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国境界紀行  作者: 桜色々
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1話 違法乗車

 荒野を走るタイヤが砂塵を巻き起こす。全く殺風景な景色。濃色の固まった土に、まばらに咲く乾いた植物。

 道路とも呼べないただ踏み固められた道が、地平線の先までずうっと続いており。閑散とした寂しさを放っていた。

 

 そんな自然風景に相応しくないエンジンの稼働音と共に過ぎ去っていくものがある。背にコンテナを乗せ、猛暑の中を悠々と走っていく車両。頑丈そうな装甲に包まれており、どこか物々しい外見をしている。

 俗に言う、荷運びの輸送車だった。

 

 見たところ、運転席に乗っている者はいない。それでも車は、ちゃんと道路に沿いながら一人でに動き、最適な走行をしている。

 AIによる電子制御で操縦され、設定されたルートの通り自動的にハンドルは切られる。時代の流れと共に作られた、ハイテクな宅配車だ。


 ジリジリと太陽に焼かれながら、凸だらけの悪路をサスペンションを跳ねらせる。時折、土が跳んでガラスを汚しつつも意に介さず進んでいく。

 進行方向の野生動物達は、自然を突き進む鉄の塊に驚きは逃げて。飛んで。

 

 しかし、荒地に居るのは自然だけじゃない。それを待ち構える人影も、またあった。

 道路沿いの溝となり、身を隠せる岩陰。そこに肩を寄せ合いながら、虎視眈々とこの道を通ろうとするものへ視線を注ぐ存在が居る。


「おい、来たぞ。輸送車だ」


「な、なぁ。ガチでやれんのか? もし失敗したら……」


「バカ。一山当てなきゃ、俺たち一生野良犬のまんまだぞ」


 数にして三人。輸送車が来たことで微かにざわめき、全員が目を合わせた。何やらこそこそと話し合っているようだ。


 まともな食事を摂れていないのだろうか。一人は頬がこけ腕も細く、健康状態が良い様には見えない。他の者も少しマシぐらいな状態だった。


 もう一つ付け加えるとするなら、それは決して人と呼べないことだ。人間と呼ぶにはあまりにも物理的な違いが多過ぎる。

 頭のてっぺんから飛び出た三角耳に、股の間から垂れる尻尾。濃い灰色の体毛は全身を覆っており、荒野の砂で汚れている。


 人の形をした動物としか言いようがない外見。何よりも、狼に似たケダモノの顔。

 人が着ぐるみをしている訳ではない。人とはまた別の生き物がボロ服を纏い、二足で地面に立つ生き物。

 それは現代ではクアンタムと呼ばれる、人間とは別の種族。動物の特性を持った人間と言っていい知的生命体だ。


「これが成功すりゃ、メシの種に悩むことだって無くなるんだぜ。腹括れよビビり」


「う、うるせぇ!別に抜けるったぁ言ってねぇだろ!」


 小汚い服に身を包んでいる彼らは、彼方から横を通り過ぎようとする車に意識を向けて。飢えに侵されながらもギラギラとした欲望を滲ませていた。まるで獲物を見定めた野盗のよう。


 事実、そうなのだろう。全員がそれぞれ、武器を携帯しており。腰にさした拳銃のグリップを神経質に撫でていることからも、平穏ではないことをするつもりなのが窺える。


「お前ら、段取りは覚えてるな?」


「あ、ああ」


「……そろそろだ。起動しろ」


 トラックがもう少しで通り過ぎようとする地点で、リーダーらしき狼が腰へ差していた拳銃を抜くと同時に合図を出す。


 それを聞いて、口喧嘩に花を咲かせていた1人が慌てて懐から機械を取り出し、ボタンを押した。旧式の電子ジャック装置だ。

 黒く四角い箱のような、一見すると画面のないトランシーバーに見える端末からカチッと軽い音が鳴り、小さなランプが赤く点滅し始める。


 数秒、緊張と静寂が場を支配する。


 輸送車の動向を見守り、効果が出るのをじっと待っている間。誰かが生唾を飲み込んだのを皮切りに、端末が震え出す。

 ちゃんと起動したことに安心するのも束の間。


「うげっ!?」


 端末が大音量のエラーを吐き出し始めた。甲高いビープ音が段階的に変化し、バッテリーの部分から高熱を放つ。


 不意打ちに三人とも肩や尻尾を跳ねらせて、機械に視線を注ぐ。動物の聴覚域には辛いのだろう、彼らの耳は一様にぺたんと畳まれる。

 

 これほどの騒音は想定外。それを握っていた狼はガチャガチャと機械を弄りなんとか静かにさせようとしているものの。吐き出す音量に変わりはなく、上手くいかない様子。


「おいまさか、テメェ壊したんじゃねぇだろうな!?」


「いやっ、ボタン押しただけだって!」


 焦ったように仲間が叫ぶ。慌ただしく輸送車の方を見やり、異変を察知してないか確認しながら毛を逆立たせ。語気を強く詰め寄った。


 ギャイギャイとまた言い合いが起こり、二人は今にもお互いに噛みつきそうな剣幕で睨み合う。


「クソ。静かにしろ馬鹿共、あれを見ろ」


 しかし、リーダーは冷静だった。騒々しい仲間の様子に舌打ちをしながらそっと指し示した先は、獲物の方。


 そのまま通り過ぎる筈だった輸送車は、激しくライトを点滅させていた。異常を示したのは端末だけではない。徐々に速度が落ちていき、最後には慣性によって数センチ動き終わると。完全に沈黙してしまう。

 運転席付近からは黒煙が昇っていた。どうやら自動操縦のAIがショートを起こしたようで、再起動する気配を見せない。


「……マジで止まってる。ジャマーが効いたんだ!これ本物だよ!」


「へへ、へ。ジャンク屋からたっけぇ金払って買ったんだ。そうこなっくちゃな」


 さっきまでいがみ合っていた二人は現金に、端末の機能が発揮されたことに尻尾を揺らす。お互い顔を合わせて、今度は引き攣った笑みを見せ合った。

 

「ボサっとしてんな。うかうかしてたら復活するかもしれねぇ。さっさとかかれ!」


 気を取り直して、手筈通りに。リーダーが檄を飛ばし、狼達は溝から車道へと飛び出した。姿勢を低くし、まるで狼の狩りかのよう迅速に取り囲む。

 

 普通なら無人輸送車は危険を検知すると備え付けの警備用ロボット、通称トルーパーを起動して自衛を行う。たかだか数人程度ならばすぐに制圧できてしまう性能なのが殆どでそれが盗難への抑止力となっていた。

 

 しかし、今回は違う。端末のせいでセンサー機器自体がエラーを起こしているからか、野盗が周りを囲んできても何か起きる様子はない。

 警報も鳴らず、トルーパーも出てこない。少し待って、それが確実であると確かめれば。狼達はホッと息を吐いた。荷物を頂くなら絶好のチャンスだろう。


「気ぃ抜くな。下手にやったら反応するかもだ。銃から手を離すなよ」


「分かってるって、ボス」

 

 全員が普段より早く鳴る心臓を抱えていた。紹介で買った電子ジャック端末の性能をどれだけ信用していいか分からないからだ。今も耳障りな高音が鳴っていて、それが正常な動作かも知らない。

 

 何かの拍子で制御を取り戻すとも限らず。なんとかはやる気持ちを抑えつつ、でも堪えきれない笑みもある面持ちで。荷物を積んであるコンテナへと回る。


「何が積んであるんだろうな……」


「上等なモンには違いねぇ!全部売り捌きゃこのクソうるせぇのの元を取っても余るだろ? 最悪、車をバラしゃいい!」


 この日で今まで手にしたことのない大金を得られるとはしゃぐ調子乗りと、心配しながらそれに当てられ口角の上がる者。それを静観するリーダーを含め、皆が内心では胸を弾ませていた。


 辺境を走る輸送車は貴重品を運んでいることが多い。それが著名な芸術品か、もしくは表沙汰にできない代物かは分からないが。正規価格の半分で売ったとして、自分達が数ヶ月働いても届かない金額になることは確定している。

 

 都合よくコンテナの電子ロックもエラーのお陰で解除されており、宝箱を開く心地でそっと端末を持った狼が取手を掴む。

 後ろの二人は銃を構えていて、何が起きてもいいように待機しているようだ。少し息を呑んで、狼は力を込める。


「……とっ!」


 照明機能もダウンし、暗い無機質なコンテナの中。扉が開かれたことで外からの太陽が差し込み、光が伸びる。

 がらんとした、個室。汚れの一つもない白い壁に囲まれ、最低限生活が出来そうな設備が置かれたコンテナの中は、まるで部屋と言っても過言ではなく。

 食糧の入った箱も、戦争に使う銃火器もない。ただ、唯一その部屋に鎮座していたのは。

 

「……はっ?ニンゲン?」


 簡素なベッドへ無表情に座る一人の人間だった。


 野盗達の薄汚れた毛皮とは雲泥の差と言っていい、綺麗な肌。ようく手入れをされた黒髪のアンダーポニーテール。中性的な、まだ幼さを残す相貌と体格は不気味なほど無機質に固まっており。精巧に造られたマネキンと錯覚してしまいそうなほど、生気を感じられない。


