良くも、悪くも
「なるほどね」
今日は、向日葵書店もソレイユ書房も定休日。
風邪を引いたのが休みの前日でよかったと思う。
僕は、ソファに座って寄りかかる。
隣では、葵がクッションを抱きしめていた。
「アレク先生は、たぶんけっこう昔に来たんだと思う。記憶が曖昧そうだった」
「それに比べて青木先生のおばあさまがなぁ。六十年くらい前の記憶だから、割とまだはっきりしてる方だと思う」
「魔法使いの記憶の年数は三桁単位だから、アレク先生の記憶がはっきりしてなくても当然だね」
僕の店では、青木先生のおばあさまに秘密がバレかけた。
対して葵の店では、隣国の先生に秘密がバレかけた。
この偶然は怖い。
なにかが起きる、そんな気がする。
「これ、きっと一人で解決しない方がいいよね」
葵が、僕を不安そうに見上げてきた。
琥珀色の長い髪が、さらりと肩から落ちていく。
二人で解決するのは、当たり前。
片野さんのときも、『転生事件』のときも、二人で解決してきた。
ただ、今回はまた別の話。
僕たちの根幹にあたるところだから、解決するまでは二人でいた方がいい。
「なるべく一緒にいるか。じゃあ、僕は午後営業にする。午前はそっち行くよ」
「了解。お客さんたちに連絡しとくね」
何が起きるか分からない。
だからこそ、二人で一緒に動いた方がいい。
「とりあえず、今日はゆっくりしよう。お兄ちゃんはもう少し寝てきて」
「もう治ったよ」
「何言ってるの。ただ熱が下がっただけでしょ。ほら、早く行った!」
葵に追い出されるように、僕はリビングから自室へと向かった。
体が弱いのは、〈力〉のせいだと聞いていた。
それはきっと、この先治ることはない。
唯一の治療方法は、葵に〈力〉を魔力で押さえてもらうことだった。
「父さんにもやってもらったなぁ」
昔むかしの話。
僕はよく、熱を出した。風邪のせいもあったけど、ほとんどが〈力〉の暴走だった。
上手く〈力〉をコントロールしないと、僕の体は耐えられなくなる。
その結果が、発熱だった。
そんな僕を見て、葵はよく「死なないで」と泣いていた。
熱は辛い。それに加えて、偶に息苦しい発作が起きると余計に辛い。
死んだらきっと楽になる。でも、泣き続ける葵を残して逝くなんてできない。
その葛藤の末、ようやく分かったことは。
「『良くも悪くも、死なないよ』か……。だいぶ残酷だよな」
母さんの、かつての言葉。
あの意味は分かるようになったからこそ、苦しい。
僕は、『死ぬことができない』から。
論理的に、物理的に。
*
目が覚める。
カーテンの向こうは、薄暗くなっていた。
僕は、寝ていたベッドから起き上がる。
「よくなった?」
自室を出て、リビングへ行く。
ソファで本を読んでいた葵が、僕に気付いて微笑んだ。
「まぁ、だいぶ」
寝たことによって、体調はかなりよくなっていた。
葵は、立ち上がってキッチンへ向かう。
「ただの風邪かと思ったら、〈力〉が少し溢れてたよ。なにか、変な夢でも見た?」
どうやら、寝ている間に〈力〉が動いたらしい。
これはまた、葵に迷惑をかけてしまったようだ。
こんなに面倒な〈力〉なのに、手放したいとは思わない。
それはきっと、両親と繋がっている証だから。
僕は……葵みたいに、父さんと母さんと話せないから。
「昔を思い出してた。父さんに、〈力〉を押さえてもらってたなって」
「あぁ、あれね。初めて見たとき、すごいびっくりしたの覚えてる」
葵は、はちみつレモンを用意してくれた。
差し出されたカップは、ほんわりとしていてあたたかい。
ソファに座って、一口飲む。おいしい。
「お兄ちゃんが死んじゃうんじゃないかって思った。すごく苦しそうで、全然起きなくて。お母さんは『大丈夫』って言ってたけど、そんな簡単なものじゃないって。でも、お父さんが助けてくれた」
葵は、僕の隣に座った。
「お父さんがお兄ちゃんに触ったら、光が出てきた。それが収まったとき、お兄ちゃんは楽そうになってた。それが本当に嬉しかったんだ」
「母さんだとどうにもできないからな」
「だから、お母さんはいつも謝ってたよ。ごめんねって。お母さんのせいじゃないのに」
「これは父さんの役目で、母さんは葵だったからね」
かつては葵も、〈力〉が暴走したときがあった。
でも、葵は母さんから受け継いだ強い魔力がある。その魔力でコントロールすることを母さんから習ってからは、一度も暴走したことはない。
僕には魔力がないから、どうしようもできないのだ。
「懐かしいな」
ふっと目を細めた。
具合が悪い日、母さんはこのはちみつレモンを作ってくれた。あたたかくて甘くて、どこか安心する味。それが大好きだった。
僕が飲んでいれば、葵が飲みたいと言い出す。それを見越していた母さんは、笑いながら葵の分も作っていたっけ。
それを、今は葵が作ってくれる。あの頃の味とまったく同じものを。
その裏に隠れた努力を、僕は知っている。
「ありがとね、いつも」
「……改めて言われると恥ずかしいかも」
葵は、僕に背を向けた。
くしゃりと頭を撫でると、葵は僕に寄りかかってくる。
子どもの頃からずっと変わらない、この姿勢。
僕も葵も、お互いの気配が近い方が安心できるのだ。
「ずっと、お兄ちゃんを守るから」
「僕は、葵を助けるから」
僕たちは、どんなことがあっても死なない。
良くも、悪くも。
ずっと。




