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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第三十六話

「あらあら、ふふふ」

 軽やかな笑い声が部屋に響き渡った。

「もう、笑いすぎです! もうちょっとでソイエッテに嫌われるところだったんですから!」

「そんなことで嫌いにはならないですわ。私の予想を遥かに超えて、酔えるほどの想像力をお持ちだ、ということが分かったくらいのことです」

「む……」

 涙を浮かべながらも、上品に笑っているのはサヤアーヤだ。手元の刺繍枠を持ったままで、針は針山に置いたまま、サヤアーヤの刺繍は話の途中から進んでいない。

 先日のソイエッテとの話を反省も含めてつらつらと話した結果、起こったのは笑いだった。

 セーラは、話したはいいがサヤアーヤの笑いによってあまりすっきりした気がしない胸裡(きょうり)をいつも通り顔に出しながら、針の手を休めず集中している振りをする。

「セーラ様が言いたいことも分かりますわ。でも迂遠すぎて迷路に迷い込んだ挙句、結局ぶつかっちゃったと」

「そうなのです。言いたいことは結局全部口から出てしまったんですけど」

 セーラがそう言うと、ソイエッテは秋物の衣装を丁寧にベッドに並べながら、セーラに非はない、と説明した。

「私が失敗したことから、悲観的に考えすぎていたのですわ。第二公子様の庇護下にある特別な方だから私も庇護しなければならないと、無意識に思い込んでしまったのかもしれません」

「私が、もうちょっと令嬢のことや主人の在り方についても理解しておかなきゃいけなかったのよね。でも、知識はあっても経験が浅すぎてまだどう立ち回っていいか分からないのよ」

 ソイエッテの自省に、セーラもまた自省した。

 それを見て、サヤアーヤは幸せそうに笑った。

「良いんですよ、お二人とも。どちらもまだ見習いなのだと思っておけば。摩擦もあるでしょうし、すれ違いや思い違い、互いの思いやりの大きさの違いに気付いて、戸惑ったりすることもあるでしょう。それに傷ついたり鬱陶しいと感じたり、怒りを覚えることもね。でも、家族であってもそんなことは日常茶飯事のことですもの。そういった日常茶飯事の中から唯一ではない色々な正解や失敗を積み上げて、一人前になってくださいませ」

「はい!」

 セーラとソイエッテ、二人の声が重なった。

 サヤアーヤは多方面で先生だな、とセーラは相変わらず変わらぬ憧れを持って見つめた。

 その目を見つめ返したサヤアーヤは、肩を震わせている。グレンフィードに良く似た笑いの堪え方に、セーラは二人の血の繋がりを改めて感じた。

「ふふふ……」

「サヤアーヤ先生、どうなさったのですか?」

「セーラ様。でも、あれは駄目ですわ、あれは」

 それだけ言うと、堪え切れず漏れた笑いが大きく軽やかに変わり、サヤアーヤの目元はまた涙が浮かんでいる。

「何ですか?」

 セーラは分からず首を傾げた。

 ——全般的に失敗だったとは思うけど、そんなに笑うところあったかな?

「あれです。『どっしりと構えていて欲しい』なんて、花冠の儀を終えたばかりのたかだか十六年しか生きていない娘に求めることじゃありませんわ!」

 あははは! と刺繍枠で口元は隠してはいるが珍しく形のいい口を開けて笑うサヤアーヤの言うことに、セーラは恥ずかしくなった。

「あれは……。良い言葉が見つからなかったというか、何というか、姉のように感じていたからというか……」

 しどろもどろで言い訳をするセーラに、またサヤアーヤは笑った。ソイエッテもくすくす笑っている。

「ああ! 面白いわ! セーラ様、敬意は持っておりますので、不敬な物言いをお許しくださいませ。小娘が小娘にどっしり構えなさい、と命令する様を思い浮かべただけで、私、もう……おかしくって……」

