あやかし【向日葵書店】
「ファンタジオロジーの本はありますか?」
来店されたのは、新しいお客様だった。
店内に人がいないことを確認してから、その女性は合言葉を発した。
「えぇ、ございます」
人間と魔法界の者の区別は、なんとなくできる。
生まれ持った〈力〉が、魔力に反応して僕の本能を叩くのだ。
そのため、彼女がやってきたときには、その女性が魔法界の者であると確信できた。
「一度、来てみたかったのよね」
魔法書の棚へ案内しようとすると、女性が微笑んだ。
「仕事関連で、人界書も読まなきゃならないから」
「お仕事ですか。魔法書では足りないんですか?」
「そうね。魔法書は知識として使って、人界書を研究している形なのよ」
そう言って、女性は胸ポケットから何かを取り出した。
そして、僕へすっと渡してくる。
「私、『あやかし』について調べている研究者なんです」
あやかしについて調べている研究者──あやかし研究者と言うらしい──の名は、サラと言った。
ピンクを帯びた金髪がとても印象的で、小柄な女性だった。
「魔法界であやかしの研究をなされているんですか?」
「主にはね。研究の対象は『人界書』なの。人間界では、あやかしシリーズが人気だって言うじゃない。読んでみたらハマっちゃって、これを研究しようって思ったの」
カウンターのスツールに腰かけたサラさん。
持っていたカバンから、たくさんの羊皮紙を取り出す。
丁寧に巻かれているものの、些か乱雑に入っていた。
「実際にいるあやかしではなく、本の世界のあやかしを?」
「この世にいるのかなんて怪しいじゃない。本の世界には確実にいるんだから、そっちの方を調べたいと思ったのよ」
確かに、あやかしは実在するのか分からない。
それに対して、物語世界には確実に存在する。あやかしを題材にした本は、今や大人気シリーズの一部だ。
そう言えばこの前、出版社サイトで売れ筋ランキング1位を獲得していた『あやかしシリーズ』を入れたっけ。
ちらっと読んでみたけど、かなりディープなあやかしの世界が描かれていておもしろかった。
きっと、あやかしの世界は作者が自由に遊んでいるのだ。
「そんなこんなで人間界に調査に来たら、必要な魔法書を用意するのを忘れてね。こっちで買いたくて、一度来たかった噂の本屋さんにきたんだ」
サラさんは、あやかしが大好きなようだった。
文庫の棚を見ては、表紙とタイトルに目を輝かせている。
あやかしの世界は、可愛いものもあれば不可思議なものもある。
魔法界にはない発想の本であるから、サラさんは余計に興味を持ったのだろう。
「ヒナタさんは、どんなあやかしシリーズがお好き?」
「そうですね。あやかしたちと仲良くご飯を食べていたりとか、あやかしと結婚したりする話とかをよく読みますね」
「へぇ。あやかしたちって、けっこう人間に友好的なんですね」
「本にもよりますけどね」
そんなことを話していて、ふと思う。
魔法界には、あやかしという存在はいるのだろうか。
「おすすめは?」
「最近入ったので言うと、『あやかし姫は、世界を夢想する』ですね。『無双』ではなく『夢想』であることが、世界を深く追求しているみたいでおもしろいです」
「うわ、おもしろそう! それ欲しいです!」
サラさんは、食いつくように身を乗り出してきた。
僕は、入ったばかりの本をサラさんに渡す。
受け取った本のあらすじを読み、まず『あとがき』を読み始めたサラさん。
あとがきから読むタイプの人っているよね。
人それぞれの本の楽しみ方があるのは、とても良いことだ。
僕は、そんなサラさんを見て思わず笑った。
それから、少しが経ったころ。
本をパラパラ読んでいたサラさんが、急に立ち上がった。
「決めました!」
「へ?」
思いがけないことに、ぽかんとサラさんを見上げる。
彼女は、興奮して頬を赤く染めていた。
そして、声高らかに叫ぶ。
「私も、あやかし物語書くぞー!」
「やっほー、お兄ちゃん! 遊びに来たよ!」
それと同時に、葵の声がした。
サラさんの宣言と、葵の訪問が見事にぴったり重なった瞬間だった。
*
「じ、自分で書く?」
サラさんの宣言を聞いた葵は、ひくっと顔を引きつらせた。
「そう、自分で! ……っと、どなた?」
「僕の双子の妹です。魔法界で書房を営んでいます」
「そうなのね。初めまして、よろしく!」
サラさんは、呆然としている葵の手を取ってぶんぶんと振る。
葵は、状況が読み込めていないようだった。
手を上下に揺すられながら、「お兄ちゃん」と囁く。
「もしかして、アイリスと同じ分類?」
「そうかも。タイミング、ちょっと悪かった」
そんな僕たちをよそに、葵の手から離れたサラさんは意気揚々よ語り続ける。
「やっぱりあやかしシリーズはおもしろいわ! 私もぜひ書きたい!」
自分で書いちゃうくらいの本好きは、伯爵令嬢のアイリスが代表だ。
そんなアイリスと同じ発想をしているサラさん。
アイリスに困っている葵が引きつらせるのも理解できた。
「ご自分で書くんですか?」
「もちろん! あやかし研究者として、深く深く突き詰めて書きますよ!」
サラさんは、えっへんと胸を張った。
「そうだな、主人公はあやかしね。人間に紛れ込んで暮らすあやかしのお話。一般的なあやかしシリーズは、人間があやかしと出会うって話だから、逆パターンでいきましょうか。『逆あやかし』ね!」
「な、なんかアイリス二号みたいになってるけど」
「色々ぶっとんでるんだよねぇ」
僕と葵は、揃って苦笑する。
確かに、読みたい本がなければ自分で書くのは効率がいい。
ただ、そこに至るまで、彼女たちは僕たちに語りまくる。
その熱意にやられてしまうこともしばしばだ。
「にしても、あやかし研究者っておもしろいね」
サラさんが熱く語る傍らで、僕は葵に話しかけた。
「あやかしって、人間界ならではの美しい世界だからね。その世界に魅入られる者もけっこういたりするんだ」
妖術を操ったり、妖艶さを持っていたり。
その独自の世界観は、読者の好奇心をくすぐる。
美しく、それでいて少し残酷な。
不思議なその世界で、あやかしは生きているのだ。
「よし、この『逆あやかし』を書くことを報告するわ」
語り終えたらしいサラさんは、伝書鳥を発動させた。
送りたい内容を魔力で書いているのだが、そこでとある単語を耳が拾った。
「えぇっと、『逆転生』はどうですか……っと。あとは、『アイリス』の物語を、私は……」
「ちょっと待って、アイリスって言った?」
葵が、ぎょっとした顔でサラさんの腕を掴んだ。
伝書鳥を無事に送ったサラさんは、「えぇ」と頷く。
「昔、同じ学校に通っていたのよ。そこから仲良くしているわ」
……うわぁお。
まさかここで繋がるとは。
「……だからか。同じ匂いがするよ」
葵は、疲れたように微笑んだ。
「アイリスは一人で充分だよ……」
確かに、その通り。
僕は、力強く頷いた。




