表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/32

あやかし【向日葵書店】

「ファンタジオロジーの本はありますか?」


 来店されたのは、新しいお客様だった。

 店内に人がいないことを確認してから、その女性は合言葉を発した。


「えぇ、ございます」


 人間と魔法界の者の区別は、なんとなくできる。

 生まれ持った〈力〉が、魔力に反応して僕の本能を叩くのだ。

 そのため、彼女がやってきたときには、その女性が魔法界の者であると確信できた。


「一度、来てみたかったのよね」


 魔法書の棚へ案内しようとすると、女性が微笑んだ。


「仕事関連で、人界書も読まなきゃならないから」

「お仕事ですか。魔法書では足りないんですか?」

「そうね。魔法書は知識として使って、人界書を研究している形なのよ」


 そう言って、女性は胸ポケットから何かを取り出した。

 そして、僕へすっと渡してくる。


「私、『あやかし』について調べている研究者なんです」




 あやかしについて調べている研究者──あやかし研究者と言うらしい──の名は、サラと言った。

 ピンクを帯びた金髪がとても印象的で、小柄な女性だった。


「魔法界であやかしの研究をなされているんですか?」

「主にはね。研究の対象は『人界書』なの。人間界では、あやかしシリーズが人気だって言うじゃない。読んでみたらハマっちゃって、これを研究しようって思ったの」


 カウンターのスツールに腰かけたサラさん。

 持っていたカバンから、たくさんの羊皮紙を取り出す。

 丁寧に巻かれているものの、些か乱雑に入っていた。


「実際にいるあやかしではなく、本の世界のあやかしを?」

「この世にいるのかなんて怪しいじゃない。本の世界には確実にいるんだから、そっちの方を調べたいと思ったのよ」


 確かに、あやかしは実在するのか分からない。

 それに対して、物語世界には確実に存在する。あやかしを題材にした本は、今や大人気シリーズの一部だ。

 

 そう言えばこの前、出版社サイトで売れ筋ランキング1位を獲得していた『あやかしシリーズ』を入れたっけ。

 ちらっと読んでみたけど、かなりディープなあやかしの世界が描かれていておもしろかった。

 きっと、あやかしの世界は作者が自由に遊んでいるのだ。


「そんなこんなで人間界に調査に来たら、必要な魔法書を用意するのを忘れてね。こっちで買いたくて、一度来たかった噂の本屋さんにきたんだ」


 サラさんは、あやかしが大好きなようだった。

 文庫の棚を見ては、表紙とタイトルに目を輝かせている。

 あやかしの世界は、可愛いものもあれば不可思議なものもある。

 魔法界にはない発想の本であるから、サラさんは余計に興味を持ったのだろう。


「ヒナタさんは、どんなあやかしシリーズがお好き?」

「そうですね。あやかしたちと仲良くご飯を食べていたりとか、あやかしと結婚したりする話とかをよく読みますね」

「へぇ。あやかしたちって、けっこう人間に友好的なんですね」

「本にもよりますけどね」


 そんなことを話していて、ふと思う。

 魔法界には、あやかしという存在はいるのだろうか。


「おすすめは?」

「最近入ったので言うと、『あやかし姫は、世界を夢想する』ですね。『無双』ではなく『夢想』であることが、世界を深く追求しているみたいでおもしろいです」

「うわ、おもしろそう! それ欲しいです!」


 サラさんは、食いつくように身を乗り出してきた。

 僕は、入ったばかりの本をサラさんに渡す。

 受け取った本のあらすじを読み、まず『あとがき』を読み始めたサラさん。

 あとがきから読むタイプの人っているよね。

 人それぞれの本の楽しみ方があるのは、とても良いことだ。

 僕は、そんなサラさんを見て思わず笑った。


 それから、少しが経ったころ。

 本をパラパラ読んでいたサラさんが、急に立ち上がった。


「決めました!」

「へ?」


 思いがけないことに、ぽかんとサラさんを見上げる。

 彼女は、興奮して頬を赤く染めていた。

 そして、声高らかに叫ぶ。


「私も、あやかし物語書くぞー!」

「やっほー、お兄ちゃん! 遊びに来たよ!」


 それと同時に、葵の声がした。

 サラさんの宣言と、葵の訪問が見事にぴったり重なった瞬間だった。



 *



「じ、自分で書く?」


 サラさんの宣言を聞いた葵は、ひくっと顔を引きつらせた。


「そう、自分で! ……っと、どなた?」

「僕の双子の妹です。魔法界で書房を営んでいます」

「そうなのね。初めまして、よろしく!」


 サラさんは、呆然としている葵の手を取ってぶんぶんと振る。

 葵は、状況が読み込めていないようだった。

 手を上下に揺すられながら、「お兄ちゃん」と囁く。


「もしかして、アイリスと同じ分類?」

「そうかも。タイミング、ちょっと悪かった」


 そんな僕たちをよそに、葵の手から離れたサラさんは意気揚々よ語り続ける。


「やっぱりあやかしシリーズはおもしろいわ! 私もぜひ書きたい!」


 自分で書いちゃうくらいの本好きは、伯爵令嬢のアイリスが代表だ。

 そんなアイリスと同じ発想をしているサラさん。

 アイリスに困っている葵が引きつらせるのも理解できた。


「ご自分で書くんですか?」

「もちろん! あやかし研究者として、深く深く突き詰めて書きますよ!」


 サラさんは、えっへんと胸を張った。


「そうだな、主人公はあやかしね。人間に紛れ込んで暮らすあやかしのお話。一般的なあやかしシリーズは、人間があやかしと出会うって話だから、逆パターンでいきましょうか。『逆あやかし』ね!」

「な、なんかアイリス二号みたいになってるけど」

「色々ぶっとんでるんだよねぇ」


 僕と葵は、揃って苦笑する。

 確かに、読みたい本がなければ自分で書くのは効率がいい。

 ただ、そこに至るまで、彼女たちは僕たちに語りまくる。

 その熱意にやられてしまうこともしばしばだ。


「にしても、あやかし研究者っておもしろいね」


 サラさんが熱く語る傍らで、僕は葵に話しかけた。


「あやかしって、人間界ならではの美しい世界だからね。その世界に魅入られる者もけっこういたりするんだ」


 妖術を操ったり、妖艶さを持っていたり。

 その独自の世界観は、読者の好奇心をくすぐる。

 美しく、それでいて少し残酷な。

 不思議なその世界で、あやかしは生きているのだ。


「よし、この『逆あやかし』を書くことを報告するわ」


 語り終えたらしいサラさんは、伝書鳥を発動させた。

 送りたい内容を魔力で書いているのだが、そこでとある単語を耳が拾った。


「えぇっと、『逆転生』はどうですか……っと。あとは、『アイリス』の物語を、私は……」

「ちょっと待って、アイリスって言った?」


 葵が、ぎょっとした顔でサラさんの腕を掴んだ。

 伝書鳥を無事に送ったサラさんは、「えぇ」と頷く。


「昔、同じ学校に通っていたのよ。そこから仲良くしているわ」


 ……うわぁお。

 まさかここで繋がるとは。


「……だからか。同じ匂いがするよ」


 葵は、疲れたように微笑んだ。


「アイリスは一人で充分だよ……」


 確かに、その通り。

 僕は、力強く頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