 身を捩って笑い転げるサヤアーヤに、遂にソイエッテも声を上げて笑い出した。

「まあ、サヤアーヤ様、何て失礼ですの? 私、一足飛びに成長してみますわ!」

 一見咎めるような台詞セリフだが、笑いながら言うソイエッテなので、サヤアーヤは特に指摘しない。

 二人が笑い転げる中、セーラだけが顔を真っ赤にして揶揄われていることを良しとしていなかった。

「もう、許してくださいませ! もう二度と申しません!」

 羞恥にまみれて、いっそ土の中にでも埋めて欲しい、とセーラは思った。

「女性が三人集まれば何とやら……と申しますが、お嬢様方、よろしいでしょうか?」

 扉をノックすると同時に、興味が湧いたのか面白そうな声が飛び込んできた。

「あら、もうそんな時間?」

 慌ててサヤアーヤとセーラは片付けを始め、ソイエッテは扉を開けに向かった。

 マダム・ペレットの服飾職人、ペレット女史だ。

 いつも通り黒い髪をひっつめて、口元に可笑しみを携えながら現れる。腕には大きな布袋を抱えていた。

 ソイエッテが秋服をベッドに並べていたのは、ペレットが今度は冬服の提案に来る予定だったからだ。

 基本はセーラが素案を出し、ペレットが構想と設計を行い、サヤアーヤが口頭で少し装飾を加える、というのが邸に来た時から定番になりつつあった。

 慌ててペレットをソファへ案内しながら、セーラは羞恥の沼から気持ちを引きずり出した。

 咳払いをして挨拶をする。

「これは失礼いたしました。お待ちしておりましたわ」

「とんでもないことに存じます。セーラ様。今日はご提案したいものがございまして、侍女殿のお手を借りても宜しいでしょうか」

「ええ。構いませんわ。ソイエッテ」

 セーラが了承すると、ソイエッテが目を伏せて腰を下げる。

「何なりと」

「では、生地を広げたいので、衝立か何かはございますかしら」

「蛇腹折りの、目隠し用の衝立でしたらございますが」

 ソイエッテは部屋の隅に畳まれて立てかけられた木製の衝立を示した。

「結構ですわ。こちらまで運ぶのを手伝っていただけます?」

 長いドレスを捌き大きな歩幅で移動すると、それだけで貫禄を感じる。

 ——もしかすると、一人で運べるんじゃない?

 セーラより背の低いソイエッテが、ゆったりと歩くペレットを小走りで追い掛ける様を見ながらセーラは思った。

 ソファ近くに衝立を移動させ起立させると、ペレットはおもむろに布袋から生地を取り出した。衝立にふわりと被せる。

「わあ!」

 セーラだけではなく、サヤアーヤからも、衝立の隣にいたソイエッテからも感嘆の声が上がった。

 掛けられたのは動物の毛皮だ。ごく薄い銀色に艶めいて、柔らかく暖かそうな毛皮に、女性たちは「素敵」と目を輝かせた。

「こちら、北方より手に入った白銀狼の毛皮ですわ。白銀狼は滅多に群れで山裾まで下りてきませんので、とても貴重で手に入りにくい代物でございます。是非ともセーラ様の冬のマントにと思いまして」

「えっ? マントですか?」

 セーラはペレットと毛皮を交互に見ながら、息を吞んだ。

「そんな! 今あるマントもとても高級なものでしょうし、満足していますわ」

「セーラ様、今のものはレースでできておりますゆえ、冬には適していませんわ。サヤアーヤ様、いかがでしょう?」

 ペレットは決裁がサヤアーヤにあると踏んだのか、そちらに顔を向けた。

 いつも通り「大丈夫ですわ!」と了承するのだろうと思ったセーラは、見事な毛皮に見入るソイエッテに身振りでお茶を出すよう指示してサヤアーヤに視線を戻す。

 すると、頷いている筈のサヤアーヤは、少し困ったように頬に手を当てていた。

「そうねえ。素晴らしい品ですけれど、確かに領主一族くらいしか身に付けられないくらいの高級品ですものねえ」

 ——そんなに?! 確かに村でも毛皮を売ったりしてたけど……。確かに、銀白狼? あれ? 白銀だっけ? それは聞いたことがない獣だわ。それに、なめしていない毛皮をそのまま使うって初めてかも知れないわ。

 知識には出てきたものの、高級すぎるのか知識の館の書物には大した情報はなかった。確かに、見るからに高級に見える色艶だが、セーラの今のマントだって、高額なはずだ。

 最近、リューシュヴェルドの執務を手伝うようになって初めて、売買や相場などを理解するようになったところだ。村から出たことがないセーラは、商業に付いては知識も経験も周りと比較しても著しいほどに乏しかったのだ。自給自足の感覚だけが染みついていた。

