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国境界紀行  作者: 桜色々
3/6

3話 不相応

 街に安定しない電力を供給する鉄錆に塗れた風力発電所。それが数本、等間隔で並んでいる場所に輸送車は止まった。


 先ほど走っていた荒地より幾分か植物は増え、閑散とした雰囲気は幾分かマシに。平らな大地は見通しが良く、風の通りもいい。遠くに見える禿山の丘と、赤土の岩壁。モニュメントバレーらしい風景だと言える。

 ここからでも街と思しき人工物の集合群は見えるものの、最端の建物でもまだ数百メートルは先だ。


「少し遠くはないか?」


「こんなゴツい自動輸送車が近づいたら軽い騒ぎになりますよ。車を隠すとしたらここっす」


 一人は怪訝そうな顔で、もう一人はため息を吐いて降りる。二人の足が植物を踏み締め、それぞれの靴裏と肉球に感触を伝えた。

 

 アノニマスで人間を見掛ける機会はそうそう無い。外部からの渡航が断絶したのは久しく、そしてつい最近まで戦争をしていたのだから。

 ここがそんな土地だと本当に理解しているのか、無表情ながら興味深そうに周囲の光景を見渡している人間は、草地を跳ねる野ウサギを見つけて視線をやっている。

 

 絵面だけは子供とウサギで微笑ましいのだが。背中辺り、ズボンに差して携帯している拳銃が物騒な雰囲気を拭わせてくれない。

 

「そんで、街に入ってどうするんすか。食いもんでも買うんで?」


「詳細な地形データが欲しい。アノニマスの土地は広大だろう。無駄に走り回って時間を浪費はしたくない」


「地形データって……簡単に言ってくれますけど。それがどんな代物か分かってます?人工衛星はとっくの昔にみーんな停止してんのに」


 レイチェルの言いたいことは分かる。侵略戦争の繰り返しで国土を広げていったアノニマスの敷地は車で横断しようと思えば、その都度の補給を含めて数週間は掛かる。

 また未開拓土地の砂漠やら戦争の影響で荒野となった場所が点在して、国境にたどり着くにも相応の準備が必要だ。

 

 携帯端末で簡単に世界の地図を見られる時代はとうに過ぎ去った。

 軍事ドローン、国家スパイ、亡命対策。最もらしい理由をあげつらって、アノニマスのあらゆる情報は統制され、簡単には手に入らない。


「手に入る場所を探す。聞き込みはお前の仕事だ」


「いやまぁ。アテが無いことは無いっすけど……」


 そう、簡単には。

 手に入れられる方法はある。そんな抜け道を幸か不幸かツクエは知っていた。

 

 小声でぼそっと消え入りそうに呟くと、レイチェルは興味深そうに瞬く。


「ほう、なら話が早い。そこまで私を連れて行け。金に関しては私が上手くやる」

 

「まぁこっちもさっさと解放されたいんで……あ、待って下さいよ」


 目的も共有しあって早速、と出発したいところだが。先に行こうとするレイチェルを呼び止める。


「あの、街に入る前にこの問題から解決しません?」


「ふむ?」


「俺らがぜんっぜん主従関係に見えないこと」


 ツクエはところどころほつれた緑のジャケット、膝の部分が破けて体毛が飛び出ているジーンズを晒す。着いた汚れも年代モノで、客観的評価を下すなら百歩譲ったとして“汚い”が正しい。


 しかしこれが珍しい格好と言えるほど、アノニマスの実態は綺麗ではないのだ。戦争が終わって数年ばかりか経ち、日常と呼べる生活を送れるようにはなったものの。

 家を失い、肉親を失い、職を失う。それがありふれている現状、浮浪者と似た格好をしたとして誰が気にするだろうか。


 むしろ、丹念にアイロン掛けられた、シミ一つもない服を纏う裕福そうな者が現れたら、人間でないにしても衆目の的となるだろう。レイチェルの格好はまるで奴隷に見えない、それを指摘する。


「せめて、レイチェルさんの格好をもう少し俺ら寄りにしないと。奴隷云々の前に暴漢に襲われますよ。面倒ごと起きたら俺真っ先に逃げますからね!」


「……ほう」


 逃げると言う単語を口にした瞬間、ツクエは鋭く冷たい気配が自分を刺したような気がした。まるで首筋にナイフでも突きつけられたかのような。

 

