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転生【向日葵書店】

「転生は、最高だ!」


 向日葵書店にそう言って来店したのは、隼人くんだった。

 本を片手に、自動ドアをこじ開けるようにしてやってきた。パソコンで仕事をしていたぼくは、いきなりのことに心臓が飛び上がる。


「うわ、びっくりした!」

「転生最高! そう思わない!?」


 隼人くんは、かなり興奮していた。

 その気迫に押されながら、とりあえず話を聞いてみる。

 隼人くんはカウンター横のスツールに座ると、ぐいっと身を乗り出した。


「転生ってさ、俺たちみたいな人が異世界に行くってことじゃん? でも、それが違う作品を見つけたんだよ!」


 そう言って差し出してきたのは、『転生したら、魔法がない世界だった』というライトノベル。

 なるほど、いわゆる逆転生物語だ。


「今まで、転生した女の子が前世の知識を使って生きていく話とか、転生したら勇者だったとか、それこそ悪役令嬢に転生したとか、そういう系のばっか読んでたんだよ。そしたら、これを友達にすすめられてさ。それから一気にハマったよね」


 意気揚々と語る隼人くん。

 確かに、今、絶大な人気を誇る転生シリーズ。

 前世で死んでしまって、そこから別世界へと転生するというもの。

 完全なる『死』という体験は、誰もしたことがない。

 だからこそ成り立つ、転生物語の世界だ。


「転生、大好きなんだね」

「おう。語れるくらい大好き!」

「じゃあさ、もし本当に転生できるってなったら、隼人くんは転生する?」


 今問題になっている、魔法界での転生現象。

 それをずっと考えていたせいか、僕の口からいきなり言葉が飛び出した。

 はっとして隼人くんを見ると、ぽかんとして僕を見ていた。


「ご、ごめん。変な質問しちゃったね、忘れて」


 誰かに聞いてみたかったのだ、転生の設定について。

 憧れとなっている転生が本当に叶うとき、人はどうするのか。

 

「俺は、転生しないかも」


 慌てふためく僕の頭に、静かな声が響き渡った。

 見れば、隼人くんが僕をじっと見ていた。

 澄んだ瞳で、大人っぽい表情を浮かべて。


「憧れは憧れだ。ただそれだけ。転生は読んでて楽しいけど、俺は実際には転生したくないな。残していく家族とかいるし、その家族のことを後悔しながら生きる第二の人生はなんか嫌だ」


 隼人くんは、真面目な顔でそう言った。

 憧れは、憧れ。

 もし転生が叶うということは、『この世界』から自分が消えるということ。

 どこかで悲しみが生まれるし、消えた本人にも後悔が残る。

 それが、現実だった。


「なんだ? そんなこと考えてたのか」


 隼人くんがふっと笑った。

 カウンターの中へ手を伸ばして、僕の頭をこつんと小突く。


「いたっ」

「俺は、死んでも転生はしない。するとしたら、霊になって日向くんの枕元に出るよ」

「うわ、それは嫌だ」


 からからと笑う隼人くん。

 もし死んでしまったら、会いに来てくれるなんて。

 怖いけれど、なんだか嬉しかった。



 自分のことを想ってくれる人間が、増えたことに。



 *



 お昼すぎ。

 久しぶりに、光本さんが来店した。


「ファンタジオロジーの本はありますか?」

「はい」


 例の本棚に案内して、魔法石に触れてもらう。

 そこまで付き添ったら、あとは自由な時間。

 そっとフェードアウトをして、カウンターに戻った。


 そのとき。


「……痛っ」


 突然、鋭い痛みが右手を駆け抜けた。

 慌てて手を開いて、見てみる。

 そこには、赤い傷が爪の痕を作っていた。


 今、怪我をする状況ではない。

 本の紙でよく手を切るが、手元に本はない。

 つまり。


「アオイちゃんに何かあったの?」


 知らぬ間に、背後に光本さんが立っていた。

 僕の手を見て、痛々しそうに顔をしかめる。


「たぶん、手を握りしめたんだと思います」


 葵は、昔から焦ったり悔しかったりすると、爪が手のひらに食い込むまで握りしめる癖がある。

 だから、こうやって僕に伝導してくることもしばしば。

 それは僕も同じで、僕が怪我をしたら葵に届いてしまうことがある、


 ──そういう体質だから。


 まぁ、このおかげで葵がどんな怪我をしたのか分かるからいいのだけど。

 きっと、転生現象で何かあったのかもしれない。

 傷にそっと触れて、「大丈夫だから」と囁く。

 すると。


「あ……」


 傷がすぅっと消えていった。

 後に残ったのは、白い光の粒たち。

 それを見て、光本さんが呟いた。


「この光は王女様ね。また脱走してきたんだわ」


 向こうの国の王女・アリア。

 彼女は国随一を誇る、治癒魔法の使い手。

 魔法科医が存在する中で、特に治癒魔法に長けているのだ。


「アリアがいれば安心です」


 アリアは、僕たちの友人だ。

 心強い味方で、何より強い芯を持った王女様。

 ただ、少し兄王子たちが厄介だけど。


「転生のことで、何か起きてるの?」


 ふと、光本さんが聞いてきた。

 どうやら、魔法界にいるお孫さんが転生物語にハマっているらしい。

 そんなお孫さんから、今の魔法界の様子を聞いたみたいだった。


「転生が実現してしまうのはタブーなんです。それを、阻止しようと考えていて」

「大変ね」


 光本さんは、ため息を吐いた。


「入り混じっちゃいけない世界が、人間界と魔法界でしょう? 神さまたちも大変ね」

「えぇ」


 これは、僕たちがなんとかしないとならないこと。

 そのために『向日葵書店』があって、『ソレイユ書房』があるから。






 きらり。

 

 光本さんが帰られた後。

 パソコンが、青い光をちかちかと点滅させた。

 葵からの、テレビ通話のようなものだ。


「どうした」


 すぐに、パソコン上に浮上する。

 映し出されたのは、葵の顔。

 その瞳は、不安そうに揺らいでいた。


「なんだ、何かあったのか!?」


 そう問いかけると、葵は震える声で言った。


『国王に呼び出された』

「は?」

『転生のことで聞きたいことがあるって』


 国王に呼び出されたということは、かなり重い事態になってきているのだろう。

 冷たい汗が背を伝って落ちていく。


「アリアからの伝言か?」

『ううん、使者が来た』


 使者がやってきたということ。 

 それは、断ることができないと言っているようなもの。

 最悪だ。

 あの王のもとに行かなければならないなんて。


「……僕も行く。あの王に、葵ひとりで立ち向かうのは無理だろ」

『うん。なるべく会いたくなかったもん』


 謁見は、明日の昼らしい。

 それまでに店を閉めなければ。

 あの、忌々しい王に会いにいくために。


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