青い春【向日葵書店】
今日1番にすべきことは、雑誌の抜取だ。
週明けに新しい号の雑誌が入ってくるから、そのための棚明けもしなければならない。
久しぶりの仕事に、胸が高鳴る。
向日葵書店に帰って来られたのは、葵の家で倒れてから3日後だった。
加えて、〈力〉を使って寝ていた日を合わせると、ほとんど1週間近く店を閉めていたことになる。
こんなに休んでしまったのだから、光本さんたちに迷惑をかけたかもしれない。
「まずは、開店のお知らせ……っと」
抜取をする前に、SNSで臨時休業から明けたことを発信した。
それから店を開けて、抜取を開始する。
返さなければならない雑誌たちを、在庫数と照らし合わせながら抜いていく。
この作業は、店内のどこにどの雑誌があるか把握できていないと難しいもの。
僕は、雑誌をすいすいと抜いていきながら、ブックトラックに積んでいった。
と、そのとき。
「日向くん!」
自動ドアが開いて、誰かが飛び込んできた。
いらっしゃいませ、そう言おうとする前に誰かに抱きつかれる。
「よかった! 無事ね!」
光本さんだった。
まるで自分のことのように、涙を浮かべてきてくれた。
「向こうで何かあったんじゃないかって心配してたのよ。こんなに長い間臨時休業するなんて、『ジェミニ』絡みのことでしょう?」
さすが、よく知っている。
光本さんは、僕を見て微笑んだ。
柔らかい笑みだった。母さんが日常的にいない今、光本さんは母親代わりのような存在。その笑顔は、僕たちを支えてくれる太陽のようだ。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「本当?」
「えぇ」
疑い深い光本さんを、なんとか宥める。
こんなときには、やっぱり本で宥めた方がいい。そうだな、今日はまだ並べていなかった魔術書を出そうかな。
心配させた謝罪をしようと考えていた、そのとき。
「日向くん、ぶっ倒れてないか!?」
大きな声が割り込んできた。
見れば、自動ドアを押し入るようにして隼人くんが飛び込んできているところだった。
「わ!」
光本さんよりもスピードを上げて、隼人くんは駆け寄ってきた。
僕の前で急ブレーキをすると、まじまじと僕を見つめる。
そして、頭の先から爪先までじっくりと見回した。
「隼人くん?」
「よかった、もう無事そうだな」
隼人くんは、にかりと笑った。
「店がずっと閉まったままだったからさ、もしかしたら中でぶっ倒れてるんじゃないかと思って。何度、忍び込もうと思ったことか」
「泥棒になってしまうわね」
そんな言葉に、光本さんがくすくすと笑った。
隼人くんを泥棒にしかけてしまうほど、僕は迷惑をかけてしまったらしい。
僕は、なんだかくすぐったい気持ちになった。
「ありがとうございます、お2人とも」
「無事でなによりよ」
「具合悪かったら言えよな。葵ちゃんより先に看病に行くぞ!」
隼人くんの前で具合悪くなったこともあったから、きっとそれも含めて心配されている。
若干、隼人くんは彼女みたいなこと言ってるけど。
「ありがとう」
「お、これなんか青春だな」
思いついたように、隼人くんは言った。
太陽みたいに眩しい笑顔で、とても楽しそうに。
「街の本屋で確かめ合う男の友情……。恋愛青春物語が多い中で、男の友情でしか味わえない感情があるんだ!」
こう見えて、夢見がちな少年・隼人くんである。
憧れる青春と言えば『恋愛』が1番だと思うけれど、隼人くんは違う。
放課後、犬猿の仲のクラスメイトとキャッチボールをすることが青春らしい。
「キャッチボールをすることで、言葉にはならない『言葉』が相手に伝わるんだ。これこそ、最高の青春物語!」
「じゃあ、隼人くんは恋愛系は苦手なのかしら」
「いや、そんなことないっす」
男の友情を熱く語っていた隼人くんだったけど、光本さんの質問にスンっとなった。
急な真顔で、光本さんを見つめる。
