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大切な名前

 晴れた日の街並みは、どこか煌めいている。

 人間界も魔法界も、この輝きは同じだ。


「あら、今日はヒナタくんも一緒なのね」


 ソレイユ書房が開店すると、常連さんたちが次々と来店してくれる。

 わたしの隣に立つお兄ちゃんを見て、にこやかに笑った。


「二人が揃っているといいものだな。微笑ましくて、なんだか嬉しいんだ」

「えへへ、ありがとうございます」

「うちのカフェに来てね。いつでも大歓迎よ」

「はい、そのうちに」


 この国のみんなは、良い人ばかりだ。

 お兄ちゃんも、どこか嬉しそうな顔をしてお客様と話している。

 その笑顔が、わたしにとっての安らぎだった。




「あ、ヒナタくん!」


 お昼近くなり、客足が遠のき始めた頃。

 魔法学校の生徒・レオンくんが訪れた。

 カウンターにいるお兄ちゃんを見て、顔をぱっと綻ばせる。


「元気にしてた?」

「うん。レオンくんも元気そうでなにより」


 お昼休み前の授業が終わったタイミングでの来店。

 お兄ちゃんがソレイユ書房にいることが、街の中で広まっているようだった。


「あのさ、二人とも」


 いつもだったら、お兄ちゃんと本について話し込むレオンくん。

 それなのに、今日はカウンターに身を乗り出してきた。

 他のお客様がいないか確認してから、囁き声で話し出す。


「隣の国から来てる先生がいるじゃん? その先生、ヒナタくんとアオイさんのこと知りたがってるみたいだよ」

「え?」

「さっき、アレク先生が外部講師として授業してくれたんだけどね。授業の中で違和感なく聞いてきたんだ。『ソレイユ書房って、ただの本屋さんじゃないですよね』って」

「……」


 ちらり、とお兄ちゃんの方を見る。

 お兄ちゃんは、真剣な瞳でレオンくんの話を聞いていた。


「みんなは、何て答えたの?」

「そりゃもちろん、『知らない』だよ」


 レオンくんは、大きく胸を張った。


「二人のことを守るのが、この国民の役目なんだから。そう簡単に情報なんて渡さないよ」


 この国の者なら、わたしたちの秘密を知っている。

 それは、この国を愛している女神の采配。

 女神が決めた、わたしたちの使命だ。


「とりあえず気を付けてね。なにか聞いてくるかもしれないから」

「ありがとう、レオンくん」

「ありがとね」


 お兄ちゃんと声を合わせて礼を言う。

 レオンくんは、嬉しそうに微笑んだ。



 *



「こんにちは」


 レオンくんが帰り、さぁお昼というところ。

 書房のドアを開いたのは、あの人だった。


「アレク先生。いらっしゃいませ」

「こんにちは。お昼ギリギリにすみません」


 きっと、あえてこの時間を狙ってやってきたのだろう。

 最近、ソレイユ書房は午前中で閉店するから。

 お昼に話すことができると判断したんだと思う。


「おや、貴方は?」

「アオイの兄のヒナタです」


 お兄ちゃんに目を向けた、アレク先生。

 お兄ちゃんは当たり障りのない笑顔を浮かべて、自己紹介をする。


「双子なのですねぇ」

「えぇ。そうなんです」


 どこか含みのある言い方。

 警戒心は上がっていくばかりだ。


「そうだ。今日は聞きたいことがあったんですよ」


 来た。


 アレク先生は、懐から何かを取り出した。

 カウンターに置かれたのは、古びた日記帳。

 セピア色のそれを、先生はゆっくりと開いていく。


「これは、私の昔の日記です。なんでもかんでも日記に書いていましてね」


 先生は、笑いながら言った。

 そして、とあるページで手を止める。


「先日、この本屋さんに来て懐かしい感じがしたんです。一度来たことのあるような。だから、日記を遡ってみたんですよ。そうしたら、」


 先生は、そのページをわたしたちに見せてきた。

 ところどころ破けた、セピア色の羊皮紙。

 黒いインクで、そこに書かれていたのは。


『シャルディア王国の本屋さんに立ち寄った。琥珀色の髪に黒い瞳の、どこか不思議な雰囲気の女性が店主さんだった。その本屋さんは、人間界の本も取り扱っていた。機会があれば、もう一度行きたい』


「これ、アオイさんですよね?」

「……」

「そう言えばあの日、店内にもう一人、お客さんがいたのを覚えています。黒い髪に琥珀色の瞳をしていて、どこか似ていました。店主さんと瞳や髪の色が色違いとは偶然だなとしか思っていませんでしたが、まさかお兄さんだったとは」


 先生は、鋭い瞳でわたしたちを見た。

 

「あれは、もう何十年も前のことです。それなのに、あなた方は姿形がそのままです。その理由を、お聞かせいただきたい」


 これはきっと、ただの好奇心。

 記憶操作で消すことは簡単だが、ここまで核心に迫られると、後が面倒くさい。

 根付いた記憶は、消されてもその根底に残り続ける。

 また記憶がよみがえってきたとき、先生はここを訪れるだろう。


 お兄ちゃんを見た。

 お兄ちゃんもわたしを見た。

 琥珀色の瞳には、決心したような光。

 わたしは、それに頷いた。


「いいよ、お兄ちゃん」

「うん」


 カウンターの下で、お兄ちゃんの手を握る。

 お兄ちゃんの手は、わたしと同じように冷え切っていた。


「先生」


 お兄ちゃんは、わたしの手を握り返してくれた。


「お久しぶりです」

「じゃ、じゃあ……」


 アレク先生は、身を乗り出してきた。


「あなた方は……?」

「……『ヒナタ』と『アオイ』って、この世界の名前としては不思議な感じがしませんか?」


 お兄ちゃんが、先生に問いかけた。

 不意打ちを喰らった先生は、「え、あ、確かに」としどろもどろに答える。


「この名前は、人間界で通じる名前です。人間界の名前が気に入っているので、『こっち』を使っているんですよ」

「『こっち』とは、また別の名前が?」

「日向と葵って、二つ合わせると『向日葵』っていう花の名前になるんです。両親が大切にしていた花だから、わたしたちも大切にしているんですよ」


 両親がくれた、大切な名前。

 二人合わさることで完成する、花の名前。

 だから、それを大切にしてきた。


「僕たちには、もう一つ名前があります。魔法界での名前です」


 お兄ちゃんの言葉と共に、〈力〉がぶわりと溢れだす。

 それに共鳴して、わたしの〈力〉も溢れてきた。


 お母さんと同じ、琥珀色の瞳が煌めく。

 お父さんと同じ、濡羽色の瞳が煌めく。


「僕の名前は、『ソリス・シャルディーネ』」

「わたしの名前は、『フローラ・シャルディーネ』」


「ま、まさか……!」


 アレク先生の目が、大きく見開かれた。

 体がかたかたと震え、口はぽかんと開かれる。


「この魔法界を創った女神の名は、『シャルディーネ』」

「わたしたちは、その女神の子です」

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