 その殺気を発しているであろうレイチェルは、未だ自分へ小さな背中を晒したままだというのに。そこから身じろぎ一つでもすれば、喉元を掻っ捌かれ絶命する。そんな予感が警鐘と共に鳴り止まない感触。

 言葉が止まって、生唾を飲み込む。恐る恐る、相手の反応を待ってみるが。

 

「街に入るには私の身なりを改めるのが条件ということだな?」


「……まぁ、そういうことっす」


「着替えは幾らか持っているが似たようなのばかりでな。お前みたく泥でもつけて汚してみるか?」


 幸いにもレイチェルは納得してくれたようだ。体ごと狼に向き直り、氷のような表情であるが少し考え込む仕草を見せる。

 その時、はらりと黒髪が舞う姿は可憐で。やはり雰囲気とのギャップが激しかった。


 ツクエは自分がまるで地雷解体のネズミになったようだと内心で顔を歪める。やっと息が出来る心地で、小さく二酸化炭素を吐き出した。


「いっそのこと上は着ない方がいいまであるっすよ。ほら、羽織るとかして。そんで泥だらけの姿だったら俺が連れててもギリギリ違和感は……」


 ツクエの脳裏に昔見た、まだ戦争中だった頃。人間の兵士が首輪と手錠を掛けられたまま市中を歩き回され、クアンタムから物を投げられている様が浮かぶ。

 

 体中の生傷が絶えない、貧相な身なりだった。周囲の視線といえば憎しみと嘲りばかり。正直、愉快ではないだろうがあくまでフリとして。それを参考にすればレイチェルだって街中を歩いても違和感はないかもしれない。

 そう口を動かす中、相手から物凄い侮蔑の眼差しが注がれていることに気づく。

 

 先ほどの敵意マシマシのものとは違い、純粋に距離を置きたがってるような。心なしか自分の体を抱きしめて、身を引いていた。


「お前は私を脱衣させ、ましてやその格好を衆目に晒させながら連れ歩く趣味があるのだな。それでいて汚けがすつもりだと。……変態め」


「い、いや俺はアイデアを出しただけで他意はねぇよ!そんで、気にするとこそこ!?アンタ男か女どっちだよ!」


「どっちにしろ却下だ。その格好では目立ちすぎる上に色々と支障が出る。これは服を調達する必要があるようだな」


 さらりと性別の話は流され、静かにツクエの印象が失墜する。横で耳と尻尾を立てながらなんとか弁解出来ないかあれこれ語る奴は無視して、レイチェルは思考した。


 先ず買いに行かせるのは無理だ。ツクエは自分が側に居て武力という道具で脅しているからこそ動く。街に入れない今そうすれば、途中でバックれそのまま消息を断つだろう。

 故にこそ、自分の足で行ける距離で。目の届く範疇に服を手に入れられる場所はないかと。それで、思考の一端に窓から見えた景色が掠った。


「そうだ、ツクエ。お前、芸はできるか?簡単なやつだ」


「あと俺はガキに興奮するワケじゃ……って、なに?芸?」


「“取ってこい”。出来たらご褒美をやる」


 困惑している狼をよそに、後ろに差した拳銃を取り出す。人間の子供には少し握り辛いグリップだが、それでも手を伸ばし照準を合わせることに一つのブレもなかった。


 突然何を、狼がそう質問をする前に。乾いた音が響く。



 ――――――――――

 

 

 屋根の木が腐った小屋はいつだって物寂しい印象を与えてくる。ところどころ壁のペンキが剥がれていたり、ポストが錆びていたりすれば尚更だ。

 今こうしてツクエが立っている民家もその例に漏れず、ポツンと街外れに建ったままでは廃屋だかと区別はつかない。中の明かりが着いていなければ人が居るとは思わなかっただろう。


 アニマラス南部ではそう珍しくないことだ。都心部から離れた僻地だと国はわざわざ管理しようとしない。今では難民や戦火により住居を失った者たちの吹き溜まりとなっている。

 

 未来に行けば行くほど技術が発展していくのなら、過去に建てられていたものと比べて目の前の小屋はこれでマシなのだろうか。どうにも狼にはそうは思えなかった。

 

 ツクエは寂れた扉の前に立つと、“どうして自分がこんなことを?”と不満の一息ついてから戸を叩く。ドアベルは押してみても音が鳴らなかった。


 少し間が空き、足音を立てて住人がドアチェーンの掛かった隙間から顔を出す。少し腰の曲がった鼠の男性だ。燻んだ毛艶は体毛なのか年月を経たせいか。

 いきなり訪問してきた見知らぬ狼のクアンタムに、警戒心を隠そうともしない。無言のまま何の用だと視線で訴えてくる。


「いきなりすまねぇ旦那。ちょっと物入りでよ。物々交換したいんだが、時間あるか?」


「へぇ。何が出せるんだ」


 頭を掻きながら、ツクエはなるべく温和な表情を保とうとした。クアンタムは元となった種族によって体格も変わる。

 鼠のクアンタムは大きいものでもおおよそ150センチぐらいで、ツクエの頭2つ分ぐらい小さい。こちらが与える威圧感も中々だろう。


 さっさと本題に移りたいところだが。自分が出せるカードを改めて思い出して、押し売り業者かよって内心つっこみつつ。


 一度、咳払いし。後ろ手に隠していた商・品・を取り出す。


「えっと、肉だな。兎肉、姿ごと。毛皮付きだぜ?」


 これはさっきレイチェルが仕留めた野ウサギだ。あの時、風力発電発電所のところで観察していた個体。民家に交渉に行く前に、駄賃だといきなり撃ち抜いて持たせて来たやつ。


 耳を掴んでぷらーんと差し出してみる。ウサギの死んだ目と、鼠の男の目が合った。

 

「…………」


「あーあー!ちゃんと血抜きはした後だぜ!?毛皮にも血は殆どついてねぇ!仕立て屋に売りゃ金になる、だろ?」


 鼠の顔が一層険しくなったの見て、扉を閉められないよう慌てて巻くし立てた。


 レイチェルは今、家の壁際に身を潜めながらこちらの様子を観察しており、片手には当然拳銃が握られている。

 数メートル離れた位置に居たウサギを一発で仕留めたことから、ここからでもツクエの急所を狙えるだろう。


 街外れに住んでる住人から服を調達してこい。取ってこいを命じられた狼は、これが失敗したらどんな目に遭わせられたものか分からないので必死だ。


 その剣幕に押されたのか、閉めようとする手は一旦止まる。


「……何が欲しいんだ。取り敢えず言ってみろ」


「まぁ。その。服、だな。一着欲しい。良ければ長袖ので」


「儂らの丈じゃ狼のクアンタムには小さいと思うが」


「ああ、まぁ。でも無いよかマシでさ。頼むよ」


 鼠の男は最後までツクエのことを不躾な眼差しで見ていたものの、さっさとツクエを追い払いたかったのだろうか。

 仕方なくウサギを受け取り、”少し待て“という声掛けの後に部屋へ消えていく。


 受け取ってくれたことにほっと一息ついて。ツクエは壁際でこちらを見てるご主人様にサムズアップしてみる。返ってきたのは依然として向けられている銃口だけだった。

 

 数分待つとカチャカチャとドアチェーンを外す音が聞こえて、扉を開けて鼠が戻ってくる。

 両腕には上下合わせた服が何着か抱えられていた。


「え、いいのか。こう何着も」


「いい。どうせ着る奴はもういないからな。捨てるなりなんなり好きに使え」


「……有り難く貰っとく。あんがとな、旦那」


 どれも鼠の男が着るには少し小さく、荒っぽく畳まれたまま仕舞われていたのか。これを着ていたであろうクアンタムの匂いは薄くなっている。


 思うと、この家からは鼠の男以外の気配は感じない。一人で住むには些か広いだろうに。

 周りの家々は空き家か、取り壊されている中で。彼は未だ独りでここに住んでいるのだろうか。

 

「最近またキナ臭くなってきやがった。街の中歩く時は気をつけろよ」


「マジか。忠告感謝するぜ」


「夕飯に一品増えた分の釣りだ。さっさと行け」


 そうして、錆びた扉は閉められる。ギィギィ、向こうから聞こえる木の軋む音は段々と小さくなり、狼の耳でも捉えられなくなって。ツクエは玄関から離れた。


 厄介事が終わり、鼠の男が去り際に溢した嘆息はとても重く。疲れたもの。ツクエの来訪がそこまでの心労となったわけではなく、また別の。降り積もり続けているものがただ溢れただけだろう。

 

