第27話 諜報部
王城・諜報部の地下室。
灯りは最低限、音も、感情も、すべてが抑えられた空間。
王太子は、机の前に立ったまま動かなかった。
報告書はすでに読み終えている。
だが、その書類を置くことだけが、なぜか出来なかった。
「――以上が、学園内で起きた一連の出来事です。」
諜報官の声は淡々としている。
感情を乗せることは、ここでは許されない。
王太子は、ゆっくりと書類を机に伏せた。
「確認する。」
声は静かだった。
だが、その静けさが、かえって異様だった。
「またもや第二王子は、シャーロットに抱きつき、
拒まれながらも口づけをした。
しかも、短いものではなく――
彼女が呼吸を乱すほどの、深く強引なものだった、と。」
「事実です。」
「目撃者は?」
「複数人。証言は一致しています。」
王太子の指が、きし、と音を立てた。
拳を握ったわけでも、机を叩いたわけでもない。
ただ、指先に力が入りすぎただけだ。
重い空気が支配する。
「もういい。下がれ。」
「は。」
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
一人になった瞬間、
王太子は、ようやく椅子に腰を下ろした。
胸の奥が、焼けるように熱い。
だが、それは激情ではなかった。
怒りは、すでに“処理”の段階に入っている。
(弟だと思っていた。)
そう、つい最近まで。
(だが、もう違う。)
――“彼女に触れた者”でしかない。
「……取り返しがつかないのは、貴様の方だ。」
王太子は、机の引き出しを開けた。
そこには、王家の紋章が刻まれた小さな箱。
中には、数枚の名簿と密書。
第二王子の名の横に、静かに印をつけた。
それは、処刑判決ではない。
だが、
“生存を前提としない存在”になった、という印だった。
すでに、盤面は頭の中に出来上がっている。
誰と揉めるか、どこで倒れるか。
誰が泣き、誰が黙るか。
国を揺らさず、王家の品位を汚さず、
“ただの不幸な王子”として終わる形で。
そして最後に、
王太子は、そっと呟いた。
「シャーロット。」
その名だけは、
どんな策略の中でも、
穢してはならないものだった。
「安心しろ。
君に触れた手は――必ず消す。」
その声は、優しかった。
だが同時に、もう誰にも止められない粛清の始まりを告げる声でもあった。




