ソレイユ書房
「お兄ちゃん!」
人間界のパソコンと、自分の水晶を魔力で繋ぐ。
透明な水晶に自分そっくりな顔が映し出された瞬間、わたしは声を上げた。
『なんだ、葵』
双子のお兄ちゃんの、日向。
優しげな、琥珀色の瞳。
わたしは、昔からお兄ちゃんの目が大好きだった。
「純文学の売れ行きがいいの。予想以上に売れちゃって。もう少しこっちに入れられる?」
『あぁ、いける。まだ在庫はあるから、後でそっちに送るよ』
「ありがとう!」
ここは、とある街の小さな本屋『ソレイユ書房』。
こじんまりした本屋は、店主であるわたし・葵が営んでいる。
大型書店や老舗書店と同じように、一般書籍や羊皮紙の巻物、魔法書まで取り揃えている。
ただ一つ、他の書店にはない特別な事情を除いて。
ソレイユ書房は、『人間界』の本 ──人界書── を取り扱っている。
『へぇ。人間界の本って売れるんだな』
「こっちにはない娯楽がたくさんだからね。憧れる人が多いのかも」
スマホもゲーム機も、魔法界にはないもの。それに自動ドアもない。
不便かもしれないけど、こっちの世界は全てを魔法が補ってくれる。だからこそ、発展しなかった娯楽も多くあったりするのだ。
きっと、そういう物語が魔法界のみんなには刺さるんだと思う。
「アオイちゃん。ちょっといいかい?」
お兄ちゃんと話していると、カウンター前に一人のおじいさんが立った。
白髪で、穏やかな顔。いつもにこにこと微笑んでいる、近所のおじいさん。
いつもこの書房に来てくれるグリードルさんだ。
「あ、グリードルさん。いらっしゃいませ。お兄ちゃん、また後で」
『おう。またな』
水晶の通信が切れる。
少し名残惜しくなりながらも、仕事中だから仕方がない。また、休憩時間にでも通信をしよう。
わたしは水晶をそっと撫でてから、グリードルさんの方を見た。
「何かお探しですか?」
*
「いや。少し在庫を調べて欲しい本があってな」
グリードルさんは、このお店の常連さん。
優しいおじいさんで、わたしたち双子のことをよく孫のように可愛がってくれている。
綺麗な白髪を撫でながら、グリードルさんはある紙を差し出してきた。
「この本なんだ。今朝の新聞で見かけてね。読みたくなったんだよ」
「なるほど、人界書ね。ちょっと待って」
確か、人間界で人気の作品で、映像化までされていた気がする。
こっちでは『映画化』とか『ドラマ化』とかの概念がないから、書籍で求める人が余計に多い。
だからなのか、人界書はどんな本でもかなり人気があった。
在庫を調べるときに使うのは、表紙に平たい大理石が埋め込まれた本『導き書』。
導き書は、この書房にある本の概要を全て記してある本のこと。
大理石のプレートに魔力で探している本のタイトルを書くと、導き書の該当ページが開くという仕組みになっている。人間界でいうパソコンが、紙媒体化したようなものだと思う。
「あ、もう在庫はないかも。取り寄せできるけど、する?」
残念ながら、もう売れてしまっていた。
それを伝えると、グリードルさんは「うーん」と考え込んだ。
「その作家って、他にどんな本を書いているんだい?」
「在庫がある本ならね、『余命半年なので、とりあえず恋をします』っていうのがあるよ」
「余命半年? おもしろいのかい?」
グリードルさんは、興味津々で身を乗り出してきた。
それもそうか、と思う。
わたしたちはともあれ、魔法界の人たちに『余命』という概念はない。
どんな病気も、魔法科医というお医者さんが治してくれるから。この世界で亡くなる原因は、老衰か事故死しかないのだ。まぁ、死者を甦らせることはできないけれど。
「そうね。人間らしい、儚くて美しい物語よ。一度読んでみたけど、少し涙が出てきたもの」
「なるほど。じゃあ、その本をくれるかい? あぁ、さっきのは取り寄せしてもらえると嬉しい」
「わかった。ちょっと待ってね」
この本がある棚を確認すると、指に魔力を宿らせる。
そして、くいっと引き寄せるようにすれば完璧。目当ての本がふわふわと飛んできて、わたしの手の中に収まった。
「お買い上げ、銀貨2枚です。取り寄せは入ったら連絡するから、この羊皮紙を持ってきてね」
買う本は代金をもらい、取り寄せの本は専用の羊皮紙を渡す。
羊皮紙には、頼んだ本のタイトルと、注文主の名前と連絡先を書いている。それで、取り寄せを頼んでいるお客様を管理するのだ。
購入された本を、丁寧に店の紙袋に入れる。
グリードルさんは、買った本を大事そうに抱きしめて微笑んだ。
「ありがとう、アオイちゃん。ヒナタくんにもよろしく言っておいて」
「えぇ。また待ってるわ」
本と木の香りが漂う、ソレイユ書房。
この居心地の良さは、向日葵書店も同じ。
存在する世界が違うだけで、本屋さんということは変わらない。
わたしは、この仕事が大好きだ。




