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異世界グルメ

「やぁ、アオイちゃん」


 ある日のお昼終わり。

 お昼休憩が終わり、入り口にお店再開の看板を出そうとしたときだった。

 声をかけられて振り向くと、そこには行きつけの食堂のご主人がいた。


「あ、ご主人さん」

「これ、アオイちゃんにって思って」


 ご主人が差し出した、白い箱。

 にこにことしながら「中を見てみてよ」と促されて、箱をぱかりと開ける。

 そこには。


「うわぁ、かわいい!」


 並んでいたのは、ヒマワリの形をしたパンケーキだった。

 こんがりキツネ色に焼かれていて、たっぷりと蜂蜜がかかっている。

 傍にはホイップクリームも添えられていて、今すぐ食べたいくらいおいしそうだった。


「あと、これも」


 もう1つ、箱を渡される。

 そちらはアップルパイだった。

 黄金のリンゴが入ったパイは、見るからにおいしそう。

 さっきお昼を取ったばかりだけれど、デザートは別腹。なんでも入っちゃう。


「どうしたの、急に」


 このご主人は、いつもわたしとお兄ちゃんに差し入れをしてくれる。でも、こんなにたくさんの差し入れは初めてだった。

 疑問に思って聞いてみると、ご主人は困ったように笑った。


「アオイちゃんの力を借りたくてね」




「……なるほど。新しい料理とかデザートとかが思い浮かばないってことね」

「あぁ。うちは古くからやってる老舗食堂だから、味が決まっていてね。味に飽きたってお客様がちらほらいたりするんだ」


 ご主人の食堂は、何代も前から続くお店だ。

 魔法界では寿命が長いから、人間界の老舗とは年数が違いそうで怖いけど。

 老舗だからこそ、新しい味にも挑戦したいというのがご主人の相談だ。


「レシピ本は?」


 レシピ本を何冊かピックアップし、魔法で棚から引き寄せる。

 カウンターに置かれた本を見て、ご主人はうーんと項垂れた。


「この辺りの本は読み尽くしたよ。でも、どれもうちの味になってるんだ」

「そっかぁ」


 魔法界で有名な料理研究家の本、王宮料理長の御用達レシピ本。

 どれもかれも読んでいて、特にこれと言った収穫はなかったのだそう。


 と、そのとき。

 通信用の水晶が、通知を知らせた。

 ご主人に断りを入れて、水晶に魔力を注ぎ込む。

 通知の相手は。


『異世界グルメ系の本、入ったからそっち送るね』


 お兄ちゃんからだった。

 そう言えば、王宮騎士のアランから注文が入っていたっけ。

 人間界で人気の、異世界グルメファンタジー。

 それを、お兄ちゃんに頼んでいたんだ。


 ん?

 お兄ちゃん?


「……そうか、お兄ちゃんだ!」


 良いことを思いついた!



 *



「うわ、おいしい」


 ソレイユ書房のバックヤード。

 お店が終わった頃にもう一度ご主人に来てもらって、応接セットに揃った。

 気を遣ってくれたご主人が、軽く食べられるものを用意してくれたので大満足だ。

 わたしの隣では、人間界から呼び寄せたお兄ちゃんがデザートのアップルパイを食べていた。


「ご主人のが1番好きだよ」

「嬉しいよ。ヒナタくんはアップルパイ好きだよね」


 ご主人はにこにこしてお兄ちゃんを見ている。

 お兄ちゃんは、普段あまり食べない。そのせいで、体はうんと細い。もっと食べて欲しいんだけどね、「もう食べられない」って言われたら断れない。

 けど、ご主人の料理は大好きで昔からよく食べているんだ。

 それを知っているから、ご主人もわたしもなんだか嬉しかった。


「それで、新しい味だっけ」


 紅茶を一口飲んで、お兄ちゃんはご主人を見る。

 そう、お兄ちゃんを呼んだのはこのため。

 人間界には、魔法界にはない料理がたくさんある。それを教えてくれるようにと頼んだのだ。


「うん。こっちの世界の人があっと驚くようなものを作りたくてね」

「あっと驚くようなものね……」


 考えながら、お兄ちゃんはくすりと笑った。


「僕、ご主人がレシピ本出したら買うかも」

「え?」

「ご主人の味、大好きだから。──っていうのはどうかな」


 そう言って、お兄ちゃんは何かを差し出した。

 テーブルの上に置かれたのは、あるレシピ本。

 書籍の紙質などから見るに、これは人界書だ。


「これ、『魔女と行く、異世界グルメの旅』っていう本のレシピ本なんだ。本の中に出てくる料理を、実際に作ってみるっていうやつ。今、人間界じゃこういう本も売れてるんだよ」


 確かに、この手のレシピ本は売れる。

 通常、レシピ本は料理をされる方がメインで買われて、購買層もそのあたりだ。

 けれど、このように人気ライトノベルや小説の中に出てくる料理を、自分の手で実現してみるための本というのも人気が出てきている。

 料理をするきっかけにもなるし、なんと言っても物語世界を自分で楽しむことができるんだ。


「人間界だと、『こっち』が異世界だ。でも、魔法界からすれば人間界が異世界でしょ? 『異世界が考えた、異世界グルメ』みたいに銘打って、メニューを追加するのはどうかな?」


 つまり、『人間界』が考えた『魔法界』グルメ。

 人間界は、こちらの世界のことを知らない。それなのに、人間は魔法界のことを想像して物語を創る。

 その発想力を本場で実現したらおもしろいんじゃないか、とお兄ちゃんは言いたいのだ。『人間界の作家さんが考えた異世界グルメを、本場の魔法界で実現しよう』みたいな感じ。


「なるほど」


 ご主人は、お兄ちゃんの提案を真剣に聞いていた。

 レシピ本をぺらぺらと捲り、あるページで立ち止まる。


「な、なんだこの『はんばーぐ』というものは! ステーキじゃない肉料理があるのか!」

「そう言えば、魔法界にハンバーグってないね」

「人間界ならではのものだからな」


 さまざまな発見があったのだろう、ご主人の目がどんどん輝いていく。

 最終的には、レシピ本をぎゅっと抱きしめてしまった。


「この本、買い取らせてくれないか!?」

「それは僕のですから、中古になりますがそれでよろしければお譲りしますよ」

「構わん! ヒナタくんありがとう!」


 ご主人は、ぶんぶんとお兄ちゃんの手を上下に勢いよく振った。


「ヒナタくんの案をいただくよ! もちろん、タダじゃない。次にお店に来てくれたときは、お代は構わんからな!」

「それは嬉しいです。ありがとうございます」


 お兄ちゃんは、嬉しそうに微笑む。

 最後にお兄ちゃんを抱きしめたご主人は、軽快な足取りで去っていった。


「手助けはできたのかな?」

「さすがお兄ちゃん。すごかったよ」


 お兄ちゃんを呼んで正解だった。

 わたしは、大満足でご主人を見送るのだった。




「ところでお兄ちゃん。私物の本を譲るのって珍しいよね」

「そうか?」

「もしかして、自分が食べたかったんじゃ……」

「うるさい」



 ご主人の食堂の新メニューに、二人がより常連になるまであともう少し。


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