 どこに行っても情勢は変わらない。戦争は終わったって話だが人間との緊張状態は続いて、またいつ勃発するか。そんな空気がここ数年はずっと続いている。

 ふと思う。どこに逃げれば、この息苦しさから逃れられるのだろうかと。


「…………ハァ。ご主人サマー。ちゃんと取ってこい、してきましたよ」


 しかし、そんな壮大なことを考える暇はない。ずっと注がれている視線に向かい、ツクエは歩み寄る。


「よくやった。偉いぞツクエ」


「あざーっす。んで、ご褒美ってなんすか?」


「? 今褒めただろう」


「…………アンタほんと奴隷だったのかよ」


 特にご褒美には期待していなかったが、キョトンとした顔で言われると怒る気力すら湧かない。

 冷淡、無慈悲。彫刻のような仮面を持つ人間と輸送車の場所まで歩いていく。心労でどっと疲れている間、レイチェルは鼠の男から貰った数着の服から目立たず溶け込めそうなものがないか見繕っていた。


 そうして発電所地帯に着くとツクエは輸送車を背もたれにして、草地を眺める。輸送車を襲っていたのが遠い過去のように思えた。

 

 レイチェルに振り回されている間。少なくとも戦後の窒息感を覚える暇もない。それが良いことか悪い事かは分からないが、今のところ従うしかないのであれば悩む必要はないことか。

 彼だか彼女だかが満足するまで手伝い、頃合いを見て逃げよう。


 その為にはさっさと街に入って地図データを手に入れる必要があるのだが。レイチェルは着る服をもったまま、ツクエをじっと見つめていて。それに、“今度はどうしたんだよ”と耳をへたり込ませる。


「…………もう着替えるから、覗くなよ」


「人間の裸見たってなんもねーっすよ。しかもガキの」


「覗き見たら両眼を抉るぞ」


「だーかーらー!俺にそんな趣味はねェ!!誰がずっと脅してくる奴に興奮するかよ!からかってんのか!」


 最後までその目は疑いを持っていたもののツクエを監視する為か、輸送車の中ではなく外で。ツクエの視界に入らないところで着替え始める。


 恐らくそちらを見ようとした瞬間、狼の両眼はこの世からおさらばするだろう。あの言葉は絶対脅しではない、そんな凄みがあった。生娘というには余りにも荒々しすぎる反応だ。


「(…………顔色変わんねーだけで感情豊かじゃねぇ?)」


 レイチェルが語ったクアンタムの奴隷だったという素性。又聞き程度の知識しか持っていないが、どうにもおかしく思えた。


 奴隷という割にはクアンタムに対して憎しみはなく。かと言って恐れている訳でも無い。そして、あの歳にして狼のクアンタム用サイズの拳銃を難なく扱ってみせる。

 遺産相続で別の場所に輸送されている話だが、あまりにも謎が多い。たかだか奴隷一人だけに輸送車を使うのは、余程の散財家か。


 レイチェルがそれほど重要だったか、どちらかだ。


「(帰りてぇ)」


 もう輸送車とか端末の元を取るとかどうでも良いから、誰か助けてくれないか。あの時、地面に倒れた仲間二人に祈る。


 結局、祈りを聞いてくれる者は誰もいないのだが。狼は静かに泣いた。


「…………そんなに私の着替えが見たかったのか?」


「うおっ!? あ、ああ。着替え終わったんすね」


 ふと横からいきなり声を掛けられて、考えていた内容のせいでビクッとツクエの体が跳ねる。レイチェルは僅かに怪訝そうな顔をしていて、またあらぬ疑いを掛けているのかもしれない。


 レイチェルの格好はあの端正綺麗な服から、良い意味で使用感を感じさせるフード付きのほつれたコートと、ゆったりとした印象を受けさせるズボンへと。

 多少は雰囲気を変えさせることができただろうか。


「さ、これで不満は無いだろう。さっさと街に入るぞ」


「「本当に主人のフリをさせるつもりっすか……バレたらレイチェルさんごと俺も終わるってのに……」


「ああ、手段は選ばない。地形データさえ手に入ればお前は解放してやる。だからどうか、私の照準がお前に向かう真似だけはするなよ」


 そう言って硬い表情を少しだけ、細め。ツクエの眉間をじっと見つめる。

 それは絶対的支配者の素振り。数年修羅場を潜り抜けて来たものだけが出来る眼差し。


 自分の胸辺りまでしか身長のない小さな子供だというのに、逆らおうとする気は縮こまる。


「……分かったな? ご主人様」


 本質的なリードを握っているのはどちらか。今更言ったってどうにもならないのは分かっているが。

 でも改めて、こう言いたい。


「アンタ、本当に、奴隷だったのかよ!!!」

 

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