 白シャツと黒ズボンに身を包んだ、男か女か一見して分からない相手。それは、先ほどまで自分の掌を不思議そうに見つめていた様で。

 突如として開かれた扉に手元から顔を上げ、ゆっくり視線を向けてくる。


「………………」


「あ? ん、んだこいつ。なんで人間が」


 野盗達が想像していた様な積荷は無かった。そもそも荷物を運ぶ輸送車ですらなかったのか、少なくない動揺が襲う。

 それは相手側も同じだろうに、人間は何も声を上げないまま見つめて来ており。扉を開けた狼はどうすればいいと、戸惑った視線を仲間へと向けてしまう。


「……ニンゲンの嬢ちゃん、か? この車は俺達が貰うことに決めてね。何者か知らねぇが、下手な動きすんじゃねぇぞ。折角の綺麗な顔に傷はつけたくねぇ」


 それを受け、リーダーが割って入る。銃口を相手へ向け、敵意の籠った眼差しで静かに脅した。

 無人だと思っていた輸送車に乗車している奴が居たことに驚きはしたものの、落ち着いて見てみれば相手は何の装備も持っていない。小綺麗な服に身を包んだだけの子供だ。


 警備機能は無力化してあるのであれば、なんの問題もない。そう判断して、主導権を握る為にトリガーに指を置く。


「手を上げて、こっち来い」


 それに対し、嬢ちゃんと呼ばれた人間は何も感慨のない表情のまま静かに。そっと両手を上げて見せる。無抵抗のジェスチャーを、言われたからといった風で。

 

 いきなり強盗に襲われたのであれば一片でも怯えが滲むか、反抗する言葉の一つでも出てくるものだろう。しかし、そんな素振りさえもなく淡々と従う。


「そ……そのまま降りろ」

 

 脅した側でさえ、その従順な仕草へ面食らってしまう程に。まるでロボットかのような従順さ。

 人間はカツカツと靴を鳴らし、悠々とした足取りで歩いて。


「一つ質問してもよろしいでしょうか」


 野盗達が集まるコンテナの入り口。銃口が真横に来た辺りで、口を開いた。まだ変声期前の若い声色にさえこの状況への恐れは滲んでいない。


 狼の顔を見上げた拍子、ポニーテールが揺れ。微かに首を傾げる。

 

「なんだ。言ってみろ」


「あなた様方はお迎えの方でしょうか」


「あ、迎え?」


「把握しました。そうでは無いのですね」


 思わず聞き返した狼が瞬きした瞬間。上げられていた人間の手が動く。それは、狼の握る物へ向かって風のように通り過ぎ。

 徐々に緩やかになる時間の中、人間の手には黒光りする拳銃が握られていた。まるで最初から持っていたかのように。


 否、奪ったのだ。野盗のリーダーは先ほどから人間に向けていた拳銃が消えていることを、数瞬掛けて理解し。目の前の銃口が、現実のものだと遅れて察する頃には。


 二回の破裂音が鳴る。太陽光すら覆い尽くす暴力的な閃光が広がり。胸と腹部に衝撃を感じながら後ろへと倒れる。


「な、なにしやガッ」


 横に居た調子乗りの狼が目を見開いて、一瞬に起きた出来事に吠え叫ぼうとした。

 しかし、続く言葉を吐く前に。首筋に人間の回し蹴りが叩き込まれる。


 的確に頸椎ごと脳が揺れ、視界と意識がブラックアウト。そのまま輸送車から落とされるように地面へ転がっていく。

 

「…………え?」


 時間にして数秒も満たない僅かな間で、仲間二人倒れた。残されたのは端末を握り、その様子を何もできないまま眺めていた者だけ。


「オオカミ」


「え、は、はっ。はっ……!」


 人間から端的な言葉が投げられる。これに至るまで表情の変化一つ見せず、代わりに銃口の先を見せた。


 ただの子供だと侮っていた相手が今や一人を撃ち、一人を気絶させたことを狼は時間を掛けて理解すると。膝から力が抜け、無様にも尻餅をつく。


「一緒に車に乗れ」

「あ、あ。なに、なん……」


 人間は変わらず淡々とした口調で。こちらを見上げる狼へ近寄る。

 そして、尻尾を股の間に挟みまともに言葉を吐けなくなった相手へ。こう呟いた。 


「私の亡命を手伝って貰うぞ」


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