表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/45

記憶の欠片

「やっぱり、どこかでお会いしていませんか?」


 先日、初来店してくださったお客様。

 作家の青木先生と、おばあさまのサキさん。

 その二人が、店のドアをくぐった。


「あら。そちらの方は?」

「僕の双子の妹です」

「初めまして、葵です」


 サキさんが葵に微笑みかける。

 葵は、自己紹介を完結に終わらせた。

 二人のことを事前に話していたから、葵の警戒心は鋭く光っていた。けれど、その警戒心は見せず、ただ静かに微笑んでいるだけ。その姿が頼もしくて、心がほわりとあたたかくなる。


「それで、日向さん」


 サキさんの車椅子を押していた先生が、口を開く。

 ボブカットの黒髪を耳にかけながら、どこか険しい口調で。


「ここに来たあの日から、祖母がこう言って止まないんです。『やっぱり、昔会ったことがある』って。だから、」


 きっと、なぜかを聞きたいのだ。

 なぜ会ったことがあると言っているのか。それを、どうして言い張り続けているのか。

 先生は、その真実を知りたいのだろう。

 さて、どのように答えようか。

 悩んでいると、先生がすっと僕に近づいてきた。


「会ったことある、って言って貰えますか?」

「え?」


 思わぬ言葉に驚いた。

 たったその一言でいいのか、と。

 ただただびっくりして、先生を思わず見返す。


「おばあちゃん、明日から施設に入るんです」

「え……」

「足が悪くて、介護なしではもう無理で。最後にどうしても向日葵書店に来て、日向さんにお会いしたいんだって聞かなかったんです」


 先生は、そっと目を伏せた。

 葵は、サキさんに話しかけられていた。会話をしながら、こちらの様子をちらちらと伺っている。

 そんなことに気付いていない先生は、僕に向かって言葉を続けた。


「だから、『会ったことある』って言って欲しいんです。そうすれば、安心して施設に入ることができます。きっと、ただの人違いです。こちらの事情に巻き込んでしまって申し訳ないんですけど、お願いします」


 施設に入る前に、どうしても来たかった向日葵書店。

 そこには、大切な記憶が落ちていたから。

 勘違いだとしても、勘違いでなくても。

 真実ではなく、虚構でも、サキさんが安心できるのなら。

 先生は、サキさんを大切に想っているのだ。


「子どもの頃にね、迷子になったの。そうしたら、本屋さんが助けてくれたのよ。店内も店主さんも優しくて、ほわっとしていたわ。もう一度、最期に会いたい」


 サキさんは、ふわふわと笑っている。

 それなのに、目の奥は悲しげに瞬いている。


「サキさん……」

「葵さん、だっけね。あなたも見覚えがあるのよ。両親が迎えに来てくれるまで、ずっと手を握ってくれていた人にそっくり。あの人にも会いたいわ」


 大切な大切な記憶。

 セピア色で、あたたかな色味の思い出。


 ──それを壊すことなんて、できなかった。


「……ごめん、葵」

「いいよ。わたしも同じ」


 一言謝ると、葵も同じ気持ちだったようだ。

 カウンターから出て、サキさんの前に立つ。

 不思議そうに僕を見上げるサキさんと、祈るように見つめる青木先生。

 そして、隣に佇む葵。


「サキさん」


 僕は、葵と同じようにしゃがみ込んだ。

 サキさんの手をそっと取りながら。


「会ったこと、ありますよ。お久しぶりです」

「……あぁ、やっぱり」


 沈黙の後、サキさんは口から言葉を零れさせた。


「やっぱりねぇ」

「ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑むサキさんの後ろで、先生が小さく礼を言った。


「わがままに付き合っていただいて」

「いえ」


 僕は、すっと立ち上がる。

 バックヤードの方を指さして、先生へ微笑んだ。


「昔話、していきませんか?」



 *



 閉店の看板を出してから、バックヤードへ行く。

 そこでは既に、サキさんがほこほことした湯のみを持っていた。


「昔話って……?」


 バックヤードのソファに座った先生は、僕がバックヤードに入った途端に話しかけてきた。

 葵がコーヒーの入ったカップを、テーブルに並べていく。

 僕は、先生の向かい側に腰を下ろす。

 隣に葵が座ったところで、僕は口を開いた。


「昔、迷子になった子どもがいました。その子は、書店の中にいた僕を見つけて、駆け寄ってきたんです。『ここはどこ? ママに会いたい』って」

「それって、まさか」

「僕は、『お名前は?』と尋ねたんです。すると、その子は『サキ』と名乗りました」


 瞬間、サキさんが「え?」と声を上げた。


「もしかして、私……?」

「な、なんで!?」


 先生が、ガタンッと立ち上がった。


「なんで、おばあちゃんの名前を!?」

「……」

「ぐ、偶然よね? だって、人間は寿命があるもの。おばあちゃんが子どもの頃の話ってことは、その店主さんたちはもう大人だったんでしょ? 生きてるわけないじゃない!」


 声が震えている。

 先生は、信じられないと首を振っていた。

 サキさんも、あんぐりと口を開けて僕たちを見ている。


「ご両親が来られるまで、一緒に待ちました。好きな本などを話しながら」

「本が好きな子でしたよ。わたしとも好きな本で意気投合しました」

「ま、まさか……」


 サキさんが、目を大きく見開いた。

 驚く口元を隠すように、両手を顔へ持っていく。

 その動きによって、持っていた湯のみがサキさんの手から離れた。


「あ……っ」


 先生が手を伸ばす。

 しかし。


「この世界には、不思議なことがあるんですよ」


 ふわり、と浮いた湯のみ。

 葵が、指をサキさんの方へ向けて動かしていた。


「魔法って、信じます?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