神の栞
人間界と魔法界は、相容れてはいけない。
その文化、その発展は互いの世界の常識を破壊し、やがて均衡が保てなくなっていく。
そんなことを恐れた魔法界の女神と人間界の神は、己の子どもたちをその中間点に置くことで世界を守ろうとした。
それが、『向日葵書店』と『ソレイユ書房』。
この二つの存在は、人間界と魔法界の境界を守り、世界を安定させている。
「本は、世界を渡れるのよ」
「本の世界では、どちらの世界も一緒になれるんだ」
そんな神の言葉によって、世界の中間点は書店となったのだ。
*
「はぁ」
サキさんと青木先生が去ってから、すぐ。
お兄ちゃんは、カウンターに背を預けるようにして、ずるずると座り込んだ。
わたしも、なんだか疲れがどっと出て、お兄ちゃんの隣に座る。
「大丈夫?」
「うん。葵は?」
「大丈夫」
二人でカウンターにもたれながら、天井を見上げる。
柔らかい木目調の天井は、書店内を大きく包み込んでいた。
「……不死、だってさ」
ふと、お兄ちゃんがそう言った。
天井を見つめながら、ぽつりと。
「サキさんも青木先生も、いつかはきっとこの世からいなくなる。同じ世界にいるのに、僕はこのまま、何も変わらないで生き続けるんだ」
お兄ちゃんの苦しみは、人とは分かち合えないもの。
儚く散っていく人間の命を、お兄ちゃんは何度も見送ってきた。
そして、人とは違う自分を恐れてきた。
変わり続ける人と、いつまでも変わらないお兄ちゃん。
不老不死の薬がなんだと謳われる世の中、その不老不死は望むものではない。
人間は、『死』という道を選ぶことができる。そんな世界で、お兄ちゃんにはその道を選ぶことができない。逃げ道などなく、ただひたすらに『生』の道を歩むだけ。
そんな終わりのない旅に、心が疲れてしまう。
「わたしも変わらないよ、お兄ちゃん」
不死なのは、わたしも変わらない。
魔法界の者だって、いつかは命の終わりがくる。
ただ、その旅路が人間より長いだけ。長命である魔法界の者たちは、何百年も生き続ける。
魔法界で仲良くしてくれていた友人は、何百年か前に星になった。
わたしは、彼女と出会ったときの姿のまま。
友人は、愛らしい孫たちに見守られて逝ってしまった。
死に直面する度に、わたしたちはその命の重さを知っていく。
「ねぇ、お母さんのところに行かない?」
疲れと考え込みで、身も心も弱っているお兄ちゃん。
力なく座り込んでいるお兄ちゃんの手を、そっと取った。
その手首には、お父さんからもらったブレスレットが煌めいている。
「お母さんが地上に来てる。お父さんも呼んだって。ね、行こ!」
「え……」
神が地上に降りてくることは滅多にない。
あるとすれば、わたしたちに会いに来てくれたとき。
他の者は誰も知らない、神の秘密。
「……久しぶりだ」
お兄ちゃんの顔が、ほころんでいった。
ふわりと笑ったその顔は、まるでヒマワリが咲いたよう。
わたしは、その笑顔が大好きなんだ。
「何年前だ? 三百年くらい?」
「それくらいかなぁ。もっと前かもしれないけど」
そんなことを言いながら、わたしたちは一緒に立ち上がる。
手は繋いだまま。
「ありがとうね、葵」
「お兄ちゃんもありがとう」
いつまでも、どこまでも。
人間界と魔法界を繋ぐ、向日葵書店とソレイユ書房。
そこでは、一心同体の双子が笑顔で待っている。
──魔法界でも人間界でも、読みたい本をあなたの手に届けます──




