星座物語【向日葵書店】
片野さんのことがあってから、2日。
あれからも、片野さんはよく来てくれる。
あの後、僕は少しだけ体調を崩して書店を臨時休業にしていた。
「大変だったわね」
休みを取った2日目の今日、光本さんと風見さんが見舞いに来てくれた。
書店の2階が自宅になっているため、そこに上がってもらう。
昔から知り合いの2人には、葵と共にお世話になっていた。
「女神も、2つの世界の均衡を保つのは大変なんだろうな」
「こっちの神様は、なんで魔法界の存在を明らかにしないんだろうね。あ、日向くんたちを侮辱してる訳じゃないよ」
「分かってます」
2人は、僕たちの事情をよく知っている。
それでいて、なにかと気を配ってくれる。
両親になかなか会うことができない僕たちにとって、この2人が親代わりのような気持ちだった。
「僕がこうなると葵にも影響が行きますからね。なるべく倒れないようにしたいんですが」
「アオイちゃんは大丈夫なのか?」
「以前よりは安定しました。昔は抑え込めないときが多くて」
「なんだか不思議ね。『ジェミニ』なんだなって改めて感じちゃう」
僕たち双子の生まれは、稀有なもの。
あまり大っぴらに言うことができない、希少な存在。
それ故に代償として負った現象を、人からは『ジェミニ』と呼ばれてきた。
ジェミニは双子座のこと。
双子座の神話に基づいて付けられた、僕たちを示す地位的な名称。
僕たちのような存在は、他にはいない。
この先もこの後も、きっと現れない。
だから僕たちは、ずっと2人で生きてきた。
「星座物語かぁ。ハマると抜け出せなくなるのよね」
「人間界と魔法界の星座物語は違っているからな。どちらも非常におもしろい」
「そうだ。最近、こんな本を入れたんですよ」
綺麗な表紙に惹かれて、思わず発注した本。
届いたときに中を見てみたら、心を揺さぶられるほど感動して、自分で買ってしまったのだ。
「『煌めく星たちのパレード』か。綺麗なタイトルだな」
「すごく綺麗な本ね。これは買いたくなるわぁ」
簡単に言えば、星座の辞典。
各星座の写真と共に、その物語がそっと添えられている。
全体的に青を基調としていて、表紙は濃紺に金字でタイトル名が施されている。
そして、ところどころに描かれているイラストがまた、儚くて美しい。
本の全てから星を感じられて、星空がぎゅっと詰まった1冊だ。
「双子座は変わらないんだな」
本を見ていた風見さんが、ぽつりと言った。
開いていたのは、双子座のページ。
大神ゼウスの神話が書かれ、双子座の写真が載っていた。
「魔法界にしかない星座もあるのに、双子座だけは変わらないのよね」
光本さんも、そう言って微笑んだ。
「えぇ」
これは、僕たちが存在しているという証。
僕たちのことを想って、両親がくれた贈り物。
だから、僕と葵は生きている。
優しくて綺麗な、星という支えがあるから。
「宝物です」
そう言えば、2人はにっこりと笑ってくれた。
*
「本、届いたー?」
本屋を再開したその日。
1番に来店したのは、片野さんだった。
「届いたよ。ほら」
「わぁ!」
届いた本、『悪役令嬢になりたいのなら、まずは愛する者の側室を狙いなさい』を見て、片野さんは歓声を上げる。
そんな様子を見て、やっぱり胸が痛む。
あぁ、忘れているんだな。
記憶が消されて、新たな記憶が生まれている。
そう思う度、苦しくて仕方がない。
「日向さん、大丈夫? 元気ない?」
お会計を済ませた片野さんが、僕の顔を覗き込んできた。
ハッとして、首を振る。
だめだ、悩んでちゃ。僕は、僕の仕事をしないと。
「大丈夫だよ。ありがとう」
「それならよかった」
そう言って、片野さんは微笑んだ。
この仕事をしていれば、きっとこれからもこういう事態に巻き込まれるだろう。
実際に、今までもそうだった。
片野さんみたいに記憶を操作するだけではなく、魔法界の者から無理に引きはがしたお客様だって過去にいた。
これは、耐えなければいけないもの。
向日葵書店を営む僕に課された、仕事なのだから。
「私ね、今日の星座占い1位なの! だから、本がもしかしたら入っているかもって、連絡受けてないけど来ちゃったんだ!」
「あ、だから連絡前に来たんだね。片野さんは、何座なの?」
取り寄せのときに連絡先などを書いた紙を片野さんから受け取り、受け渡し完了の手続きをする。
その間に、片野さんは嬉しそうに事を語った。
「蟹座なんだ! 日向さんは?」
「僕は双子座だよ」
「へぇ! 双子座だなんて、こんな偶然あるんだね」
葵と双子で、星座も双子座。
そこに、片野さんは感心したのだろう。
別に、感動とかするものではない。
僕らは、そうなるようにして生まれたのだから。
「ちなみに、双子座は何位だった?」
「うーんとね、先週からずっと下の方だったよ」
……あぁ、だからか。
片野さんの一件は、運勢が悪かったからなのかもしれない。
「そんなに落ち込まないでよ。ラッキーアイテムはパズルだってよ」
パズルなんて、そんな日常的にやらないよ……。
ラッキーアイテムは、どこまで効果があるんだろう。パズル、買いに行った方がいいのかな。
「元気になるためにはね、自分が一番落ち着く場所に行くとかがいいらしいよ」
本を抱えた片野さんが、そう言った。
カバンに入れることはなく、向日葵書店の紙袋にいれた本をそのまま持っている。
彼女にとって、それが本屋帰りのお決まりなのだそう。
「じゃあまた!」
片野さんは、軽い足取りで帰っていった。
自分が1番落ち着く場所……か。
そう言われたら、1つしかない。
「行くか」
葵のもとへ。




