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空の栞

 お兄ちゃんは、空が好きだった。

 何か考え事があれば、空を見上げる。

 悲しいことがあっても、空を見る。

 ぼんやりと空を仰いでいる姿は、いつも綺麗だった。


 そんなお兄ちゃんは、体が弱い。

 よく倒れているところを目にしていた。


「日向はね、こういう運命を背負っちゃったのよ」


 お母さんは、いつもそう言っていた。

 わたしを膝の上に乗せて、包み込んでくれながら。

 ベッドには、お兄ちゃんが眠っている。はぁはぁと苦しそうに息をしていた。

 

「ごめんな、日向。大丈夫だから」


 お父さんは、お兄ちゃんの額に手を当てる。

 優しい光が溢れて、お兄ちゃんを包み込んでいた。


「なにしてるの? おにいちゃんは、しんじゃうの?」


 子どもながら、これは特異なことなのだと理解していた。

 だから、怖かった。

 お兄ちゃんがいなくなってしまうかも、と。


「死なないわ。大丈夫よ」


 強い口調で言った、お母さん。

 見上げれば、どこか悲しそうな顔をしていた。


「良くも、悪くもね」


 その言葉の意味を、あの頃のわたしが理解することは難しかった。



 *



「う……」


 ふと、お兄ちゃんが小さな声を上げた。

 ベッドを覗き込めば、ゆるゆると目を開けているところだった。


「お兄ちゃん」


 そう声をかければ、お兄ちゃんはとろんとした目でわたしの方を見た。

 涙で潤む、琥珀色の瞳。

 どこか綺麗だと思ってしまった。


「あお、い……?」

「倒れたの、覚えてない? 雨でびっしょになったから、熱出たんだよ」


 一昨日の夜。

 向日葵書店に行ってみたら、びっしょり濡れたお兄ちゃんがいた。

 このままだと風邪を引くからと、慌ててお風呂に入れたのに。

 次にわたしがお風呂を借りて出てきたときには、お兄ちゃんが倒れていたのだ。

 

「まったく。なにか悩みごと?」


 温くなった、額の冷却シートをはがす。

 触れてみれば、まだ熱は高い。昨日に比べたら、少しは下がってきたけれど。

 新しい冷却シートを用意して、そっと貼る。

 乱れた布団を肩までしっかりとかけてから、その汗を拭った。


「どうせ、空を見てたら雨に降られたんでしょ」

「……せいか、い」


 お兄ちゃんは、力なく笑った。


「秘密、がバレそうに、なったから……」

「え?」

「どうしようか、って……考えるために、散歩いった。それで……」

「無理して喋らなくていいよ」


 話すのさえ億劫そうなお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんの額に、そっと手を置いた。

 昔、お父さんがやっていたみたいに。


「また寝て。治るまでいるから」

「ん……」

「治ったら、わたしも秘密がバレそうになった話してあげる」


 そう言えば、お兄ちゃんはびっくりしたようにわたしを見た。

 でも、瞼はゆっくりと落ちていく。

 わたしはくすりと笑った。


「おやすみ、お兄ちゃん」


 お兄ちゃんの体が弱いのは、その体に〈力〉が入っているから。

 それを知っているお父さんとお母さんは、お兄ちゃんが倒れる度に悲しそうにしていた。

 そんな二人を悲しませたくないと、お兄ちゃんはどんなに体調が悪くても我慢するようになった。

 隠して欲しくない。

 わたしは、お兄ちゃんの味方だから。

 お兄ちゃんが苦しいときは、ずっと傍にいるって決めたんだ。


 お父さんとお母さんがいなくても、わたしがいる。

 お兄ちゃんの運命を、一緒に背負っていくのは当たり前。

 二人で一人なんだから。

 だから、安心してね。

 ぐったりと眠ったお兄ちゃんの手を、わたしはしっかりと握りしめるのだった。


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