悪役令嬢物語【向日葵書店】
「ep.2 魔法書」と「ep.3 人界書」と順番を変えました。急な変更ですみません……!
「最近、悪役令嬢ものって多いですよね」
「そうだね」
向日葵書店には、カフェのカウンター席のように、レジカウンターの隅にスツールを二つ用意している。
ここは書店だから飲み物とかは出せないけれど、そこに座るお客様が多くいる。
本を読んだり、僕とおしゃべりしたり。
今日は、ある女子高生が座っていた。
「色々な種類がありますよね。国外追放を阻止するために頑張るとか、断罪された後に転生してやり直すとか、前世が日本人のゲームプレイヤーとか。そんな設定を考える作家さんたちって、本当に凄いと思うんです」
そう語るのは、本好きの片野さん。文芸書から新書、図鑑まで。本という本を愛している学生さんだ。
どうやら最近は、ライトノベルにハマっているらしい。
「片野さんは、悪役令嬢についてどう思う?」
僕は出自の関係から、実際の侯爵令嬢とかを見たことはある。
しかし、この人間界の人々は物語世界の侯爵令嬢しか知らない。
そのため、彼女がどのような考えを持っているのか、とても気になった。
「うーん。そんなにさっさと切り捨てる王子なんか早めに振って、一目惚れした男性のところに嫁ぐとかいいなって思います」
「一目惚れね。悪役令嬢の世界は、みんな政略結婚だもんね」
パソコンで、『悪役令嬢』と検索してみる。
出てくるのは、さっき片野さんが言っていた物語ばかり。
どれも似ているようで、その作家さんの色が出ている。こんなにあるっていうことは、日本人はこのような物語が大好きなんだろう。
まぁ、わからなくもない。王子を捨てて去る令嬢を見ると、心がスカッとするから。
そんな魅力があるからこそ、『悪役令嬢シリーズ』は大人気なのだろう。
「漫画化されて、アニメ化して。追いかけるこっちは大変だよ」
片野さんは、楽しそうに笑った。
漫画化にアニメ化、他にもドラマ化。これは、人間界だけしか見られないもの。
魔法の世界は楽しい。でも、こんなに楽しい娯楽があるのなら、僕は人間界にいたいと思う。
「きっと、私たちの世界にはない話だから楽しいんだよね。実際に、自分は愛していた婚約者から婚約破棄を伝えられたら、動揺して訳が分からなくなりそうだもん」
自分たちの世界にはないからこそ、楽しいものがあるのだ。
*
「悪役令嬢ねぇ」
最近、どんな書店に行っても、平置きされているのはこのシリーズだ。
それだけ需要があるし、人気なのだ。
出版社のサイト内ランキングでも、上位を占めている。ならばと思い、まだ在庫があった人気シリーズを1つ、発注することにする。
今は昼時。
休憩時間は1時間だ。
常連のお客様ばかり訪れる書店では、その人並みも自ずと分かる。そのため、店の自動ドアに『ちょっと休憩中』という札を掛けた。
白い木の板に、黄色い文字。小さな向日葵のイラストが添えられた、可愛らしいデザイン。これは、葵の特製看板である。
13時過ぎ。
お昼休憩を取り過ぎてしまった僕は、慌てて札を取りに行く。
「あ、日向くん。遅刻だね」
自動ドアから出れば、顔見知りの青年が立っていた。
高橋隼人くん。大学1年生で、教育学部に通っている。キャンパスは、この向日葵書店のすぐ近くだ。
子どもの頃からこの書店に通ってくれていて、僕の幼馴染みたいな存在だった。
「いらっしゃい、隼人くん。今日の授業は?」
「午後の授業が休講になったんだ。だから、日向くんの本屋に寄ろうと思って」
隼人くんを店内に招き入れる。
いつものようにスツールに荷物を置いた隼人くんは、文庫棚へ向かった。
その背を見送ってから、パソコンの前に座る。
すると。
「そういえば、なんで遅刻したんだ?」
ドキッ。
触れてこないからラッキーって思っていたのに、隼人くんは目ざとく聞いてきた。本を選びながら、棚の隙間から目をちらりと覗かせる。
そういうときの隼人くんは、鋭い。
おもしろそうな光を目に宿して、にやにやしながら僕を見つめてくる。
……これは、言い逃れできないな。
僕は、若干目を逸らしながら、自分が休憩時間にやってしまったことを正直に話した。
「この前、お客さんと話した『悪役令嬢シリーズ』の中で、ちょうどアニメ化したのがあって。それをちらっと見てみたらすごくおもしろくてさ。見入っちゃったってわけ」
「へぇ。どんな漫画?」
隼人くんは、文庫棚へ行きかけた足を戻して、カウンターに近づいてきた。
僕は検索ツールにタイトルを打ち込むと、パソコンを見やすいように傾ける。
「これ。『悪役令嬢になったので、とことん悪役令嬢を極めてみた』ってやつ」
「極めちゃうのか」
「そう! 前世ではお嬢様で何もかも制限があったから、今世では自由にやりたい放題やらせてくれっていうのがコンセプトなんだよね」
甘いお菓子を止められても食べる、欲しいものを代金を気にせず買う、夕陽が沈むまでベッドでだらだら過ごして朝食と夕食を一緒に取る、など。
人間の欲望が全部つまったお話。
それを、周囲の目を気にせずやりまくる主人公がおもしろくて。
そして、その主人公がやりたいことは、どこか自分と通じるところがあって。
様子がおかしいという意味での『悪役令嬢』に、すっかり取り込まれてしまったって訳だ。
「うわ、これ分かる。『推しのために全財産使う』ってやつ。さすがに全財産使うのは気が引けたり、罪悪感でいっぱいになったりするからさ、現実じゃあまりできないんだよね」
「そうそう。自分ではできないから、物語世界の子がやっているのを見て満足するんだよ」
だから、悪役令嬢はおもしろい。
自分にはない経験を、彼女たちはたくさん教えてくれるから。
そんなおもしろい本は読むのがやめられなくて、つい『悪役令嬢シリーズ』を追いかけてしまうのだ。
「これを機に、『悪役令嬢フェア』を開催しようかな」
「いいじゃん! そしたら、大学の友達連れてくるよ。悪役令嬢に全通してるやつがいてさ、主人公の名前言っただけであらすじ全部言えるんだぜ」
「すご! ぜひ呼んで!」
かくして、向日葵書店で『悪役令嬢フェア』が開催されることになったのだった。




