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店舗視察【向日葵書店】

「店舗視察に来たよ!」


 振り返れば、カウンターに葵が立っていた。

 琥珀色のロングヘアに、温かみのある黒い瞳。猫のように大きな目は、葵のチャームポイントだ。

 ソレイユ書房を示す、優しい若草色の洋服。今日は、その上から黒いローブを羽織っていた。


「急にびっくりするよ。まぁ、いいけど」

「お兄ちゃんには、いつも会いたいからね~」


 カウンターの上に座って、嬉しそうに微笑む葵。行儀が悪いと言いたいところだけど、言っても無駄なことだと分かっているから言わない。

 葵は、言葉で丸め込むのが得意だから。

 僕が妹に弱いことを知った上で、色々いじってくる。昔から、葵はそういう奴だった。


「本、ありがとう。さっきリリアドさんから受け取ったよ」

「いいえ~。ずいぶんたくさんで少し手間取っちゃったよ。あの本、ちゃんと置いてくれた?」

「『悪役令嬢になりたいのなら、まずは愛する者の側室を狙いなさい』は、年齢制限付きで棚に差したよ」


 ちらっとページをめくってみたけど、けっこう生々しいことが書かれていた。魔法界の恋愛事情は、人間にとってはカルチャーショックが大きいかもしれない。

 それに、『悪役令嬢』という素晴らしい文化を壊したくないし。


「わたし的にはおすすめなんだけどなぁ。時代が変わっても、恋や愛は変わらないって言ってる本だし」

「そうだけどね。この時代の人は独自の文化を生み出したりしてるから」


 悪役令嬢シリーズは、本当に素晴らしい。

 だからこそ、フェアを開いたり発注をかけたりする。

 僕もハマっているから、その文化を壊したくないのだ。


「ま、いいや。それより、店舗視察に来たんだから、何が売れてるのかチェックしないと」

「やっぱ、『悪役令嬢』シリーズでしょ」

「それ以外もっ!」



 *



 物心ついた頃からずっと、どこに行くにも葵と一緒だった。兄として、葵を守るんだという正義感があったから。

 葵も葵で、僕が行くところ全てにくっついてきた。僕は調子を崩して倒れやすい体質だから、その理由もあるんだと思う。

 いわば、僕と葵は磁石のようなもの。

 お互いが、お互いの中で、いなくてはならない存在なのだ。


「向日葵の雰囲気も好き。お兄ちゃんの『本が好き』っていう感情がたくさん込められてるもん」


 店内をぐるっと回ってきた葵。

 その間に、僕も棚整理を終えた。

 お茶にしようとなったため、2人でバックヤードに下がる。バックヤードは、備品が積まれていたり、出版社に返す書籍が段ボール詰めされていたりするところ。僕の業務机の隣には、応接セットを置いていた。

