花の栞
これは、いつの日だったか。
思い出せないけれど、宝物のような時間。
ヒマワリは、母にとってとても大切な花だった。
陽に向かってまっすぐ伸びる花。
高く澄み渡る青空の下で、のびのびと育つ輝かしい花。
初めて見たときから、ヒマワリに釘付けだったらしい。
「お父さんはね、ヒマワリみたいだったの。何事にもまっすぐ目標に向かっていて、明るくて笑顔が輝いていてね。それはもう、かっこよかったんだから」
惚気話は、いつも唐突にやってくる。
母が父について語り始めたら、終わりまできちんと聞かなければならない。
双子は顔を見合わせて、いつも笑い合っていた。
「またはじまった」
「聞くの、あきたよね」
ひそひそと話しても、母は聞こえていない。
だから、双子は適当な相槌をして、隠れて違うことを話していた。
そして。
「なにを仲良く話しているの?」
母はすごい。
どんなに小さな声で話していても、すぐに見つかってしまう。
「えへへ、ないしょ! ね、お兄ちゃん!」
「うん! あおいとぼくのひみつ!」
「いいわね、秘密。お母さんとも秘密のお話しましょ」
母は、そういって昔話をしてくれた。
これからの将来の話も。
*
ヒマワリは、父にとってとても大切な花だった。
母と同じ花が好きだったこと、これが交際のきっかけだったらしい。
「ヒマワリ畑にいる母さんは、すごく綺麗だったんだ。花の女神のように美しくて、誰にも渡したくないって思ったんだよ」
父は、照れくさそうに笑った。
またいつもの惚気話だ。
そう思って、双子が違うことをし始めたとき。
父が、双子を抱き上げた。
「わ!」
「きゃ!」
「だから、お前たちの名前に花を入れたんだよ」
がっしりとした手。
父親のあたたかさというものが伝わってくるようだった。
「日向と葵。赤ちゃんの頃はな、どっちかが離れると必ずもう片方が泣くんだ。だから、2人で1つの名前を付けたんだよ」
ヒマワリのようにまっすぐ。
ヒマワリのように明るく。
そして、いつまでも2人がずっと一緒にいられますように。
そんな願いを、名前に託した。
「日向、葵を助けてやれ。葵、日向を守ってあげるんだぞ」
*
「こんなとこにいると冷えちゃうよ」
自分の家のベランダ。
手すりにもたれて星空を眺めていると、後ろで妹の声がした。
振り返る前に、ふわりと何かが自分の肩に乗る。
懐かしいぬくもりは、母がくれた双子でお揃いのブランケットだった。
「葵」
「なぁに?」
昔から、体を壊すと葵が傍にいてくれた。
どんなに辛いときでも、葵がいれば救われた。
自分の支えである葵が、この世界から消えてしまったら。
そんなことを、考えてしまうときがある。
「いなくなるなよ」
そう言うと、葵はくすりと笑った。
「わたしに『僕はいなくならない』って言ってくれたよね。わたしも、同じだよ」
その笑顔は、眩しい。
まるでヒマワリのように、明るく輝いている。
「お父さんに言われたからね。お兄ちゃんを守れって」
「ぼくは、葵を助ける。絶対」
これは、父から託された想い。
美しくて儚くて、ときに残酷なこの世界を生きていくための道しるべ。
昔から教えられていた、2人の運命のために。
「ずっと一緒だよ」
「あぁ。ずっとな」
この先も、ずっと。




