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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第七話

 遂に領都であるアランディアの街に到着し、門をくぐった。

 コランドルとは違って城壁の幅は厚く作られており、門番以外にもたくさんの衛兵がいる気配がセーラに伝わってきた。

 一層注意して大人しくしていたが、他の街と同様、同情を得られつつ円滑に事が運んだことにほっとした。

 門を抜けると、また石畳の振動が身体に伝わってくる。

 貴族が有する街は、やはり整備の度合いが高いのだろうか、とセーラは思いながら、整備された下町の街並みを見ることが叶わずにまた想像を巡らせた。


「思ったより早く着いたな」

「そうですね。先に商業ギルドで荷を下ろします? 買取の交渉とこっちの買い出しは明日に回して、荷だけ下ろしといたら楽ですね」

「その間セーラは大丈夫だろうか。先に宿の方がいいんじゃないか?」

「あ、僕やるんで、ソジュさんはセーラちゃん見ててもらったら」

「悪いな」

 御者台のそんなやり取りを耳にしながら、セーラは宿以外の街を目にできるかも知れないと、ちょっと嬉しくなった。

 ——隙間……隙間から一瞬だけでも、目に写せないかな。それが出来たら一瞬で記憶するのに!

 でも、注意だけは忘れちゃいけない、と毎度少し緩む度に気を引き締めなおす習慣がここ数日で身に着いたセーラは、頭巾のふちを握った。

 ふと、馬の動きがゆっくりになったような気がして、セーラは気付いた。

 街全体が、緩やかな坂になっているようだ。

 そういや、遠くから街を見た時、門の向こう側に街並みが見えていたことを思い出した。

 ——奥の国境が気になって気付かなかったけど、山に向かって創られた街なんだわ。

 領都の知識を一つ理解した気分になって、セーラは坂の感覚に身を任せるように目を閉じた。

 目を閉じると、耳が良く聞こえるような気がする。

 どんどんと賑わう声が多くなり、人が増えているのが分かった。

 そうこうしている内に、馬車が停車する。恐らく商業ギルドに着いたのだ。

 急に明るくなって、セーラは思わず目を開けた。

 街中は後ろ側の幌を下ろしていたので暗かったが、レグルスが幌を巻き上げる。

「荷を下ろしていくけど、セーラちゃんはそのままそこにいてね」

 にっこり笑いながらレグルスが軽々と荷台に乗ってくる。

 ソジュは、御者台で手綱を持ったまま、荷台の方を振り向く。

「セーラ、もうちょっとこっちに寄りなさい。レグルスの邪魔になる。あと、頭巾は外れないように気を付けなさい」

 最後は低く声を押さえたようにセーラを呼んだ。セーラは御者台にいるソジュの近くまで、クッションを持って移動した。

 目立ってはいけないから、声を出さないように口をきゅっと結ぶのも忘れない。

 レグルスはどんどん荷を下ろしていく。

 先にギルドから人を呼んでいたのだろうか。馬車の外で、荷を運んでいく足跡がする。

 すっかり荷を下ろすと、荷台はとても広く感じられた。

 幌が下ろされ少し暗くなる。暗くなると少し安心した気分になり、セーラは御者台の近くの幌の近くへそっと移動した。

「これで全部ですね。明日買取依頼にまた来ますので、それまで保管お願いできますか?」

 レグルスの声が聞こえた。

 紙を捲る音も同時に聞こえる。

「荷物はこの一覧通りですね。確かに預かりました」

「宜しくお願いします」

 声が聞こえる方の幌の隙間を、セーラは指をひっかけて少しだけ広げた。そこに頭巾を被ったまま顔を近づける。

 隙間からは、レグルスの後ろ姿と、帽子を深く被った男の人が見えた。その奥に、石造りの大きな建物が見える。

 ——これが、商業ギルド…!

 入り口は大きく、人の出入りが途切れない。

 セーラは驚いて、幌から顔を離した。

 ——人がいっぱいだ!

 しばらくじっとしたまま止まっていたが、好奇心が疼くのも確かだ。もう一度そろりそろりと幌の隙間を作って外を見た。

 人は多いのはもちろん、建物にも驚きだ。

 ——えっと、一……二……。

 数えながら上を見上げると、何と、五階建ての建物だった。

 村では、二階の、しかもほとんどが木造で、このような重厚な建物は見たことがない。

 高い塔と壁が立ち並ぶ国境を見た時にも圧倒されたが、セーラは口を開いて、建物を眺め続けた。

 ——反対側はどうなってるんだろう。

 セーラは隙間から手を離すと、反対側へ移動しようとした。

「こら」

 即座にソジュの声が飛ぶ。

「何してるんだ。もう行くから大人しくしなさい」

 首を竦めて、上がりかけていた頭巾をぎゅっと握った。

「……ごめんなさい」

 セーラは小さく言う。

「じゃあ、宿に向かいますか」

 よっと、と言いながらレグルスが御者台に上がり、ソジュの手綱を奪う。

「宿の近道聞いてきました。この春に区画整理が終わったようで、行き方変えた方がいいみたいですね」

「ああ、何か違う雰囲気がすると思ってたのは、それか」

「領主様や貴族様がちゃんと下町の事業をちゃんとしてくれると、やっぱりこんだけ活気が出ますよね~。まあ顔も存じ上げませんが」

 レグルスが茶化しながら褒めた。

 セーラは頭巾に注意して身を隠しながら、後ろから尋ねる。

「領主様はすごいんだね。良い人なの?」

 民のことを考えて事業を行うのは、良いことだとセーラは単純に思う。でもよく聞く物語の中では、往々にして権力者は悪し様に描かれていることを思い出したのだ。

「ははっ、良い人かどうかは分からないよ。なんせ見たこともないからね。ま、悪い人なんて言ったら殺されるくらいは覚悟しなきゃいけないくらい雲の上の人だから、セーラちゃんも気を付けなきゃ」

「あ、そうだね。お話の中の人みたいに想像しちゃってた」

 初めて気づいたように、セーラは頭巾の中で顔を赤くした。

 レグルスはそのまま質問に答えてくれる。

「この地にアランディア領ができるまでは、ここには統治する貴族もいなかったんだって。国は税だけは取るけれどほとんど放置されてたんだってさ。徴税官がやりたい放題だったとか……。まあ、俺も生まれる前の話だけどね。でも初代様がこの地を平定してからとても生活しやすくなったから、昔の人ほど領主様を尊敬してる人が多いんだよ」

「そうなんだ」

 セーラがレグルスの話を聞きながら頭の中で初代領主のことを勇者のように想像している内に、一行は宿へ着いた。

 改めて気を引き締めて、部屋までの道をソジュの後ろに隠れて歩いた。

 今回も三人一部屋だ。

「やっぱり、部屋に入るとほっとする~!」

 ベッドにそのまま倒れ込むと、ここ数日の旅路の疲れが一気に出たような気がした。

「気を張ってるしな。時間は早いが、このまま今日は疲れを癒そう。知識の館は明日にして正解だな」

「そうですね。明日は外を歩かなきゃならないですから」

 セーラはぎょっとしてベッドから身体を起こした。

 椅子に座っている二人を交互に見ながら、嬉しそうな、怖そうな、色々複雑な気持ちが混ざったおかしな顔になっている。

「ぷっ!」

 セーラの顔を見たレグルスが吹き出した。

「あはは! そうだよ。明日は歩いて大通りに出て、そのまま西へ向かう。途中の大通り沿いに立ち並ぶ市場を抜けて、坂を上るんだ」

 セーラの想像力を刺激するように一つずつ丁寧に説明していく。

 レグルスはどうやら、セーラが知らないことが多すぎて、想像を巡らせて考え込むことが多いことを見抜いているようだ。

 人差し指を立て、くるくると見えない地図の上を走らせるように身振り手振りを加えている。人差し指を目で追うセーラが玩具で手懐けられる猫のようで、レグルスとソジュは笑いを誘われた。

「それで、上り切ったところにある貴族街との境を南に折れると、知識の館がある。商業ギルドは、市場を抜けて坂を上ってる途中の中心街の一角にあるんだよ」

 南門から入って真っ直ぐ行くと、東西に伸びる大通りがある。南門から東門、北門へと半円上に下町が並び、大通りに近い中心部分は商業地区が、北側は主に工業地区になっている。

 宿は南門と東門の間、大通りから二本ほど中に入った通りにあると、レグルスは説明した。

 セーラは、レグルスの人差し指を見ながら頭の中で映像化した。

「歩くと、小半刻(四十五分)くらい……ですかね?」

 レグルスが言いながらソジュを見た。

「いや、普段は子どもたちが市場に立ち寄って時間がかかっているし、幼い子もいるから小半刻以上かかるが、市場に立ち寄らなければそれより早いくらいで着きそうじゃないか?」

 ソジュが考えながら言う。

「そういや、そうですね」

 やっぱりお土産は買えなさそうだ。旅の途中でも言われたし期待はしていなかったが、改めて言われるとやっぱり残念だ、とセーラは思った。それに、歩いている時は頭巾を押さえたままだと逆に目立ちそうで、頭からずれないかどうか、もう一度きっちり被ったまま歩く練習をした方がいいかもしれない、とも思う。

