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虐げられ系物語【向日葵書店】

「虐げられ系って、最近多いですよね」


 そう言ったのは、来店してくれていた片野さんだ。

 学校帰りらしく、服装は紺地の制服に赤いリボンスカーフ。黒いスクール鞄を持って、ぬっと現れた。

 いつものようにスツールに腰かけて、カバンから何冊も本を取り出す。


「これ、全部虐げられ系なんですよ」

「へぇ。これは知らないかも」


 何冊もある本の中で、僕が知らないものがあった。

 えっと、『虐げられていた令嬢は、時の力を得たので遡行して復讐に行きます』か。

 なかなかえげつないけど、おもしろそう。


「これ系の話、ほんっとうにおもしろいですよね!」


 僕がその本を借りてパラパラと読んでいると、片野さんが熱意のこもった声を上げた。


「虐げられていたとき、まずはその場から助け出してくれる救世主が現れるんです。そこから恋に発展していくのもいいし、スカッとさせるために裏工作をするのもいい! あと、虐げられていた主人公が実はチートな力を持っていたりとか!」


 片野さんの勢いは止まらない。虐げられ系の物語について、目をきらきらと輝かせながらどんどん語っていく。

 この前まではミステリーにハマっていて、そのときも熱量がものすごかったっけ。

 それくらい、片野さんは本が好きなのだ。


「転生先が虐げられている令嬢パターンもありません?」

「確かに。それも最近よく見かけるね」


 前世での記憶を頼りに、理不尽なことに立ち向かっていくとか。

 得意だったことを活かして、周りに認めていって貰おうとしたりとか。

 虐げられ系の主人公たちは皆、強い意志を持っている。

 だから、読み手である僕たちはそこに惹かれるのだ。


「でもやっぱり、醍醐味はぎゃふんと言わせるところですよ」


 片野さんは、にやりと笑った。


「虐げられられていた主人公の力を求めて王子とかが来てさ、親が他の兄弟と間違えているんじゃないかって言うけど、王子は引き下がらないの。だから王子が主人公に力を使うように言う。その力を見た親は、態度を豹変させる。ここで王子が一喝するその言葉が、もう本当最高に好き!」


 これだけのセリフを、片野さんはほとんど息遣いなしで言った。

 熱の入り方がすごい。すごいなぁ。


「日向さんは、どう思います?」

「そうだなぁ」


 話を振られて、少し考えてみる。

 虐げられる主人公。その先に待つのは良い結果だとしても、それを本人は知らない。僕たち読者だけが知る、読者の視点。

 張本人は、きっと辛いに違いない。


「物語としてはおもしろいけど、実際にあったらって考えると恐ろしいよね」

「そうなんですよね」


 片野さんは、小さくため息を吐いた。

 今日の片野さんは、表情が忙しい。顔を輝かせたと思ったら、次はにやにやして、それでさらにため息。ころころ変わる表情がおもしろくて、僕は思わずくすりと笑ってしまう。


「虐げられ系は、本当におもしろいんです。でも、少し考えちゃうんですよね。この主人公たちの心は大丈夫なのかなって」


 物語だから、仕方ないことではある。

 でも、現実に起きていたら大変なことになるのだ。


「そこが、難しいっすよね」


 いきなり、違う声が入ってきた。

 自動ドアのところを見れば、隼人くんが立っていた。

 こちらもまた、学校帰りらしくノートパソコンを手に持って。


「かっこよく登場、隼人です!」

「相変わらずのかっこつけですね、先輩」

「んだと!」


 ちなみに、隼人くんと片野さんは、高校のときの先輩後輩である。



 *



「虐げられ系の話って、異世界が多いよな。なんでか分かる?」


 隼人くんは、片野さんの隣のスツールに座った。

 積み上がった本を弄びながら、頬杖をつく。


「確かに。先輩の言う通り、そう言われればないですね」

「ここからは俺の持論だけど。きっと、現代の日本で虐げられている物語を書いたら、それは虐待になっちゃうと思うんだ」


 隼人くんは、こう見えて教育学部の学生だ。

 将来教員になるからこそ、きっと持っている考え方なんだろう。

 僕は、教育的考え方には疎い。なにせ、勉強は苦手なものでして。

 だから、隼人くんの持論に耳をすませた。


「虐待はデリケートな問題だ。安易に触れていいものじゃない。だから、作者さんたちは創造上の世界で虐げられている主人公を生み出すんだ」

「なるほど」

「すごい。先輩が珍しくまともなこと言ってる」

「珍しくは余計だ!」


 そうか、と思う。

 確かに、虐げられ物語は虐待に近い。

 現代の日本でそのような物語が書くのは、かなり難しい。

 だから、きっと異世界での物語にするんだ。

 作者が独自に作った世界は、よほど過激でない限り自由なのだから。


「っていう理由があるから、書かれないんだと俺は思う」

「深いね」


 そう言って頷いてから、ふと思う。

 魔法界はどうなんだろう。

 ソレイユ書房では、虐げられ物語を入れないようにしている。

 舞台となる異世界は、魔法界に似通うことが多いから。

 その影響を受けるのはよくないこと思って、葵はそれらの作品が流通しないように心掛けている。


「とまぁ、俺の持論でした。異論は受け付けます」


 隼人くんは、そう言って締めくくった。

 それを見ていた片野さんは、「すごい」と拍手をした。


「私、そこまで奥深く読んでこなかったかも」

「深く読めば読むほど、奥はものすごく深いぞ。虐げられ系が、ただの虐げられ系物語じゃなくなるんだ」

「本当にすごい!」


 片野さんは、がたっと立ち上がった。

 そして、積み上がった本たちを一気にカバンへしまっていく。

 急にどうしたのだろうか。

 ぽかんとする僕と隼人くんを置き去りに、片野さんはよっこいせとカバンを背負った。


「もう一回、全部読み直してきます! 奥まで深く、全部に! じゃ!」


 そう宣言して、片野さんは消えた。

 一瞬のできごとに、僕たちは笑うしかない。


「さすが片野。やるとなったら行動が早いな」

「そうだね」


 隼人くんは、どこか嬉しそうだった。


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