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神の栞

 人間界と魔法界は、相容れてはいけない。

 その文化、その発展は互いの世界の常識を破壊し、やがて均衡が保てなくなっていく。

 そんなことを恐れた魔法界の女神と人間界の神は、己の子どもたちをその中間点に置くことで世界を守ろうとした。

 それが、『向日葵書店』と『ソレイユ書房』。

 この二つの存在は、人間界と魔法界の境界を守り、世界を安定させている。


「本は、世界を渡れるのよ」

「本の世界では、どちらの世界も一緒になれるんだ」


 そんな神の言葉によって、世界の中間点は書店となったのだ。





「はぁ」


 サキさんと青木先生が去ってから、すぐ。

 お兄ちゃんは、カウンターに背を預けるようにして、ずるずると座り込んだ。

 わたしも、なんだか疲れがどっと出て、お兄ちゃんの隣に座る。


「大丈夫?」

「うん。葵は?」

「大丈夫」


 二人でカウンターにもたれながら、天井を見上げる。

 柔らかい木目調の天井は、書店内を大きく包み込んでいた。


「……不死、だってさ」


 ふと、お兄ちゃんがそう言った。

 天井を見つめながら、ぽつりと。


「サキさんも青木先生も、いつかはきっとこの世からいなくなる。同じ世界にいるのに、僕はこのまま、何も変わらないで生き続けるんだ」


 お兄ちゃんの苦しみは、人とは分かち合えないもの。

 儚く散っていく人間の命を、お兄ちゃんは何度も見送ってきた。

 そして、人とは違う自分を恐れてきた。

 

 変わり続ける人と、いつまでも変わらないお兄ちゃん。


 不老不死の薬がなんだと謳われる世の中、その不老不死は望むものではない。

 人間は、『死』という道を選ぶことができる。そんな世界で、お兄ちゃんにはその道を選ぶことができない。逃げ道などなく、ただひたすらに『生』の道を歩むだけ。

 そんな終わりのない旅に、心が疲れてしまう。


「わたしも変わらないよ、お兄ちゃん」


 不死なのは、わたしも変わらない。

 魔法界の者だって、いつかは命の終わりがくる。

 ただ、その旅路が人間より長いだけ。長命である魔法界の者たちは、何百年も生き続ける。

 魔法界で仲良くしてくれていた友人は、何百年か前に星になった。

 わたしは、彼女と出会ったときの姿のまま。

 友人は、愛らしい孫たちに見守られて逝ってしまった。

 死に直面する度に、わたしたちはその命の重さを知っていく。



「ねぇ、お母さんのところに行かない?」


 疲れと考え込みで、身も心も弱っているお兄ちゃん。

 力なく座り込んでいるお兄ちゃんの手を、そっと取った。

 その手首には、お父さんからもらったブレスレットが煌めいている。


「お母さんが地上に来てる。お父さんも呼んだって。ね、行こ!」

「え……」


 神が地上に降りてくることは滅多にない。

 あるとすれば、わたしたちに会いに来てくれたとき。

 他の者は誰も知らない、神の秘密。


「……久しぶりだ」


 お兄ちゃんの顔が、ほころんでいった。

 ふわりと笑ったその顔は、まるでヒマワリが咲いたよう。

 わたしは、その笑顔が大好きなんだ。


「何年前だ? 三百年くらい?」

「それくらいかなぁ。もっと前かもしれないけど」


 そんなことを言いながら、わたしたちは一緒に立ち上がる。

 手は繋いだまま。


「ありがとうね、葵」

「お兄ちゃんもありがとう」


 いつまでも、どこまでも。

 人間界と魔法界を繋ぐ、向日葵書店とソレイユ書房。

 そこでは、一心同体の双子が笑顔で待っている。




 ──魔法界でも人間界でも、読みたい本をあなたの手に届けます──


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