った形”を取りながら、
同時に“広まる形”も選んでいる。
(火をつけて、自ら消す。“燃やし方”と“消し方”を、両方知っている。)
レオンハルトの背に、ひやりとしたものが走った。
そしてもう一人。
頭がやたら冴えてるこの方
シャーロットの幼馴染、エドモンド。
彼は、学園の図書室で一人、帳簿と新聞の切れ端を並べていた。
「……おっかしいな。」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
「噂の初出は、城下の酒場。
でも、そこに最初にいたのは王城の出入り商人だ。」
さらに指で紙をなぞる。
「鎮火の声明が出たのは、その二日後。
でも、その前日に、もう“哀悼ムード”の記事が準備されている。」
つまり――
「止める前提で流してる、か。」
エドモンドは、小さく笑った。
「うわあ、王太子殿下、やっぱり怖い人だな……。噂を事故に見せかけて、感情まで誘導するなんて。」
思わずシャーロットの顔を思い浮かべる。
(この渦の中心に、あいつがいるのが一番まずい。)
噂の表向きは“女絡み”。
だが、本当の火種が誰なのか――
「……シャーロットお前、本当にとんでもない人に愛されてんな。」
同じ頃、王城の高い塔の一室で、
王太子は窓の外を眺めながら、静かにワイングラスを傾けていた。
「人は、悲劇を好む。そして、悲劇に耐える者を王にしたがる。」
その唇に、うっすらと笑みが浮かぶ。
「……弟よ。君の死は、無駄にはしないよ。」
だが、その完璧な盤面を、
“読もうとしている者たち”が、すでに動き始めていることを王太子だけが、まだ楽しむように見つめていた。




