第19話 越えてはいけない一線
放課後の図書館は、昼間とは別の顔を見せる。
高い天井、整然と並ぶ書架。
人の気配はまばらで、紙とインクの匂いだけが満ちていた。
シャーロットは、窓際の閲覧席で本を閉じ、小さく息を吐く。
この場所は、学園で数少ない安心できる空間のはずだった。
「勉強熱心だね。」
その声に、心臓が跳ねた。
振り返ると、第二王子が書架の影から姿を現す。
制服姿、いつもの軽い笑み。
けれど、今日はどこか視線が鋭い。
「殿下……ここは――。」
「静かにしないと、司書に叱られる。」
囁くような声。
距離が近い、やっぱり近すぎる。
背後には机、横には書架。
人目は少ないが、完全な密室ではない――
それが、逆に逃げづらい。
「あれから忘れられなかった。」
視線が、逸らせない。
顎に触れられそうになり、シャーロットは息を詰める。
「殿下、やめてください。」
「やめるつもりだったよ。」
そう言いながら、一歩近づく。
「でも――」
唇が、触れる。
深く確かな感触。
「……っ!」
シャーロットは声を殺し、身を強張らせる。
離れた第二王子は、呆然としたように息を吐いた。
まるで、自分でも信じられないものを見たような表情。
「……最悪だ。」
小さく呟く。
「冗談のつもりだったのにな。」
唇に触れ、苦笑する。
「でも謝らないよ。後悔もしない。」
それが、彼なりの誠意なのか、開き直りなのか。
視線が、強く絡む。
「ただ、兄上が決める前に君の心が欲しかった。」
そう言い残し、第二王子は踵を返す。
本の背表紙が揺れ、足音が遠ざかる。
図書館には、再び静寂が戻った。
シャーロットは、唇に指を当てる。
誰にも見られていない。
それでも、確かに越えてしまった一線。
胸の奥に、罪悪感と恐怖が重く沈む。
*
同じ頃。
学園内の報告を受け取った王太子は、静かに目を伏せた。
「……図書館か。」
声は穏やか。
だが、側近は凍りつく。
「確認は取れているな。」
「はい。時間、位置、行動――一致しております。」
王太子は頷いた。
「ありがとう。」
「触れた以上、守る責任が私に生じたようだ。」
囲いは強化される。
静かに、確実に。




