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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第八話

 翌日、セーラは朝早くに目が覚めた。

 まだ二刻(六時頃)の鐘もなっていないようで薄暗く、隣を見ると二人とも眠っている。

 手水盥の用意や身の回りのことは、村の中にいればセーラは母親とともに立ち働くが、旅の間は二人任せだ。

 何もすることができないな、と不甲斐ない思いに駆られたが、目が完全に冷めてしまったセーラはいつものように髪を纏めた。昨日は体を拭くことなく眠ってしまったから、いつもと比べて油分の含んだ髪をギュッと縛った。

 昨日置いて行ってくれた盥がないかセーラは確認したが、どうやら二人が使って返してしまったようだ。 身体を拭きたいが、諦めるしかないだろうと水差しからカップに水を注いでいると、二刻の鐘が鳴った。起床の時間だ。

 鐘の音で目を覚ましたソジュが、もぞもぞとベッドで何回か寝返りを打った後、伸びと大きな欠伸をしながら起き上がった。

「起きてたのか」

 眠そうな声で言う。

「父さんおはよう」

 ん、とソジュは曖昧に頷きながら、隣のベッドで寝るレグルスの頭をはたいた。

「起きろ」

「……ん~……あ~……」

 訳の分からないことを口の中でもごもごと繰り返した後、レグルスも起きてきた。短髪のソジュとは違い、襟足を伸ばして一つに縛っているレグルスの髪はぼさぼさだ。

「……おはようございます」

 まだ眠そうだ。

 その後、身体を拭きたいことをセーラはソジュに伝え、盥を取りに行ってもらった。セーラが気を遣わないよう、レグルスとソジュは一緒に外に顔を洗いに行ってくれる。

 セーラはその間に、手早く身体を拭いた。手持無沙汰で髪を纏めたが、やはり油分を含んでいることが気になり髪にも水を通した。ちょっとすっきりして気分が楽になる。

 ——朝から二人ともごめんね。でも、女の子は、ちょっとでも見た目が汚いと落ち込むからね!

 手持ちの服はあまり持っておらず、ここまで我慢して同じ服を着てきたが、知識の館に行くために洗濯された服に着替えることにした。 帰りは我慢できるが今日はちゃんとした方が良いだろう、と思ったからだ。

 朝食も部屋で三人で取り、準備をする。レグルスも外で髪を洗ってきたようで、綺麗に整えられていた。何でも買取交渉も身ぎれいじゃないとうまく行かないことがあると聞き、セーラは納得する。

 ——私がこんなに我慢しているのも見た目の話だもの。人から見られた印象って、やっぱり重要なんだな。

 通常、三刻(九時頃)の鐘で知識の館は開館する。大半の店の開店や仕事の開始も三刻の鐘だが、市場はもっと早くから開いていると朝食の間にソジュとレグルスはセーラに説明した。

 三刻の鐘の開館時間に間に合うように、宿を出た。

 準備は万端だ。

 今日は雲が懸かっており、どんよりとしていた。その中を三人は早足に歩いていく。セーラはもちろん、ソジュの後ろ足を目に入れながらだ。街の様子なんてもちろん分からないが、人の多さは感じられる。馬車の行き交う音、店が準備している音、指示や確認する声、走る足音なんかも聞こえた。

 あまりそちらに気を取られすぎないようにしなければならない。

 ソジュの足は迷いなく、視界の悪い中でその速さについていくのが精一杯だった。

 大通りに出ると、朝の賑わいはどんどん増していく。市場に差し掛かった時、人の多さが格段に増えてソジュは少しペースを落とした。セーラは頭巾を握っている手を片方だけ離し、ソジュの服を後ろから掴む。

「大丈夫か?」

「ん」

 小さく聞いたソジュの声に、セーラも簡単に答えた。

 レグルスはついてきているのだろうか。一番後ろを歩いていたはずだが、後ろを振り返るのは少し怖い。振り返ったところで、地面より上に目が上げられないから一緒か、とセーラは思いながら頭の中にできていた地図と想像の街の中を歩く自分を想像した。

 想像している中の自分は、もちろん頭巾なんか被っていない。真っ直ぐ姿勢よく歩幅は大きめで、元気よく歩きながら街を散策しているのだ。

 ——ふふっ、想像ばっかりだけど、頭の中は自由よ。これは誰にも譲ってあげない。

 少し息が上がりながらも坂を上りつつ、セーラは楽しくなってきた。

 

