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星座物語【ソレイユ書房】

 向日葵書店から帰るとき、お兄ちゃんのことが本当に心配だった。

 体が弱いお兄ちゃんは、体調を崩すと長引いてしまう。出自の関係もあって、お兄ちゃんは本当に儚く見える。それが、不安のもとだった。


『大丈夫だよ』


 お兄ちゃんはそう言って笑ってたけど、どれだけ無理したか理解していた。

 だって、わたしとお兄ちゃんは一心同体だから。


「ヒナタなら大丈夫よ。貴女が信じなくて、誰が信じるのよ?」


 ソレイユ書房に来たアイリス。

 ばんっとカウンターに白い箱を置いて、わたしを軽く睨んできた。強い光が瞬くその瞳を見ながら、わたしは唇をとがらせた。


「だってわたし、お兄ちゃんがいなくなったら生きていけないもん」

「物理的にそうなってしまうのは、私には何とも言えないわ。でもね、そうならないようにするのが、アオイの役目でしょう?」


 魔法が使えるわたしと、使えないお兄ちゃん。

 なぜ、このような差が生まれているのか。それは、さっきも言ったように両親の出自が関連している。

 それを理解して仲良くしてくれているアイリスは、わたしをいつも支えてくれていた。


 ──これも、いつか終わっちゃうんだな。


 わたしたちの運命。

 それは、今を生きる人たちが考えられないほど遠い未来。

 言葉にして誰かに言うなんてことは、アイリスにでさえできなかった。


「わたしができることは、お兄ちゃんを守ることだから」

「そう。それでいいのよ。貴女がヒナタの1番の理解者で在ってあげなさい。そうすれば、ヒナタは救われるはずだから」

「ありがと、アイリス。少し楽になった」

「よかったわ。じゃあ、安心して食べられるわね」


 アイリスはほっとしたように微笑むと、白い箱をぐいっとわたしに差し出した。

 箱の隙間から、おいしそうな香りが立っている。それを受け取ると、ほんのりとしたあたたかさが伝わってきた。


「我が家が誇るシェフが作ったお菓子よ。夜にでも、ヒナタと食べなさい」

「うわ、ありがとう! 今度、お礼するね!」


 わたしは、アイリスに大きく笑ってみせた。



 *



 昔むかし、大昔のこと。

 魔法界には月が3つ存在していたと言われている。

 それはただの伝承でしかなく、神話ともされている話。

 誰も、その話が本当だと言うことができない。

 あったかもしれないという事実を、ただ頷くだけ。


 でも、星は違う。

 繋ぐ星が異なるだけで、様々な星座が生まれる。

 だから、星にはたくさんの物語がある。




 書房の閉店時間。

 店締めをやって、戸締りをして。

 きちんと全てを終わらせて、2階にある自宅へ戻る。

 階段を登って、玄関の扉を開けた。


「お兄ちゃん?」


 かすかに、お兄ちゃんの気配を感じた。

 明かりも付いていない部屋。魔法でランタンに火を灯す。

 それから、部屋全体にも明かりを付けて、ベランダを見る。

 そこに、お兄ちゃんはいた。


「どうしたの? 連絡もなしに」


 ソレイユ書房に来るときは、きっちり連絡を入れてくれるお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんが、連絡もなしにやってきた。

 何かあったのだろうか。


「ちょっとね」


 お兄ちゃんは、ベランダに座り込んで、壁に背を預けていた。

 なんとなく、その隣に腰かける。

 肩が触れると、お兄ちゃんの優しいぬくもりを感じた。


「こっちの世界の星空を見たくなった」


 しばらくぼんやりと星を眺めていると、お兄ちゃんが言った。

 星に手をかざして、寂しそうに微笑む。


「ミネルヴァ座が見れるから」

「人間界にはないんだっけ」

「うん。ない」


 世界が違うと、見方も考え方も違う。

 だから、同じ星座なんてない。

 繋ぐ星々が違うから、そこに紡がれる星座も神話も違うのだ。

 

「人間界の星空も好きだ。でも、魔法界の星空は安心する。なんでだろう」

「お母さんが見守ってくれてるからじゃない?」


 お兄ちゃんが好きな、ミネルヴァ座。

 それは、わたしたちの母親の証。


「葵がいてくれてよかったって思うんだ」


 不意に、お兄ちゃんがそう言った。


「葵がいなかったら、僕は孤独だ。人間界は時間が短いから、僕は孤立する」

「魔法界は時間が長いからね。だから、人間は儚くて美しいよ」


 短い命だから、輝くものがある。

 終わらない命は憧れるけれども、その先に待つのは地獄のような苦しみ。

 お兄ちゃんは、それを人間界でより感じているんだと思う。

 紡がれた星は、お兄ちゃんに『人間界の血』を与えたから。


「ご飯、食べてく?」


 星を眺め続けるお兄ちゃんに、そう問いかけた。


「1人で食べるの、今は嫌でしょ? 用意するから、食べていきなよ」

「……僕が作るよ」


 お兄ちゃんが立ち上がった。

 わたしを見て、ふっと微笑む。


「お礼もかねて。母さんの味、食べないか?」

「いいね。じゃあ一緒に作ろうよ」


 差し出してくれた、お兄ちゃんの手。

 それを握って、立ち上がる。

 お兄ちゃんの手は、大きいのにどこか儚い。

 わたしは、『魔法界の血』を受け継いだ者。お兄ちゃんを守るためなら、どんな魔法を使おうが厭わない。それが、わたしの願いだ。



 双子だから、わたしとお兄ちゃんは繋がっている。

 この世界からお兄ちゃんの姿が見えなくなってしまっても、お兄ちゃんを探し出す。

 大好きなお兄ちゃんを守るために。


「そういえば。双子座の運勢、先週からずっと下の方だったらしいよ」

「え! だからアイリスがくれたお菓子が崩れてるの!?」

「ほんとだ。ブルーベリーが落ちてる」

「やだぁ!」


 星は、きっとわたしたちを見守ってくれている。


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