第10話 王宮
王宮の回廊は、相変わらず豪奢で無駄に広い。
伯爵邸から王太子専用の馬車で運ばれ、近衛騎士に囲まれて歩くこの状況が、すでに“お茶会”という言葉の軽さと釣り合っていなかった。
(お茶って、こんなに物々しいものだったかったかしら……)
案内されたのは、王族用の小サロンだった。
格式はあるが、広すぎない。
逃げ場がないとも言える。
「来てくれてありがとう、シャーロット。」
柔らかな声でそう言ったのは、王太子殿下。
今日も完璧な装い。
完璧な笑顔。
完璧な距離感――いや、近い。
「こちらこそ、お招きありがとうございます。」
礼儀正しく返しながら、内心で一歩引く。
(この人、距離の詰め方が自然すぎて怖い)
テーブルには、王宮専属パティシエが手がけた焼き菓子と、フィンガーサンドイッチ、香り高い紅茶が用意される。
王太子は自らカップを取った。
「君の好みに合わせた。ベルガモットの香りは控えめだ。」
「お気遣い、恐縮です。」
そう言うと、殿下は満足そうに微笑んだ。
「君が喜ぶ顔を見るのは、好きだからね。」
さらりと、逃げ場を塞ぐ言葉を混ぜてくる。
そのときだった。
「相変わらず独占欲が強いね、兄上。」
聞き慣れた軽い声が、入口から響いた。
(やっぱり来た……。)
第二王子殿下。
「学園だけでなく、王宮でも会えるとは思わなかったよ、シャーロット嬢。」
「……奇遇ですね。」
最低限の礼を返すと、彼は楽しそうに笑った。
「ねぇ、シャーロット嬢、疲れない?
最近はどこへ行くにも近衛付き、兄上付き。」
「余計なお世話だ。」
王太子は穏やかに、しかし即座に遮った。
「君は知っているだろう。彼女がどれほど注目されているか。」
「もちろん。」
「ところで何か用か。授業中の接触はともかく、ここは私の管理下だ。」
空気が、ひやりと冷える。
「……相変わらず怖いなあ。」
第二王子は楽しそうに笑う。
「でも、余計に欲しくなるんだよね。 兄上のものになりそうだと思うと。」
「……それ以上は許さぬ。」
王太子の声は低い。
「忠告?」
「警告だ。」
「怖いなあ。」
第二王子は肩をすくめる。
「でもさ、シャーロット嬢。」
軽薄な視線が、再び向けられる。
「兄上の“お気に入り”ってだけで、君の価値が決まるわけじゃない。
選ぶ権利は、君にある。」
それは、甘い言葉を装った爆弾だった。
王太子が一歩前に出る。
「――下がれ。」
「はいはい。」
第二王子は両手を上げて後退した。
「教室でまた会おう。
兄上の視線が届かない場所で、ね。」
意味深な笑みを残し、去っていった。
去り際の一言が、確実に地雷だ。
沈黙が落ちる。
気まずい。
少しは残されるこちらの立場を考えてもらいたい。
「弟がすまない。」
王太子は、すぐにシャーロットへ向き直った。
「彼は距離感を知らない。」
「存じております。」
(学園で嫌というほど)
「だからこそ、君の周囲は私が守る。」
(なぜそうなる)
「君が傷つく可能性は、私が排除する。」
(排除、って言ったわよね今)
その頃――
辺境伯家のタウンハウス
「第二王子が接触したか。」
レオンハルトは短く確認した。
「はい。王太子殿下も同席されていました。」
「なら、問題ない。」
だが、そう言いながらも彼は動いた。
「彼女が“問題ない”と思えなくなる前に、備える。」
剣を腰に帯び直す。
「それが、俺の判断だ。」
静かに。
だが確実に、別の守りが築かれ始めていた。