 そこは、大きなソファが2つ。ここに寝転がって、僕は本を読んだりアニメを観たりしている。

 ソファに腰かけた葵の前に、マグカップを置く。向日葵の絵が描かれたマグカップは、僕とおそろいのもの。父が、いつの日かの誕生日に買ってくれたものだった。

 葵にはミルクティー、僕はホットコーヒー。ほこほこと湯気が立つマグカップを、葵は顔をほころばせて受け取った。


「やった、ミルクティー。あ、そうだ。ちょっと待ってて」


 ミルクティーを飲むかと思いきや、葵はすっくと立ち上がった。

 そして、バックヤードの隅にある木のドアへ向かう。


 そのドアは、ソレイユ書房と繋がっている。

 言い方を変えれば、向こう側は魔法界だ。

 これは、僕たちだけに許された仕組み。通常は、世界をドア一つで跨ぐことはできないのだから。


「アイリスから、ピーチパイをたくさん貰ったんだ。お兄ちゃんと食べてって」


 持って帰ってきたのは、白い箱。開ければ、中にはおいしそうなパイが鎮座していた。

 僕も、アイリスとは顔なじみだ。

 彼女はお菓子に目がないので、アイリスから貰うものはなんでもおいしかった。


「いただきます」


 葵が取り分けてくれたから、ありがたくいただく。口の中に入れると、桃の香りとパイの香ばしさがあたりいっぱいに広がった。


「おいしい」

「ふふ、アイリスも喜ぶよ」


 本屋の仕事も好きだが、こうやって葵と過ごす時間も好きだ。

 同業だからこその話もある。他にも、昔話や友人関係の話なども。

 葵とは、言葉を交わさなくても理解し合っているところがある。けれど、違う世界で暮らしているから、その部分について色々聞くのが日常だった。


「売上はどう?」

「本の需要は下がっていくばかりだよ。でも、本を愛している人がいるし、電子書籍じゃなくて紙媒体を好む人もいるから、本はずっと在り続けるんじゃないかな」


 電子書籍という、便利なものを開発した人間。

 かさばらず、持ち運びしやすく、拡大できたりするから非常に使いやすい。

 それでも、本を求めているお客様は大勢いるから。

 どちらかを批判するんじゃなくて、どちらも良いものとして見ていこうと思う。


「人間の発展ってすごいね」

「あぁ」






 陽が沈む。

 向日葵書店は、19時に閉店する。

 今日の夕食は、葵の提案で『向こう』で食べることになった。

 

「片づけるか」


 葵が魔法書の棚を整理してくれると言ってくれたから、僕は店締めを始める。

 とりあえず、まずは店前の片付け。

 外に出ると、空が綺麗なグラデーションを創っていた。弓なりの月が、星と共に煌めいている。

 こういう空は、写真を撮るより目に焼き付けた方が記憶に美しく残る。

 全身で空の美しさを感じてから、僕は立てかけてあった黒板ボートに近づいた。これには、今月の新刊を書いていて、何が入っているのかを通りすがりのお客様にも見て貰うためのものである。

 その黒板ボートを持ち上げ、店の中に運ぼうとしたとき。


「待ってください!」


 背後で、息も絶え絶えな声が聞こえた。

 振り返れば、スーツ姿の若い男性が全速力で走ってきているのが見えた。


「ど、どうされました?」

「本を! 本を買わせてください!」



 *



 駆け込みで来店したお客様。

 どうやら、明日は3歳になる娘さんのお誕生日らしい。

 愛する娘のため誕生日プレゼントを何週間も前から考えていたところ、結局前日になるまで決まらなかったらしい。

 そして今日、本をプレゼントしようと思い立って、ここに駆け込んできたという訳だ。


「娘さんに絵本ですか。素敵なプレゼントですね」

「ついこの間から、絵本を読むようになって。ギリギリになってしまって焦っていたんですが、逆によかったと思ってるんです」

「1番好きなものを贈りたいですからね」


 ギリギリになったからこそ、1番喜んでくれる贈り物ができる。

 そう意気込んだお客様は、絵本コーナーに飛んで行った。


「素敵なお父さんね」

「あぁ。娘さんのことが大好きなのが伝わってくるよ」


 お客様が選んだのは、『きらきらうさぎのふしぎなまほう』という絵本。

 淡いピンク色の表紙に、魔法使いの格好をしたうさぎが微笑んでいる。ラメがきらきらしていて、とても人気のある絵本だ。


「このうさぎちゃん、魔法をかけるのが上手なんですよ」


 絵本を見た葵が、楽しそうに言う。

 本物の魔法使いのお墨付き。そんなことを知らない男性は、「そうなんですね」とおもしろそうに笑った。そのちぐはぐさに、僕は思わず笑いそうになる。


「ラッピングいたしますか?」

「お願いします」

「包装紙が2つあるんです。どちらにしますか?」


 会計をしている最中、葵が包装をしてくれる。

 うちの包装紙は、昼のヒマワリ畑で犬が遊んでいるイラストか、夜のヒマワリ畑で猫が月を見上げているイラストのどちらか。

 お客様は、昼のヒマワリ畑を選ばれた。綺麗に包んで、リボンをかけて『Happy Birthday』と書かれたシールを貼れば完成。

 受け取ったお客様は、にこやかな笑顔でお礼を言ってくれた。


「閉店間近にありがとうございました。お2人とも、そっくりで素敵な双子さんなんですね。また、今度は急いでいないときに寄ります」

「こちらこそ。ご来店お待ちしております。素敵なお誕生日にしてください」


 今日の最後のお客様は、ヒマワリのように明るい笑顔を見せてくれたのだった。


 


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