悪役令嬢物語【ソレイユ書房】
「ep.2 魔法書」と「ep.3 人界書」と順番を変えました。急な変更ですみません……!
人間界では、『悪役令嬢』が流行っているらしい。
そんなことを聞いたのは、常連のレイチェルという女性の口からだった。
「けっこう流行ってるらしいね」
「そうなの。人間界の本屋さんにね、たくさんコーナーができていたのよ。びっくりしちゃった」
レイチェルは、つい最近、人間界に旅行に行ったのだそう。
その際に立ち寄った書店で、『悪役令嬢シリーズ』が大量に置かれていたところを見てきたという。
「華やかで色とりどりの表紙がたくさん並んでて。読みたいなって思って買ってきちゃった」
見せてくれたのは、『悪役令嬢は、一目惚れを叶えるために王太子を捨てる』というタイトルが華々しく書かれたライトノベル。悪役令嬢らしい女の子が、にこにこの笑顔でこちらを見ていた。
「おもしろそうだね」
「帰りの馬車で一気読みよ! 王太子を捨てるってことは、もとからの婚約だったってことでしょ? 政略結婚を『一目惚れ』っていう理由で破棄するなんて、こんなの考えた人天才すぎる!」
確かに、この世界では見られないよなぁと思う。
人間界にも関わっているわたしからすれば、そこまでカルチャーショックというものはない。こういう物語は、かなり主流だから。
けれど、貴族の政略結婚が当たり前なこの世界で、このような物語はインパクトが強いのだ。
向日葵書店とは違って、この店では異世界の本を隠したりはしていない。
魔法界の者が人間界に行くことは珍しくもないし、人界書が人気なのは間違いない。
ただ、自由に世界を跨げることはなくて、きちんと許可証と検閲を通らないといけない。年齢制限もあったりするから、意外と自由にいかないこともあるんだ。
だから、魔法界では人間界への憧れが強い。
こっちの常識が一気にひっくり返されるようなことが、日常的に溢れかえっているから。
「それでね、アオイ。このシリーズの取り寄せをお願いしたいんだけど」
レイチェルは、熱く語っていたその本をカウンターに置いた。
「全部で5巻発売されてるみたいなの。お願いできる?」
「うん。在庫はあるから、向こうから取り寄せるね」
導き書で調べてみると、どうやら向日葵書店には3冊ずつ在庫があるみたい。
1冊ずつ移動をかけるために、導き書に魔力を込めた羽ペンで書き込む。
文字が青く光れば、手続き完了。
羊皮紙に届く日にちなどを書いて、レイチェルに渡した。
「入ったら連絡するね。それ持って、お店に来て」
「わかったわ、ありがとう! 楽しみにしてる!」
レイチェルは満面の笑みで羊皮紙を受け取ると、軽やかな足取りで去っていった。
その後ろ姿は、本に恋した少女そのもの。
こうやって本を読むのを楽しみにしてくれている、そんな事実が嬉しかった。
*
わたしとお兄ちゃんは、魔法界でも人間界でも稀有な存在。
そのため、この世界では貴族のように扱われたりすることもある。
ソレイユ書房を営んでいるこの国で、わたしの存在は広く知れ渡っていた。
「婚約破棄、ですって?」
今日は、友達である伯爵令嬢とお茶会だった。
彼女もまた、本が好きな少女。わたしのお店をよく利用してくれるため、仲良くなったのだ。
会って話すのは、やはり本の話。どんな本が好きなのか、今はどのシリーズを読んでいるのか。そんな話を、延々とする。わたしも本は大好きなため、この話題になると話が止まらなくなってしまう。
そんな中で今はなにが人気なのか聞かれたから、この前のレイチェルの話をしようと思った。
「アイリスから見てみれば、考えられないことでしょ」
「えぇ。考えられないわ」
生粋の令嬢であるアイリス。
政略結婚が当たり前という認識は、物心ついた頃には既にあったのだから、婚約破棄を自らするなんて考え付かないものだろう。
アイリスは、優雅に紅茶を飲みながら顔をしかめた。
綺麗で整っている顔がそんなことになると、なぜかおもしろい。わたしは思わず笑ってしまう。
「この話がね、人間界では人気なんだ」
アイリスの家で出されるお菓子は、どれもおいしい。
今日は、ラズベリーのマカロンとパイが並んでいた。色朝やかなテーブルが楽しい。マカロンを一つ手に取って、口に頬張る。甘酸っぱい香りが、口いっぱいに広がった。
「不思議ね、人間界は。私たちにとっての『不幸』を、物語として楽しむなんて」
「不幸では終わらせないのよ。婚約破棄をして、本当に好きな運命の人と結ばれるの。ここまでがセオリーで、そこに生まれる愛情とかに人間は憧れを持つんだ」
勝手に決められた婚約に、愛情が生まれるのは数少ない。
令嬢たちは、愛のない結婚より、愛を求めて婚約破棄をするのだ。
愛を自由に選べないからこそ、『愛』というものの価値が上がる。魔法界は、きっとそのような場所なのだろう。
「それが、どうして『悪役令嬢』につながるの?」
「婚約破棄を目指すその行為が異質という意味で『悪役令嬢』にもなるし、婚約者を狙う他の令嬢に悪役に仕立て上げられて破棄されるものも『悪役令嬢』になる。人間界に、『悪役令嬢』はたくさんいるのよ」
どんな『悪役令嬢』であれ、読者に好かれるのが彼女たちだ。
きっと、本当に悪い令嬢は『悪役令嬢』なんて書かれない。あくまで『役』であるのだから、彼女たちの根は『悪』ではないのだ。
「……おもしろいわ」
わたしが次のラズベリーパイに手を伸ばそうとすると、アイリスがことんとカップを置いた。
貴族は、カトラリーの音を出すのはマナー上よくないとされているのに。
突然の行動に、わたしはお菓子へ伸びる手が止まる。おそるおそるアイリスを見れば、彼女の目はなぜか燃えたぎっていた。
「アイリス?」
「決めたわ。私、本当の貴族社会っていうのを見せてあげる!」
そうだ。そうだった。
アイリスは本好きで、読みたいものがなければ自分で書いてしまうほど物語が好きなんだった。
忘れていた事実に、わたしは後悔する。そんなわたしをよそに、アイリスは勢いよく立ち上がった。
「紙を用意しなさい!」
「え、まさか、本場の『悪役令嬢』を書くつもり?」
侍女に書くものを用意するようにと命じているアイリスに向かって、わたしは半信半疑で問いかける。
すると、ゆっくりとわたしの方を見るアイリス。
その瞳はきらきらと輝いていて、わたしではない何かを見つめていた。
「もちろん! 女貴族社会のドロドロとした部分を書いてあげるわ。婚約破棄はできないけど、側室は存在する世界なのよ? これを狙う令嬢なんてたくさんいるんだから、物語にするのも難しくない!」
……ちょっと、余計なことを吹き込んじゃったみたい。
ごめんなさい、おじさんにおばさん。
わたしは、アイリスのご両親に向かって、心からの謝罪をしたのだった。
*
『おい、葵。なんだこの本は? 発注してないぞ』
「本格悪役令嬢物語よ。『悪役令嬢になりたいのなら、まずは愛する者の側室を狙いなさい』を、お兄ちゃんの『悪役令嬢フェア』にいれておいてよ」
『……本気か?』
本気よ。じゃないと、本物の令嬢に店潰されそうな気がするんだから。




