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地味に過ごしたかったのにヤンデレ王太子に囲われた  作者: 水瀬みずか


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第28話 裏庭

 学園・旧礼拝堂の裏庭。

昼休みのざわめきから少し離れたその場所で、第二王子は一人、石の縁に腰を下ろしていた。

風が、まだ冷たい。

だが、彼の胸の奥は、熱を持ったままだった。


指先を唇に当てる。

そこに残っているはずのない感触を、何度も確かめるように。

怯えた目で見られたが、それでも離せなかった。

(ただの、欲に負けた男だ。)


その自覚が、遅れて胸を刺す。

「……取り返しがつかない、か。」

自嘲するように呟いたとき、

背後から、軽い足音がした。

「殿下。」

振り返ると、学友という名のお目付け役が立っていた。

いつもは冗談めかした顔をしている男だが、今日は表情が硬い。

「何だ、その顔。」

「……噂が、もう動いてます。」

第二王子は、ゆっくりと立ち上がった。

「どんな?」

「“学園で、殿下が伯爵令嬢に無理やり口づけた”

 ……尾ひれがついてます。“押し倒した”とか。」

「……あいつら。」

歯を食いしばる。

事実よりも、少しだけ誇張されている。

だが、否定しきれない核がある以上、噂は止まらない。


「兄上は?」

側近は、一瞬だけ視線を逸らした。

「……諜報部が、もう動いてます。」

その一言で、空気が変わった。

第二王子は、乾いた笑いを漏らした。

「はは……早いな。さすがは兄上だ。」

冗談めかした声とは裏腹に、

背中を、冷たいものが伝っていく。



「……俺、どうなると思う?」

「殿下……。」



第二王子は、空を仰いだ。

雲一つない、馬鹿みたいに青い空。

(こんな日に、俺は消えるのか。)



「……シャーロット嬢は?」

「殿下の庇護下です。誰も、近づけません。」

それを聞いて、

第二王子は、少しだけ、笑った。

「……それなら、いい。」

自分は消えても、

彼女が守られるなら、それでいい。


「最後に、頼みがある。」

「……何でしょう。」

「もし、奇跡みたいに生き延びたら――いや、無理だな。」

小さく首を振って、言い直す。

「俺が“事故”になったら、誰にも言うな。

 あのキスを俺が後悔してたってことも。」

「……なぜです。」

「そんなもの、彼女の人生にいらないだろ。」

それは、王子らしくない、

ひどく人間的な言葉だった。

風が吹いて、

木の葉が一斉に揺れた。

それを見つめながら、第二王子は思う。

(俺は、もう終わりだ。)



その夜、

王城のどこかで、

“次の不幸”の準備が、

静かに、着々と整えられていくことを皆まだ知らなかった。

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