第1話
ふわり、とレースの袖が揺れた。
「……動かないでくださいませ、お嬢様。」
伯爵邸の私室。
全身鏡の前で、私は三人がかりのメイドたちに囲まれていた。
今日は――学園入学式当日。
この世界に転生してから、ずっと「来てほしくない!」と願い続けていた日でもある。
「いよいよですわね。お嬢様はお美しいので、きっと学園でも注目の的ですわ。」
髪を梳きながら、メイドの一人がうっとりとした声を出す。
鏡に映る自分の姿を見て、私は内心でため息をついた。
金色に近い明るい髪、整いすぎた顔立ち。
そして――どう考えても主張が激しすぎる胸。
「それは困るのよ。私は目立ちたくないの。」
思わず本音が漏れる。
「なのに、大き過ぎる胸と、無駄に派手な顔立ち。このせいで悪目立ちしてしまうのだから、神様は残酷だわ……。」
転生前は、地味で目立たない一般庶民だった。
それなのに、なぜ私はよりにもよって――
攻略対象が全員顔は良いのにクセ強な乙女ゲームの世界
しかも、無駄にハイスペックな伯爵令嬢に転生してしまったのか。
ふふっと、鏡越しに、意味深な視線を向けながらメイドが笑う。
「そうでございましたね。お嬢様は目立つのが大嫌いですもの。ですが……周りが放っておきませんわ。」
「放っておいてほしいのよ。」
心の底からの私の願いだった。
別のメイドが、楽しそうに言葉を重ねる。
「お嬢様なら、あの王太子殿下さえも、きっと目をお引きになるはずですわ。」
「それだけは嫌よっ!!」
私は反射的に叫んでいた。
王太子
この乙女ゲームにおける最大最悪の危険人物。
金髪碧眼、近隣諸国にまで名を轟かせる絶世の美男子。
聡明で完璧、誰もが憧れる王国の象徴。
――表向きは。
(裏設定では、超がつくほどのヤンデレ……!)
ルートに入れば最後、執着・監禁・独占欲のオンパレード。
エンディングは愛が重すぎて胃が痛くなるものばかりだった。
そんな相手に目をつけられるなんてしたら
平穏無事な学園生活から一番遠い未来である。
「それは、お嬢様がよく仰っている“ゲーム”というものだと危険人物だから、とかいうお話ですか?」
メイドの一人が、少し困ったように首を傾げる。
「そうよ。とんでもない危険人物なの。」
「まあ……!」
別のメイドがくすっと笑う。
「お嬢様の妄想とは違い、我が国の王太子殿下は、ご聡明で品行方正。しかも、それはそれはお美しゅうございます。ご安心くださいませ。」
(それが一番怖いのよ……!)
心の中で全力ツッコミを入れる。
攻略対象たちは全員、
見た目だけは完璧。
中身を知っているのは、私だけ。
だからこそ決めている。
――誰とも深く関わらない。
――フラグを立てない。
――目立たず、ひっそり、平穏に卒業する。
そのためなら、陰キャ上等。
壁と同化して生きていく覚悟だ。
「お嬢様。」
扉の前に控えていたメイド長が、静かに告げる。
「馬車のご用意ができております。どうぞお気をつけて、いってらっしゃいませ。」
鏡の中の自分と、もう一度だけ目を合わせる。
伯爵令嬢シャーロット・エヴァンス。
見た目は華やか、中身は陰キャ。
転生者。
(見た目は良くても、クセの強い攻略者しかいないクソゲーの舞台……)
私は心の中で深く息を吸った。
(――いざ、参らん!!)
平穏無事な学園生活を目指して。
……この時はまだ、
自分が一番危険な男に、最初の日からロックオンされるなど、
知る由もなかったのだから。