「着いたら、どうするの? 頭巾を被ったままでいいの?」

「ああ、それは外すな。他の人とも話さなくていい」

「どうやって知識を貰うの? 教えてくれる人がいないの?」

「ああ、大丈夫だ」

 大丈夫、とはどういう意味だろうか。セーラにはまったく意味が分からなかった。

「受付の時に必要な領民の証明は、父さんが代わりにするからな。その後は、必要な知識の本が分かるようになっているから、それを読むだけだ」

「分かるように……なっている?」

 レグルスが不憫そうにセーラを見て、説明を加えた。

「そう。知識の館の仕組みは他言ができないようになっているんだ。これも、アランディア文字が不思議であることと同じで、何故かはわからない。でも言えないんだ」

「そうなんだ。でも、父さんもレグルスも知ってるんでしょ?」

 ソジュが大きく頷く。

「説明が不足だったな。受付の時に、どうやって知識を得るのか説明がある。そして、他言できないように措置もされる。それは触れたりするようなものではないし、セーラが気を付けていれば大丈夫だ。父さんの後ろにいて、説明だけ聞いていればいい」

「分かった」

 想像ができないことにはやはり不安になるが、セーラはそれしか言えなかった。それ以外の質問も思いつかなかったのだ。

 そのため、自分がすること、できることを確認しておくことにした。

「私は頭巾を外さない。目も合わせない。病弱で、あまり話すこともできない。市場を通るけど、市場は見ない。お土産は買わない。知識の館までは歩いて小半刻かそれより早い。その間頭巾がずれないように気を付ける。知識の館に着いたら、父さんの後ろにいて説明を受ける。そしたら、知識を貰える方法が分かるから、その日は一日知識の館にいて知識を貰うことに集中する。その時も頭巾は外さずに、誰とも話さなくてもいい」

「ああ、知識の館では言葉を話すのは厳禁だ。声を掛けられるようなこともないだろう。重要な知識が詰まっている館だし、あくまで領主から与え()()()恩恵だからな。ルールを破ると、領内で生活していけないから皆守らざるを得ない。セーラはそこで、父さんが迎えに来るのを待つんだ」

「分かった。レグルスさんはどうするの?」

「俺は朝一緒に出て、先に商業ギルドに交渉に行くよ。館に行く途中にギルドがあるからね。買い出しもあるし、時間が限られてる」

「分かった」

 肝心要な不安部分は分からないままだが、とりあえずやるべきことをセーラは理解した。

「今回、ソジュさんが保護者として申請するから受付までは入れるけど、本来は知識を得るためにしか行けないんだ。知識を得るためなら大人でも行けるけど、それには申請が必要だし、もちろん実際に知識を得ないといけない。そんな時間はないからね」

 レグルスが付け加えた館の仕組みを聞きながら、利用するには結構ややこしいんだな、とセーラは思った。領民ともなればとてもじゃないが数えきれないくらいの人数だ。それを管理して許可を出すにはそれぐらいの規則は必要なのかもしれない。それでも、全領民が必ず行くというからには、絶対に必要な物なのだろう。

 ——それを、今まで私だけが行けなかったんだ……。あと、言葉を覚えていない赤ちゃんくらいか。

 拗ねたような、自嘲するような言葉が心に浮かんだが、感情はそうではなく、セーラは喜びに満ちていた。


 その後、晩飯の時間までいろいろと教えてもらった。

 子どもは言葉を覚えたら、知識の館へ行くこと。人によって必要な知識の量は違い、それぞれが通う期間もバラバラなこと。一旦必要な勉強を終えたら知識の館に来るのは終了で、その後欲しい知識が増えたり、職業を変えたりする時に改めて申請して来ることがあること、などだ。

 自分が行けない分、友達には聞けなかった情報だ。こんなことを勉強したとか、これは嫌だったとか、難しかったとか、そういったことしか聞いてなかったセーラは、全部が新しかった。友達もきっと、行けないセーラにあまり言うべきじゃないと思ったのもあるかもしれない。

 今日は三人で食事をし、食事の後、宿で過ごすことに慣れてきたセーラは、情報収集という仕事で行かなければ()()()()酒場へ大人二人を送り出した。ソジュにも息抜きが必要だと思ったのだ。

 施錠をきちんとすることと、不用意に扉は開けないことを約束したセーラは、部屋の中で頭巾を被って歩く練習をしてみた。

 足元だけを見て歩くと、やはり周囲にぶつかることを怖く感じる。

 ソジュの背中を見て歩くのが、一番だ。

 そう思いながらベッドへ身を投げると、疲れが溜まっていたのだろう、寝るには早い時間だったがそのまま眠りに落ちた。

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