第12話 極秘の薔薇
王宮の奥深く。
立ち入りを許された者しか足を踏み入れられない、温室区画。
整然と並ぶ鉢の中、最も厳重に管理された一角に、その薔薇はあった。
艶のある深緑の葉。
そして、今はまだ固く閉じた蕾。
「……順調だな。」
王太子は、低く満足げに呟いた。
品種改良に成功したという報告を受けたのは、つい先日のこと。
だがこの新種の存在を知る者は、王宮でもごく一部に限られている。
国王・王妃両陛下
植物研究院の責任者数名。
そして――王太子自身。
それ以外には、まだ一切伏せられていた。
「開花までは、あとどれくらいか。」
「順調に進めば、数か月以内かと。
ただし、環境を少しでも誤れば――」
「失敗は許されない。」
王太子の声は静かだが、断定的だった。
「この薔薇は、我が国の象徴になる薔薇だ。」
研究院長は喉を鳴らす。
「私と愛しい人とのね。」
「薔薇の開花と同時に、正式に婚約を決める。
それが最も美しく、最も逃げ場のない形だ。」
咲いた薔薇は、祝福。
だが同時に、既成事実の象徴でもある。
国王はこの計画を聞いたとき
「想いが重すぎぬか。」
と、ただ一言を発した。
それに対する王太子の答えは、簡潔だった。
「いいえ。
必要なだけ。むしろ、まだ足りないです。」
王太子は、蕾に手を伸ばしかけ――途中で止めた。
まだだ。
触れるのは、開花の瞬間でいい。
君が、私のものになるその時に
シャーロット・エヴァンス。
彼女はまだ、この薔薇の存在を知らない。
知らないまま、日々を過ごし、笑い、悩み、抵抗しようとしている。
(可哀想に)
だが、その思考には一片の同情も混じらない。
(すべて整った後で、知らせてあげよう)
薔薇が咲いたとき。
国王夫妻の承認が揃ったとき。
周囲の包囲網が完成したとき。
その瞬間こそが、最も美しい。
「――ロイヤルハイネス・シャーロット」
まだ名付けられただけの薔薇に、王太子は囁いた。
「君は、必ず咲く。私の隣でね。」
それは祝福であり、
確定した未来の宣告だった。




