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ヒーロー【ソレイユ書房】

「人間界のヒーローってさ、ちょっと違うよね」


 ある日の夕方。

 ソレイユ書房に訪れた常連のレイチェルが、ふとそう言った。


「どうしたの、急に」

「これ読んでてそう思ったんだ」


 レイチェルが見せてきたのは、『きらきら魔法のヒーロー物語』という人界書。

 ある日、魔法が使えるようになった人間の女の子が、ヒーローになるために悪と戦うという物語。

 人間界では、その変身バンクや魔法のステッキが人気で、主人公の可愛さとかっこよさが溢れている作品だ。

 そんな物語にドハマりしているレイチェルは、目を輝かせてカウンセリングに身を乗り出した。


「だって、普通の女の子が変身して魔法を使うじゃん? 私たちのヒーローは王宮騎士団とか、魔術師たちだもん。変身するどころか、いつもそのコスチュームでいるもん」

「確かに」


 この国では、警察の役割を王宮騎士団が担う。そして、魔法が必要な場面では魔術師たちが活躍する。

 そのため、一般人から変身してヒーローになるということがないのだ。


 それに、この世界では魔法を使うことができる者が多い。使えない人もいるけど、魔力を使う訓練すれば、魔法を発動できる。

 だから、『きらきら魔法のヒーロー物語』の世界は、わたしたちの世界とは無縁だった。


「ほんと、人間ってすごいな」


 レイチェルは、本を眺めてまじまじと言った。


「突然魔法が使えるようになったって設定、本当にすごいと思う。魔法が使えるようになったら喜んで遊ぶとかじゃなくて、人助けに使おうとすることも。だから、『ヒーロー』なんじゃないかなって」

「わたしたちとは違って、身近じゃないヒーローだからこそ、憧れが強いのかもね」


 わたしたちのヒーローは、いつも身近にいる。

 なろうと思えば、努力次第でなれるもの。

 ただ、人間界ではそのような不思議な力は得られない。

 だからきっと、人間は物語世界のヒーローに憧れるのだと思うのだ。


「でも、そんな物理的なヒーローじゃなくても、必ずどこかにヒーローはいるからね」

「え?」

「だって、わたしのヒーローはお兄ちゃんだもん」


 お兄ちゃんは、魔法は使えない。

 でも、わたしのヒーローだ。

 助けて欲しいときに必ず助けてくれるし、いつも優しくわたしとおしゃべりしてくれる。

 お母さんとお父さんと離れていても、お兄ちゃんがいるから安心できる。

 だから、お兄ちゃんはわたしのヒーローだ。


「なるほど、それもヒーローだね」


 レイチェルは、柔らかく微笑んだ。



 *



「ごきげんよう」


 レイチェルに、お兄ちゃんのヒーローぶりを聞いてもらっていると。

 ドアのベルがカランと鳴って、誰かが入ってきた。

 お付きの者と共にいたのは、伯爵令嬢のアイリスだ。


「あら、アイリス」

「レイチェルじゃない。来てたのね」


 レイチェルは、この国の大商人の娘だ。

 本好きなのはそこから来ていて、国を跨いだ仕事をしている父親から、さまざまな国の本を買ってきてもらっているらしい。

 そのレイチェルの店を愛用しているのが、アイリスだ。

 同い年ということもあって、2人は幼なじみだった。


「何のお話をしてたの?」

「人間界のヒーローがおもしろいって話よ」


 レイチェルは、持っていた本をアイリスに見せた。


「『きらきら魔法のヒーロー物語』……。魔法が使える人間の話なの?」

「いいえ、急に使えるようになった女の子の話」


 すると、アイリスが目を輝かせた。

 ……あ、ちょっと嫌な予感。


「使えるように!? そうか、人間は魔法が使えないものね。これ、良いわね」

「良いって、アイリスまさか……」

「でしょう!? アイリスにぴったりだと思ったのよ!」


 レイチェルがぴょんっと跳ね上がった。

 その後ろで、アイリスの侍女さんが困ったような顔をしている。

 きっと、わたしと同じことを考えているよね。


「つまり、人間は『急に魔法が使える』っていう現象が人気なのね。じゃあ、逆はどうかしら」

「逆?」

「えぇ。『魔法使いが急に魔法が使えなくなる』っていう現象。これ、おもしろそうじゃない?」


 あぁ、やっぱり。

 アイリスは最近、人間界の物語を魔法界と逆に考えるということにハマっている。

 『悪役令嬢になりたいのなら、まずは愛する者の側室を狙いなさい』がヒットしたものだから、楽しくて楽しくて仕方ないらしい。

 そして、そんなアイリスにネタ提供をするのがレイチェルだ。

 この二人が揃うと、ロクでもないことに巻き込まれるのだ。


「そしたらヒーローじゃなくなるのかな。それとも、人間として生きるために人間界に行くのもいいわね。人間に紛れ込んで過ごして、魔法界のことを忘れてくの。でも、大切な人を守るためには魔法が必要で……みたいな!」

「いいわね! どうせなら2つ書かない!? 私も手伝うわ!」


 わたしと侍女さんを置いて、どんどん盛り上がるおふたり。

 想像通りの展開で、なんだかげっそりだ。

 すると、侍女さんがこそっと近づいてきた。


「すみません。もしお嬢様がまたお話を書かれましたら、置いていただきたいです」


 申し訳なさそうに言う侍女さん。

 自費出版になるし、勝手なお嬢様の独断で伯爵が驚くから、という理由で頭が上がらないんだと思う。

 でも、アイリスの物語はおもしろいし、買われるお客様もいるからなんとも言えない。

 本のためならどこにでも行っちゃうお嬢様だから、お父様も大変なんだよね。


 おじさん、ほんとごめんなさい。

 読みたい本がないなら書けばいいじゃないと教えたのは、このわたしです……。


「謝らないでください。わたしの入れ知恵でもありますし。人間界の方にも少し置きますから」

「ありがとうございます」


 わたし、この侍女さんと仲良くしよう。

 そう思って手を差し出すと、侍女さんはしっかりと力強く握り返してくれたのだった。


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