第20話 エドモンド
「……で?」
エドモンドは、紅茶を一口飲んでから、あまりにも淡々と聞いた。
「キスは、したのか?」
その一言で、シャーロットの思考が止まった。
「……した。」
視線を落としたまま、正直に答える。
沈黙。
――怒られる。
――呆れられる。
――軽蔑される。
そう身構えた、その次。
「……あーあ。」
エドモンドは天井を仰いだ。
「やったな、お前。」
「ちょっと!?」
机に肘をつき、じっとこちらを見る。
「最悪の一歩、ちゃんと踏んでるな。」
胸が、きゅっと縮む。
「私だって……!」
「分かってる。」
遮るように言われた。
「分かってるから言うんだ。」
彼は声を荒げない。
それが、逆に怖い。
「キスを拒んだか?」
「……止めた。でも、途中で。」
「逃げたか?」
「……完全には。」
「つまり、相手に可能性を与えた。」
ぐうの音も出ない。
「シャーロット。」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「お前は悪くない。だが、無傷ではいられない状況に入った。」
「……。」
「第二王子はな、軽い男だ。だが――」
一拍置く。
「軽いからこそ、特別を勘違いする。」
思い当たる節がありすぎて、喉が詰まった。
エドモンドは、さらに畳みかける。
「王太子殿下には?」
「……言ってない。」
「だろうな。」
即答。
「言った瞬間、血が流れるだろ。」
「物騒すぎる!」
「現実だ。」
彼はため息をついた。
「いいか。今のお前は王太子にとっては“囲い込み対象”そして、第二王子にとっては“奪えるかもしれない女”、最後、レオンハルトにとっては“沈黙してても手に入るかもしれない女”だ。」
「……私、ひどい扱いね。」
「違う。」
エドモンドは即否定した。
「価値が高すぎるだけだ。」
その言葉に、胸が痛む。
「だからな、これ以上は自分を責めるな。」
「でも……。」
「一人で抱え込むな。判断を委ねるな。曖昧な優しさを見せるな。」
「……できるかな。」
「できなくても、やれ!」
はっきり言い切られた。
「これは恋愛じゃない。生存戦略だ。」
その言葉に、思わず苦笑する。
「相変わらず、夢がないわね。」
「夢を見ていいのは、逃げ場がある奴だけだ。」
立ち上がり、背を向けながら言う。
「お前には今、それがない。地獄に片足どころか両足を突っ込んでるんだ。」
そして、振り返って一言。
「だから俺がいる。」
胸の奥が、じんと熱くなった。
「……エドモンド。」
「勘違いするなよ。」
すぐに釘を刺される。
「俺は助け舟は出すが、身代わりにはならん。」
「分かってる。」
最後に、にやりと笑う。
「あと、次にキスされそうになったら――」
「なったら?」
「足を使え。股間を蹴り上げろ。男は意外と脆い。」
「ちょっと!伯爵令嬢に何教えてるの!」
「実践的忠告だ。」
その軽口に、久しぶりに心から笑えた。
怖い、苦しい、逃げたい。
それでも……一人じゃない。
そう思えるだけで、少しだけ、背筋が伸びた。
――エドモンド
惚れてしまいそうだよ。
惚れないけどさ。