「彼女欲しいんで、青春物語でイメトレしてるんすよ」
な、なるほど。
青春物語はそういう読み方もあるんだな。
1つ勉強になった。
*
「おー、届いた届いた」
お昼過ぎ。
郵便屋さんが届けてくれた、分厚い紙袋。
表面にはとある出版社さんの名前が書かれている。
そして、『拡材が入っていますので、取り扱いにご注意ください』と注意書きが添えられていた。
「なにかのキャンペーンですか?」
るんるんとリズムに乗りながら紙袋を開けていると。
店に来てくださっていた、美容室『シャロン』の大塚さんが覗き込んできた。
今日は定休日らしく、今まで読んでみたかった漫画を大人買いすると意気込んでやってきた大塚さん。
既に、手にはたくさんのコミックが収まっていた。
「最近人気の青木空音さんという作家さんのフェア拡材です。今度、代表作が映画化するんですよ」
青木先生の本は、どれも表紙が綺麗なブルーだ。
深いブルーに、淡いスカイブルー。それをバックとして描かれている主人公たちの姿。
そして、先生の透明感溢れる文章。
先生は主に青春物語を書いていて、それが今の学生に刺さるのだとか。
「へぇ。どれも綺麗な本ですね」
「フェアで、特典小冊子が付くんですよ。ランダムだから、ファンの中では争いが起きること確実だそうです」
「うわ、すごい」
大塚さんは、興味津々でその拡材を見ていた。
それほど見入っているなら、青春物語が好きなのだろうか。
聞いてみようと口を開いたのと同時に、大塚さんが言葉を発した。
気まずくならないよう、咳払いをしてなんとかごまかす。
「でも、僕は悪役令嬢とか転生とかのファンタジーコミックが好きです」
幸せそうな笑みを浮かべた大塚さんは、手に取っていたコミックを撫でた。
「青春物語って、けっこう映画化するじゃないですか。その主演の人って、大抵アイドルですごいかっこいいんですよね。ヒロインの女優さんもみんな美人で。そうなると、僕の中で気になることが増えるんですよ」
「え、彼女が欲しくなるとか?」
「それもありますけど」
隼人くんが言っていたことは、大塚さんも同じらしい。
大塚さんはおもしろそうに笑ってから、言葉を続けた。
「俳優さんたちを引き立てているヘアメイクさんの技術がすごいんです! 主人公たちのモテヘアが本当に可愛くてかっこいい。その技術を盗みたくて、何回も観に行っちゃうときがあるんです」
なるほど。
彼女が欲しくなる現象ではない、違う現象が起きる人もいるってことか。
「って考えると、漫画の世界は許容範囲を超えて自由なんです。ほら、悪役令嬢の定番ヘアは縦ロールでしょ? あの勢いのある縦ロールは実現不可能なんで、それはそういうもんだという目で見れるんです」
青春物語を読んで、キュンキュンしたりときめいたりする。
そこまでは、誰でも一緒。
ただ、違うのはその人の心がどのように動くか。
隼人くんみたいに彼女イメトレをする人、大塚さんみたいにモテるヘアメイクを研究する人。
廊下でぶつかるキュンシーンは、実際にあったら恐怖のときもあると考える人もいるかもしれない。
それくらい、物語は自由で楽しいのだ。
「青春物語は深いですね」
「ですねぇ」
大塚さんは、おもしろそうに笑った。
「お客さんにも聞いてみたいから、青木さんの新刊いただけますか?」
「はい、ぜひ。よかったら特典も」
「ありがとうございます」
「そうだ」
大塚さんが帰る直前、僕の方をくるりと振り返った。
「体調、お気をつけてくださいね」
「あ、ありがとうございます。えっと、誰から?」
「臨時休業があったので、何かあったのかと思っていたんです。そしたらさっき、隼人くんが大騒ぎしてたんですよ。『倒れた日向くんを救えるのは、男の友情で結ばれた俺だけだ!』って」
僕にも心配させてくださいね。
そう言った大塚さんは、にこやかに去っていった。
残されたのは、隼人くんの爆弾だけ。
お、お願いだから皆に変なこと言い触らさないで欲しいな!




