向日葵書店
人間界ではない世界で書かれた本を、お求めですか?
その際は、合言葉を店主までお申し付けください。
そうしましたら、お求めの本の棚までご案内いたします──。
「ファンタジオロジーの本はありますか?」
本日1人目のお客様は、品のあるご婦人だった。
僕は、座っていたカウンターの椅子から立ち上がって微笑む。
「いらっしゃいませ、光本さん」
「日向くん、また来ちゃった」
光本さんは、嬉しそうに笑いながら僕に近づいてくる。明るい色の洋服に、春物のベージュのコート。整った顔立ちのご婦人は、ひらひらと手を振った。そして、カウンター横のブックトラックに目を向けた。
「あら、新刊が出てるじゃない」
「はい。『こちら』で人気の作家さんの新刊なんです」
この作家は、今注目されている若手作家だ。とても人気で、新刊は飛ぶように売れる。そのため、今日みたいに三冊入っていることは珍しい。何日も前から出版社へ仕入れ手続きをして、なんとか入れられた特別な本だ。
「へぇ、おもしろそう。1冊買ってみようかしら」
「ぜひ。あぁ、ファンタジオロジーでしたね。こちらへどうぞ」
ファンタジオロジーとは、この書店でしか扱っていない本のジャンルである。
少し狭い、本の香り漂う店内。立ち並ぶ本棚の死角となるところに、ファンタジオロジーの本はある。
ただし、あることをしないと、この本は読めない。
なぜなら、普通に見ればここは『ファンタジー作品』の棚だから。
「光本さん。ここへお願いします」
「はいはい」
店内の本棚には、宝石のような石が必ず装飾されている。小さな石で、ジャンルごとに違う色のもの。些細な装飾ではあるが、僕はけっこう気に入っていた。
ファンタジオロジーの本棚も一緒。ただ違うのは、他の石たちと似た『魔法石』だということ。
「いつ見てもすごいわね」
光本さんが、魔法石に手を添える。すると、それは金色に光り輝く。
光が収まれば、顔を覗かせるのは古めかしい本たち。少しボロボロなのが、味を出している。
「では、ごゆっくり」
「どうも」
光本さんに頭を下げて、僕はカウンターに戻る。
ちらりと後ろを見れば、光本さんは既に本を1冊手に取っていた。
タイトルは、『古代魔術の変遷』。
ここは、とある街の小さな本屋『向日葵書店』。
こじんまりした本屋は、店主である僕・日向が営んでいる。
大型書店や老舗書店と同じように、文芸書やコミック、雑誌にムックまで取り揃えている。
ただひとつ、他の書店にはない特別な事情を除いて。
向日葵書店は、『魔法世界』の本 ──魔法書── を取り扱っている。
「これにするわ」
数分後。
カウンターにやってきた光本さんは、本を僕に見せてきた。
タイトルは『古代魔術における禁術について』。どうやら、古代魔術に手を出しているらしい。
「一応聞きますが、禁術をお使いになるということは……」
「ないわよ。安心して」
光本さんはからからと笑って、僕の肩を叩く。
その答えにほっとすると、さっきの新刊も加えた2冊をレジに通す。
新刊は、バーコードを2つ読み取る。
魔法書は、ISBMがないためタイトルをパソコンに打ち込む。
「2冊で、3090円のお買い上げです」
「じゃあ、3500円でお願い」
「はい」
トレーに乗せられた貨幣を数え、レジを打つ。
そして、おつりを光本さんに差し出した。
「いつもありがとうございます。新刊の方には、ブックカバーをおかけしますか?」
「お願いします」
ブックカバーは、この書店が創業し始めてから変わらないデザインのもの。
向日葵畑の中に、猫が佇んでいるデザイン。
僕は、昔からこのブックカバーが好きだった。
「そういえば、アオイちゃんは元気?」
「葵ですか。いつも通り元気ですよ」
「それはよかった。最近、『向こう』に帰ってないから、アオイちゃんの店に行けなくて」
「葵も寂しがってましたよ。今度、『こちら』に来るみたいです」
「あら、本当? アオイちゃんの好きな紅茶を用意しておかないと」
「喜びます」
そんな会話をしているうちに、ブックカバーを付け終わった。
残念だけど、魔法書にはブックカバーを付けられない。表紙も中身も、特殊な紙でできているから、安易に『こちら』のものを付属できないのだ。
「ありがとうね。また来るわ」
「ご来店ありがとうございました。またお待ちしています」
光本さんが店を出る。
外まで見送ると、光本さんは「またね」と手を振ってくれた。
手を振り返した瞬間、その場がぱっと明るくなって、目が開かないほどの光が現れる。
その光がなくなって、ゆっくりと目を開けると。
「さすが、光の魔女。帰るのも光の速さだ」
光本さんの姿は見えなくなっていた。
*
本屋の仕事は楽しい。
売れ筋を見て本を入れたり、何年も動いていない本は下げたりする。
そうやって本に触れている毎日が、とても楽しい。本だけ触れて、本だけのことを考える毎日を送りたい。それが叶うのなら、なんて素敵な人生なのだろう。
パソコンで、売れ筋データを確認する。
色々な出版社のサイトを眺めていると、パソコンが青い光で通知を知らせた。
僕は、その通知をカーソルで押す。
すると。
『お兄ちゃん!』
琥珀色の髪をした『彼女』が画面に映し出された。
髪色と瞳の色は違う。でも、顔立ちは瓜二つ。
「なんだ、葵」
僕の、双子の妹である。




