第15話 狂い出す歯車
正直に言えばこの時間だけが、救い。
シャーロットは、学園の中庭で紅茶を口にしながら、ほっと息をついた。
「ねえ、シャーロット。
このお菓子、昨日城下で流行ってるって聞いたの。」
にこにこと差し出してきたのは、友人のリリア。
同じ伯爵家の令嬢で、下世話な噂話には興味が無く刺繍と読書を好む穏やかな性格だ。
「ありがとう。美味しそうね。」
「でしょ?ほら、マリアもいかが。」
「ええ。甘さ控えめで食べやすいわ。」
マリアもまた、穏やかな微笑みを浮かべる。
――彼女たちは、シャーロットにとって数少ない安全地帯だった。
王太子殿下のお気に入りで婚約間近じゃないかという噂。
そうした立場を必要以上に持ち上げも、妬みもせずただ、友人シャーロット個人として接してくれる。
……ありがたい。
だからこそ、胸が少しだけ痛む。
「最近、なんだか大変そうね。」
ぽつりと、リリアが言った。
「無理して笑ってない?」
シャーロットは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……そんなこと。」
ない、と言い切れなかった。
王太子は優しく丁寧で、甘く、完璧。
拒める隙がない。
私、驚くほど流されている……。
抗いたい気持ちと、抗えない現実。
転生前は押しの強い周りにぐいぐい流される設定の主人公に苛立ちを感じることもあったが、いざ自分がその立場になると、なんと難しいことか。
「シャーロット?」
マリアが、そっと声を落とす。
「殿下は確かに素晴らしい方だけれど、あなたが苦しいなら、それは少し違うと思うわ。」
その言葉に、胸がきゅっと縮んだ。
「ありがとう。でも、大丈夫よ――多分。」
自分に言い聞かせるように発した言葉。
その時だった。
ふと、遠くから視線を感じる。
誰かが、こちらを見ている気配。
振り返ると、視界の端でレオンハルトの姿が見えた。
彼は、こちらを見ているようで見ていない。
ただ、少しだけ緊張した横顔。
(……何か、あったのかしら)
同時に、別の方向から、軽い視線。
第二王子だ。
笑みを浮かべながら、
けれど今日は、どこか落ち着きがない。
(最近、やはり変)
誰も彼も、少しずつ。
何かが、噛み合わなくなってきている。
シャーロットは紅茶を飲み干し、そっと息を吐いた。
何故なのか、私の知らないところで
何かが決まりつつある感覚だけが重くのしかかる。
――王太子は察知する
執務の合間に報告書から視線を上げた。
はっきりとした情報ではない。
だが、確かな気配。
最近、弟の動きが多い。
そして、辺境伯家のレオンハルト
こちらは静かすぎるのが、逆に目につく。
王太子は、思案し指先で机を軽く叩いた。
「これはもしや。」
シャーロット、君に触れようとするものが増えたようだ。
「囲いは、さらに強めよう。」
柔らかな声で、側近に告げる。
それは命令であり、
同時に――
「私の薔薇の開花を邪魔する者は誰であろうが、消す。」
独占の宣言でもあった。




