第2話 入学式
名門貴族学園の入学式は厳かで華やかだった。
講堂に並ぶ新入生たちは、選ばれた家柄の子息令嬢たち
視線の先――壇上には、まばゆい存在が立っていた。
金髪に碧眼
完璧に整った顔立ち
凛とした微笑
――王太子殿下
(ダメ……見ないのよ。見ちゃダメ……。)
私は視線を伏せ、必死に存在感を消そうとした。
入学式初日から目立つなんて最悪の展開である。
……なのに。
「――」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
(あ…見られてる。)
理由もなく、そう確信してしまった。
恐る恐る顔を上げると――
壇上の王太子と目が合った。
それは一瞬、けれど確かに。
王太子殿下は、私を見て微笑んだ。
(しまった…。)
周囲に向ける、完璧で社交的な微笑みとは違う。
まるで「見つけた」と言わんばかりの、意味ありげな笑み。
その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
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【王太子視点】
――自分に向けられる無数の視線。
それは、王太子として生まれた瞬間から当たり前の 光景だった。
だから最初は気まぐれだった。
壇上から新入生たちを一瞥しただけ。
いつも通り、整った笑みを浮かべながら。
そこで、ふと胸の奥に引っ掛かるものを覚えた。
人の海の中に、ひときわ目を引く存在。
派手な装いをしているわけではないし前に出ようとしているわけでもない。
それなのに、視線がそこから離れない。
金色に近い艷やかな髪。
柔らかな曲線を描く肢体。
伏せた睫毛の奥に、どこか怯えを含んだ気配。
――美しい。
そう思った瞬間、王太子はわずかに口角を上げた。
面白い。
令嬢たちが寄ってくるのが当たり前の人生。
自分から興味を持つこと自体が珍しい。
だからこそ
(見つけた)
それだけで十分だった。
*
入学式後。
ざわめく廊下の中で、王太子は迷いなく一人の令嬢に近づいた。
「シャーロット・エヴァンス嬢だね。」
名を呼べば、彼女は小さく肩を震わせて振り返る。
予想どおりの反応に、内心で満足する。
「初めまして。入学おめでとう。」
完璧な笑みを向けると、彼女は慌ててカーテシーをした。
「恐れ入ります、王太子殿下。」
近くで見ると、さらに分かる。
これは――飾り立てる必要のない美しさだ。
王太子は、自然に言葉を続けた。
「君の父上には、我が父も大変世話になっていてね。」
彼女の瞳が、わずかに見開かれる。
「エヴァンス伯爵は、忠誠心と手腕を兼ね備えた人物だ。
……あのエヴァンス伯が、自慢したくもなる美しさなのが頷けるな。」
周囲が、息を呑む気配が伝わってくる。
――王太子が、特定の令嬢を評価する
それがどれほどの意味を持つか。
シャーロットは言葉に詰まり、視線を伏せた。
その仕草すら心を鷲掴みにされる。
王太子は、彼女にだけ聞こえるほどの小さな声で呟く。
「気に入ったよ。」
その瞬間
碧眼に、強い執着の色が宿る。
――逃がすつもりはない。
最初から、その選択肢は存在しない。
王太子は、彼女の手を取った。
驚きで強張る指先
その手の甲に、ゆっくりと口付ける。
「では、また。エヴァンス嬢。」
あくまで優雅に、あくまで穏やかに。
だが、その仕草は、所有の宣言だった。
彼女が何も言えず立ち尽くす背後で、
王太子は満足げに微笑む。
学園生活が、退屈しなくなりそうだ
そう思いながら。
――この時すでに、彼の中で答えは決まっていた。
この令嬢は、
いずれ自分の隣に立つ存在だと。