 市場を通り抜けると、坂が傾斜がほんの少しきつくなった。

 馬車だとあまり分かりにくかったが、歩くとしんどいと感じるくらいの坂だ。しばらく歩いていると、坂が終わり広場に出た。

 水の音が聞こえる。噴水だろうか。セーラは顔を反射で上げそうになったが、堪えた。

「ソジュさん、セーラちゃん、俺はギルドに向かいますね」

 レグルスの声に、ちゃんとついてきていたのだと安堵する。

 どうやら中心街に着いたようだ。

「後で行くから頼む」

「行ってらっしゃい……あ!」

 昨日の五階建ての建物を思い出しながら、レグルスを送り出そうとして、セーラは思い出した。

「お菓子! あの、新しい……王都の……!」

「ああ」

 レグルスが柔らかい声で答えながら、頭巾の中を覗き込んだ。

「任せて。確認してくるから」

「ありがとう。行ってらっしゃい」

 セーラはレグルスに笑顔を見せて送り出した。

「セーラ」

 小さくソジュが声を掛けた。

「ここから先は、貴族街に近いこともあって、貴族の馬車が通る可能性もある。もちろんお貴族様は歩いたりなんかしないからぶつかる可能性はないが、一層気を付けないとな」

「分かった」

 少し身震いして、セーラは頷く。先ほど思わず上げてしまった声の大きさを謝罪するかのように、微かにしか発声しなかった。見たこともない貴族なんて、セーラにとっては雲の上の領主様と同じようなものだ。

 ソジュは、服を掴んでるセーラの手を握って、なるべく店の近くを通らないように真ん中を突っ切っていく。店の付近は人が多くてぶつかりやすいのだ。

 噴水を目の端に入れながら広場を突き抜け、更に西へと続く坂を二人は上っていった。

 どんどんときつくなる坂に、少し息を切らしながら黙って歩いていると、ソジュが止まった。

「ここが貴族街との境だ」

 セーラが地面から少しだけ目を上げると、石の壁が見えた。どうやらこの向こうは、貴族や領主様がいる区域になっている様だ。

 人と異なることが露呈してしまった時の恐れと、もうすぐ到着するであろう知識の館への期待と、初めてのことを経験する不安を抑え込むように、ソジュと繋ぐ手に力を込めた。

 ソジュもまた握り返し、突き当りを南へ向かった。

 人通りは、市場や中心街に比べると少ないようだ。馬車が時折通っており、貴族じゃないだろうかとその度にソジュに隠れるように足を進めた。

「さあ、着いたぞ」

 宿を出てから、小半刻に満たないくらいで到着した。

 まだ三刻の鐘は鳴っておらず、鐘を鳴らす教会はどの辺りだろう、とセーラは少し振り返る。

 知識の館は、まだ見ていない。

「入口はここだ。この扉の向こうは玄関ホールで、そこで受付をするようになっている」

 とソジュが説明し始めた。

 玄関ホールには受付があり、そこで申請を行う。そこまではソジュがセーラと一緒にいるが、玄関ホールの奥にある扉の先へはセーラ一人で行かなければならない。そこで一日を過ごし、知識を習得するのだ。

 帰りは玄関ホールまで迎えに来るから、ここで待つように、と念を押された。

「六刻(十八時頃)の鐘までだな」

 本当に一日中なんだ、と思いながらセーラは頷いた。

 ソジュは包みをセーラに渡しながら言う。

「受付の説明でも言われると思うが、館内に休憩ができるところがある。そこで昼食を取りなさい。四刻(十二時頃)の鐘で休憩所は混むだろうから、少し時間をずらすといい」

「分かった。ありがとう、父さん」

 まだ少し温かい包みを抱えると、頭巾の隙間から父親を見上げて感謝を告げる。もちろん周りに人がいないのを確認済みだ。

「他の人は来ないね」

「三刻の鐘が鳴って少しすると、人は増えるさ。一番乗りで行こう」

 そうソジュが言ったときに三刻の鐘が遠くから響いてきた。同時に、セーラは頭巾を下げる。

 そして、重たそうな木の扉を開けて知識の館へと二人は入って行った。

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