作家の先生
僕の日課は、まず出版社サイトを開くことだ。
出版社ごとに違うサイト。その中には、『週間ランキング』というものがある。
本の売れ筋ランキングで、どの本が売れているのかを見ることができるのだ。
しかも、そのページから発注することができる。
人気の本には『重版待ち』と書かれることも。
その売れ筋などから、入れたい本を入れていくのだ。
「やっぱり、青木先生の本は人気だ」
大人気作家・青木空音先生が本を出している出版社のサイトでは、週間ランキング一位を飾っていた。
確か、先週も一位だった気がする。
発注しようにも、今は重版待ちの本が多い。
とりあえず、今店頭にある本でなんとかするしかない。
「コーナー作ろうかな」
まだ在庫はある。
その本たちも並べて、コーナーを作ろう。
そんなことを考えながら、カウンターの椅子から立ち上がったとき。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開いて、お客様が来店した。
笑みを作って出迎える。
来店されたお客様は、常連さんではなかった。きょろきょろと店内を見て、僕を見つけると軽く会釈をしてくれる。
「見かけたので、お邪魔します」
黒髪でボブカットの女性。耳には、青い色の音符がモチーフのピアス。
着こなしているスーツは、紺色だった。
「ごゆっくりどうぞ」
僕は微笑みながら、仕事に戻る。
青木先生のコーナーを作るために、ポップでも作ろう。
「あら、それ」
ポップ作りのために、この前の特典を取り出す。
そして、その旨も書こうとしたときだった。
お客様が僕の手元を覗き込んできて、嬉しそうな声を上げた。
「嬉しい。私のコーナーを作ってくださるんですね」
「え?」
思わず、顔を上げる。
お客様は、まだ二十代くらいの若い女性。
耳のピアスは、彼女が動くたびに揺れる。まるで、音が鳴っているかのように。
「も、もしかして……」
「はい。私、『青木空音』です。作家をさせていただいています」
お客様は、今をときめく作家の先生だった。
どうやら、先生はおばあさまのおつかいで来店されたらしい。
車いすのおばあさまは、一人では満足に動けない。
そのため、青木先生がおつかいを頼まれたそうだ。
「どのような本をお求めで?」
「テキストです。最近、ラジオで文学の講座があるらしくて。そのテキストを買ってきて欲しいと頼まれたんです」
なるほど、ラジオ講座のテキストか。
僕は、その類を並べている棚に案内する。
「ちなみに、文学のテキストは時代ごとに分かれているんです。おばあさまは、どの時代をお求めですか?」
「あ……、そこ聞いてくるの忘れました」
青木先生は、困ったように笑った。
「すみません。午後にもう一度来ます。できたら、祖母も連れて」
「承知しました。お待ちしていますね」
僕は、にこやかに頷いたのだった。
*
午後。
休憩終わりの一番手に、青木先生は再び来店された。
書店の入り口にあるスロープを使って、おばあさまもご一緒だ。
優しいグレーの髪を、ふんわりとまとめている。
「いらっしゃいませ」
「すみませんね。私の伝え方が下手だったものでして」
柔らかな物腰のおばあさま。
その車いすを引く青木先生は、作家の顔から孫の顔になっていた。
挨拶もそこそこに、先生は車いすを押す。
「ほら、ここのコーナーだよ」
「おや、たくさんあるわ。私は……そう、これよ。昭和期の文豪たちの講座」
おばあさまは、一つのテキストを手に取った。
昭和期の文豪についての講座のもので、戦時下の文豪たちの動きなどについて学ぶもの。
その講座を、おばあさまは毎日受けているらしい。
「これを毎月買いに来るのがやっとでね」
お会計を済ませながら、おばあさまは困ったように微笑んだ。
青木先生は、その後ろから補助しながら言葉を付け足す。
「母も私も忙しくて。こうして時間を取れる日は、祖母の買い物に付き合っているんです」
「そうなんですね」
やっぱり、車いす生活は大変そうだ。
昔に比べたら段差とかがなくなってはいるけれど、大変なものは大変だ。
おつりを手渡してから、テキストを差し出す。
受け取って嬉しそうに微笑んだおばあさま。
そんな姿を見て、はっと思いついた。
「もしよろしければ、定期購読されますか?」
「定期購読を?」
「はい。毎月買われるのでしたら、確実に手に入るようにこちらで取り置きさせていただきます。受け取りは、ご本人様でなくても構いません。いかがですか?」
「それはいいわね」
おばあさまは、顔を綻ばせた。
「本屋さんによっては、売り切れているところもあるの。そうしたら、別の本屋さんに行かなきゃならないのが大変で。ぜひお願いしたいわ」
「いいと思う!」
青木先生も、ぱっと顔を輝かせた。
「お願いしてもいいですか?」
「もちろんです。では、少々お待ちください」
電話番号とお名前など、必要な情報を書いて貰う必要がある。
そのための準備をしていると、ふとおばあさまが僕をじっと見つめているのに気が付いた。
ずっと目で追いかけてくるものだから、少し恥ずかしい。
紙を用意して、青木先生に必要事項を書いて貰うように頼んでから話しかけてみた。
「僕に何か御用でしょうか?」
「あ、いえいえ。ごめんなさいね」
おばあさまは、焦ったように首を横に振った。
「昔、住んでいた場所にあった本屋さんの店主さんに、そっくりだなって思ったのよ」
「……」
懐かしい思い出に浸っているのか、おばあさまは目を閉じて微笑む。
その姿を、僕は黙って見ていた。
「この本屋さんの雰囲気も名前も、そして貴方も、なんだか初めて会った気がしないのよ。それくらい、あの本屋さんとそっくりだわ。店主さん、どこかでお会いしたかしら」
「やだ、おばあちゃん」
ボールペンを置いた青木先生は、くすくすと笑った。
お名前は、『近藤サキ』さま。おばあさまの本名だ。
お住まいは、電話番号から推測するに、ここから少し離れていた。
「おばあちゃんが昔住んでいたのは、県外のもっと遠くでしょ? それに、店主さんがその頃いる訳ないじゃない。もしそのときにいたら、もっとおじいちゃんよ」
「確かにそうだわ。ごめんなさい、変なこと聞いたわ」
「いえ。懐かしい思い出は、その方の宝物ですので」
僕はにこやかに言うと、手続した紙をお渡しした。
「これで手続き完了です。では、これから届き次第、ご連絡させていただきますね」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
青木先生と近藤さんは、にっこりと微笑んだ。
そして、自動ドアをくぐって去っていく。
スロープでゆっくりと降りながら。どこか、名残惜し気に。
二人の姿が見えなくなった途端、僕は椅子に座り込んだ。
「はぁ……」
我慢していた、心臓の鼓動。
バクバクと大きく脈打っていて、うるさい。
それを押さえるように、ぎゅっと胸元を握りしめた。
「びっくりした……」
まさか、あんなことを聞かれるとは思ってもいなかったから。
まだ、治まらない鼓動。
父さんがくれたブレスレットに触れる。
──これだから、人間はいやだ。
変なところで、人は人と繋がるのだから。




