第3話 第二王子
教室の扉を開けた瞬間、
空気が、変わった。
ざわざわ、と小さな波が立つ。
突き刺さるような視線
ひそひそとした囁き
興味、好奇、そして――はっきりとした敵意
私は、ただ席につこうとしただけなのに。
「――ほら、あの方よ。」
「入学式の後に王太子殿下に声をかけられてた方よね。」
「嘘でしょ……!?」
耳に入ってくる断片的な声に、胃のあたりがきゅっと縮む。
(もう広まってる……。)
王太子殿下にただ声をかけられた
それだけで、これだ。
遠巻きに、興味津々で観察する者。
露骨に、嫉妬を隠そうともしない者。
そして――
「へぇ、君が噂の伯爵家のご令嬢?」
遠慮という言葉を知らない声
顔を上げると、そこには――
銀髪に吸い込まれそうな透き通った緑の瞳
美男子だが軽薄そうな笑み
(……おぅ!!ついに出たな!?)
第二王子
王太子殿下の異母弟
そして、このゲームにおける
女癖の悪さが振り切れている攻略対象者その2。
「シャーロット・エヴァンス嬢だっけ?同じクラスみたいだね。ヨロシクね〜。」
椅子に腰掛けたまま、気安く話しかけてくる。
周囲が、ざわっと色めき立つ。
(よりにもよって、なぜ同じクラス……!)
運営側は何を考えているのか。
なぜこうも揃いも揃って、
顔と肩書きだけの男ばかりを攻略対象にしたのだろうか。
あの会社はダメンズ好きの集まりか!?
私は心の中で全力で問い詰めていた。
「入学初日であの王太子殿下に見初められるとか、凄いね。」
にやにやと、楽しそうに言う第二王子。
「狙ってた?それとも偶然?」
「ち、違いますっ……!」
思わず否定すると、彼はますます楽しそうに目を細めた。
「へぇ、じゃあ天然か。可愛いね。」
(やめて、余計なこと言わないで……!)
周囲の視線が、さらに鋭くなる。
と、その時。
「――随分と、楽しそうだ。」
低く、静かな声が教室に落ちた。
空気が、一瞬で凍りつく。
私は、振り返らなくても分かった。
(……また来たな!!最恐ヤンデレ!!)
王太子殿下。
金髪碧眼、完璧な微笑を浮かべながら、
しかしその瞳は、全く笑っていない。
「兄上おはようございます。」
第二王子が、軽く肩をすくめる。
「同じクラスだったみたいでさ、あのシャーロット嬢と。」
「……そうか。」
王太子殿下の視線が、
私と、第二王子の距離を正確に測るように動く。
そして、私だけに向けて、柔らかく微笑んだ。
「シャーロット嬢。席は、そこかな?」
なぜか、もう知っているような口ぶり。
「もし困ったことがあれば、いつでも私に言ってほしい。力になるよ。」
それは、誰が聞いても優しい言葉。
――だが
「この学園で、君を煩わせる存在は私が、すべて排除するから。」
笑顔で第二王子を見ながらこのセリフを吐くのをやめてもらいたい。
完璧な王太子の微笑みのまま″排除″とか物騒な単語が、はっきりと聞こえた。
第二王子が、口元を引きつらせる。
「怖いこと言わないでよ〜。」
「怖がらせるつもりは一切ない。事実を述べているだけだ。」
そして、私にだけ分かるほど近くで、静かに囁いた。
「君は、私が守るべき存在だ。」
その言葉に、背筋がぞくりと震える。
気づいてしまった。
この学園で一番危険なのは、
声を荒げる者でも、噂を流す者でもない。
笑顔のまま、すべてを掌握する王太子殿下。
私の平穏な学園生活は、
どうやらもう、詰みかけているらしい。




