第26話 放課後
夢のような晩餐会から数日後
放課後の回廊は、人気がまばらで、夕陽が長い影を引いていた。
窓から差し込む橙色の光が、床の石目を静かに染めている。
第二王子は、壁にもたれて、ぼんやりと中庭を眺めていた。
遠くから、笑い声が聞こえる。
彼女の声ではないと分かっているのに、
一瞬、心臓が跳ね彼女の姿を探してしまう自分に、気づいてしまう。
廊下の角を曲がった瞬間、
よく知る後ろ姿が、視界に入った。
距離を保つように足は少しだけ、遅れて従う。
兄の影を背負う者として、越えてはいけない線がある。
それでも、胸の奥では、あの一度のキスが静かに、しかし確実に、
鍵を外してしまったのだと理解していた。
理性で抑えていたはずの距離が気づけば、もう一歩も戻れないところまで縮まっていた。
彼女が振り返った、その瞬間だった。
戸惑いと警戒が混じった瞳。
それを見た途端、胸の奥で、何かが完全に切れた。
考えるより先に、腕が伸びていた。
「第二王子殿下……?」
細い肩を抱き寄せる。
驚いた息が、胸元にかかる。
「離してください……。」
言葉とは裏腹に彼女の手は、すぐには抵抗しなかった。
それだけで、もう駄目だった。
顔を伏せ、逃げ場を塞ぐように抱きしめて、
そのまま、唇を重ねた。
強引だった。
理性も、計算も、何もなかった。
ただ、欲しいと思った。
触れたい、離したくない、奪ってしまいたい――
その衝動だけが、体を動かしていた。
彼女の息が乱れ、指先が、無意識に彼の衣を掴む。
その感触に、胸が熱くなる。
やがて、唇を離すと、
彼女は息を整えられないまま、震える声で言った。
「どうして……。」
答えられなかった。
答えなど、最初から分かっている。
彼は、額を彼女の額に預け、低く呟いた。
「……もう、戻れない。」
声が、少しだけ震えた。
「一度で終わると思っていた。
触れなければ、忘れられると思っていた。
だが……もう、取り返しがつかないところまで来てしまった。」
彼女の瞳が、揺れる。
戸惑いと、不安と、そして消しきれない感情。
「君を、ただの“過去”になど、できない。」
それは告白であり、
同時に、自分への宣告でもあった。
一人の男として――
もう、安全な場所には戻れないところまで、完全に踏み込んでしまった。




