隣国の先生
「こんにちは」
陽の光が、夕方の橙色に近づいてきた頃。
ソレイユ書房に、一人のお客様が来店された。
わたしは、導き書から顔を上げて「いらっしゃいませ」と微笑む。
「あら、見かけない顔ですね」
「どうも。隣のクラル国からやってきました」
お客様は、すらりと背の高い男性。
旅人のようなマントを羽織っているが、その下の服は少し上等なもの。
貴族のような地位にいるのだろうか。わたしは、見慣れないお客様をまじまじと見つめてしまう。
すると、わたしの視線に気が付いたのか、男性はくすりと笑った。
「実は、魔法学校で教鞭を取っていましてね」
男性は、帽子を取って会釈してくれた。
「シャルディア王国には人界書を扱う書房があると聞きまして。勤務が終わり次第、来てしまいました」
アレク先生と言うらしい。
彼は、書房の中をぐるりと見回した。
「なんだか懐かしい雰囲気がありますね」
「人間界の老舗書店みたいな、懐かしさを感じる本屋さんにしたくて」
「そうなんですね」
アレク先生は、ふっと笑みを浮かべた。
どこかお兄ちゃんに似ているような、朗らかな笑み。
こんなにイケメンなら、魔法学校の学生さんから大いにモテているのでは?
ちょっと羨ましい。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
本棚の奥へと消えていった先生を見送って、わたしは仕事に戻った。
それから、数分が経った頃。
もう一人、お客様がやってきた。
「やっほう、アオイ」
「リアナだ。いらっしゃいませ」
来店したのは、以前『未来を開ける扉が、自動ドアだったら?』という本を買っていくれた、友人のリアナだった。
今日もまた、陽を浴びて輝く銀髪が綺麗だ。
リアナは、なにやらるんるんでやってきた。
「ねぇねぇ、この本って在庫ある?」
カウンターに置かれたのは、どうやら王立図書館で借りてきたらしい本だった。
王立図書館は、国民が自由に利用できる図書館。
他国では、貴族しか使えない図書館の方が多い。それなのに、シャルディア王国では商人でも市民でも誰でも使うことができる。
これは、わたしとお兄ちゃんがそうするようにと王室へ進言したものだった。
人間界の図書館に慣れていたものだから、利用者制限が存在するところに違和感があってね。
「うん、あるね。ちょっと待って」
リアナが差し出したのは、有名な学者の哲学書を物語にしたものだった。
これ、けっこう読みやすくて人気なんだよね。
王立学校の教材にもなっているくらい。
魔法を発動させ、哲学書の棚へ魔力を向ける。
対象の本を意識すれば、その本は棚から引き出される。それを、ぐいっと引っ張り出すのだ。
「これかな」
手に収まったのは、少し分厚い本。
リアナが図書館から借りてきた本とまったく同じものだ。
「うん、これ! おもしろいから、自分でも買おうと思って。おいくら?」
「銀貨3枚と銅貨5枚だよ」
リアナは、代金をカウンターに置いた。
それをきちんと数えてぴったりであることを確認してから、その本をリアナに差し出した。
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「えへへ、ありがとう!」
リアナは嬉しそうに笑った。
本を大事そうに抱えると、ぱたぱたと去っていく。
「またね、アオイ。今度、お茶でもしよ!」
「いいね! お店、探しとく!」
手を振って、リアナを見送った。
店から出ていったのを見届けて、カウンターに戻る。
と、そのとき。
「不思議だ」
深い声が響いた。
はっと顔を上げれば、そこにはアレク先生が。
そうだ、リアナの来店で忘れてたけど、先生がいらっしゃったんだった。
「どうしましたか?」
慌てて声をかける。
先生は、そんなことはおかましなしに、わたしを見た。
「お嬢さん。私と会ったことがあります?」
*
仕事柄、出かけ先にお客様と会うことは多い。
その度に会釈したり、挨拶したりしていた。
だから、一度顔見知りになったら忘れはしない。
けれど。
「……」
黙っていた。
何か話したら、心の中を見透かされそうな気がして。
「この懐かしい店内と、店主が魔法で本を探すところ。昔、子どもの頃に行った本屋に似ている」
「そうですか」
「でも、そうなるとおかしいですよね」
そう言って、アレク先生はわたしを見た。
「私が子どもの頃に来たことがあるのなら、貴女はまだ産まれていないはずです。貴女は、私より年下のように見えますから」
子どもの頃に、一度だけ来た本屋。
そこで対応してくれた、女性店主。
そのときの全てに、わたしが似ているのだと言う。
わたしは、ただ黙って聞いていた。
「貴女は、魔法使いですよね」
「はい」
わたしがただの魔法使いではないことは、この国の誰もが知っていること。
だから、『魔法使いか?』なんて聞かれることはない。
聞いてくるとしたら、わたしの存在を知らない他国の者だけ。
そう、アレク先生のように……。
「その店主さんも、魔法使いだったので。きっと、この世界の本屋さんは、同じような魔法を使うのかもしれませんね」
「そうですね」
「いやぁ、お恥ずかしい。変なことを聞いてしまいました」
アレク先生は頬を赤らめて頭を下げる。
そして、一冊の人界書を買われていった。
「変なこともあるね」
先生が帰られても、心臓がバクバクと言っていた。
もう今日は店を閉じよう。
さっさと閉店の作業をしてから、わたしはバックヤードに向かう。
こんなときは、お兄ちゃんのところに行こう。
向こうでご飯でも食べるのだ!
そう意気込んで、人間界へと向かった。
「え、お兄ちゃん!?」
「散歩してたら、雨に降られた」
まさかの事件発生。
向日葵書店では、頭から足までびっしょりと濡れている店主がいた。
「風邪引いちゃうよっ!」
ご飯どころじゃないじゃん!




