第29話 辺境伯家嫡男
学園・剣術場の裏手。
木陰に置かれた長椅子にレオンハルトは一人、腰を下ろしていた。
昼間だというのに、人の気配が薄い。
それ自体が、すでに“異常”だった。
(……静かすぎる。)
学園という場所は、本来もっと雑音に満ちている。
噂話、笑い声、嫉妬、好奇心。
それらが渦を巻くはずの場所で、
今はまるで、誰かが意図的に音を削ぎ落としたような感覚があった。
レオンハルトは、何気ないふりをして周囲を見渡す。
護衛の配置、巡回の間隔、見慣れない顔が混じっている。
(王城の兵……しかも、諜報寄りの人間。)
学園に、ここまでの人員を割く理由は一つしかない。
(“王家の不祥事”か。)
そして、その中心にいるのは――
考えるまでもなく、あの二人。
シャーロット嬢、そして第二王子。
噂は、もう耳に入っていたが、噂の内容以上に
“噂の扱われ方”が、異常だった。
誰かが、意図的に、噂の形を整えている。
それは、火を消す動きではない。
火を、“燃やす形”を選んでいる動きだ。
(この策士ぶり……兄殿下か。)
王太子。
静かで、穏やかで、
だが、最も容赦のない男。
(あの人は、“邪魔なもの”を事故と不運の形で消す。)
第二王子が、
最近やけに人前に出ない理由も、
護衛が増えた理由も、すべて一本の線で繋がる。
(……もう、詰んでいるな。)
レオンハルトは、拳を握った。
(あれが、ただの兄弟喧嘩ならまだ助けようもあった。)
だが、今回は違う。
“女”が絡んでいる。
胸の奥が、ひどく嫌な音を立てた。
……あの方の薔薇に触れた時点で第二王子は、もう死んだも同然だ。)
そして、もう一つ。
(問題は……その余波がどこまで広がるか、だ。)
第二王子が消えれば、
次に矛先が向かうのは“彼と親しかった者”、“同じ女を見ていた者”
――つまり、自分だ。
(……俺も、射程圏内か。)
レオンハルトは、静かに立ち上がった。
だが、王太子は俺をどう使うか決めきれていないだろう。
剣の才、辺境の軍、国防の要、それが自分の猶予。
辺境伯家を敵に回せば王家は滅亡するも同然。
そんな真似はあの王太子には無理だろう。
風が吹き、
剣術場の旗が大きくはためいた。
レオンハルトは、遠くの王城を見つめる。
(……策士は一人で十分だ。)
(この盤面、王太子の独壇場になる前に俺も動かないといけないな。)
その目には、
剣士ではなく、
“生き残る者”の冷たい光が宿っていた。