 サヤアーヤは少し考えて、ふっと笑みを零した。

「セーラ様、第二公子様に()()()()なさいませ」

「ええっ?!」

 セーラは、驚いた。

「そんなこと、できるはずありませんわ!」

「大丈夫です。セーラ様が可愛らしくおねだりすれば、きっとお断りにはならないと思いますよ」

 笑みを湛えながら、悪戯っぽく目が三日月のように細められている。

「そんな無茶な!」

「午後は執務のお手伝いがありますのでしょう? その時に一度、試みてくださいな。私たちは先に案を進めてまいりましょう。成功だった場合はそのまま進めてもらえますし、失敗だった場合は改めて連絡いたしますわ」

「かしこまりました。セーラ様の可愛らしさに期待いたしましょう」

 ペレットが眼鏡の奥で面白そうに目を光らせると、素案を書くための用紙を取り出して膝の上に乗せた。

 セーラは青い顔をして、何か言いたげに口をぱくぱくとさせるものの、この決定を覆せる何かは持っていなかった。

 ——そんなの、絶対無理に決まってるわ!

 リューシュヴェルドに切れ長の目で冷たく見下ろされた時の、芯から冷える感覚を思い出し、セーラは一度身震いした。

 ——しなきゃ駄目……みたいね。

 助けを求めるように暫く待ってはみたものの、大人二人は新しいマントについて既に話し合いに入っているし、ソイエッテは少し離れたところに控えていて、会話に入って来ない。

 ——くそう! やってみるだけだからね! 父さん……。そう、父さんやレグルスにお願いする時みたいな……。ああ、だめだめ! リュース様には絶対出来ない。

 ソジュやレグルスに甘えた時の自分を思い出し、その相手をリューシュヴェルドに置き換えた瞬間、顔から火が出るほど熱くなった。

 ——どうしよう……。

 半ば諦めの境地に至っていたセーラは、ペレットに呼ばれて現実に引き戻された。

「セーラ様はどうでしょう?」

「あっ、ごめんなさい。もう一度いいかしら?」

「セーラ様のご希望はございますか?」

「そうねえ」

 セーラは一旦リューシュヴェルドのことは脇に置き、立ち上がった。

「触れてもいい?」

 念のためにペレットに確認する。

「ええ。大丈夫でございますよ。お確かめくださいませ」

 ゆっくりと毛皮に手を埋めると、その柔らかい肌触りにうっとりとした。これは、冬に身に付けるととても暖かいだろう。

 しかし、セーラに似合うとは思えなかった。セーラはまだ若く、艶のある毛皮を着こなせるとも思えない。

 振り返って、毛皮の裾を自分にあててペレットとサヤアーヤに見せてみる。

「とても素敵な毛皮なんだけど、私が着ると毛皮しか見えないと思うの。逆に悪目立ちするんじゃないかしら?」

 背が高く薄い身体のセーラが、厚みのある毛皮で頭から足元まで覆われる姿を想像したのか、ペレットとサヤアーヤは止まった。

「こういうのはどう?」

 セーラは、知識を手繰り寄せながらも想像を膨らませて行きながら、ペレットから用紙とペンを預かって書き付ける。

 簡単に書かれたものだったが、それを見たペレットとサヤアーヤは「まあ」と二人同時に発声した。

「足元までなくてもいいと思うんです。腰回りが隠れるくらいの長さで、例えば、首元から下まではボタンで留めれるようにして、裾周りに毛皮をあしらうんです。私はかわいいかな、と思うんですが……。あっ、あと、フード部分の内側に毛皮があれば、かさを減らせるんじゃないかしら?」

「たしかに、素敵ですわ。それに、内側に毛皮を使用するなんて、今まで聞いたことがないですわ。ある意味、贅沢な使い方ですわね」

 ペレットが真顔で小さく呟いた。

 セーラが知識と想像からこのような案を出したのには理由がある。

「あの、手触りがとても良かったので、顔周りにあれば暖かくなるし良いと思ったんです。それに、私の場合マントは室内でも使用することが多いですし、外套のように見えない方が良いかと。……あと、こうすれば使用する分量が減らせるでしょう? 他の方の外套やマントを作るにも流用できると思いますし、その、金額面でも折り合いがつくんじゃないかしら?」

 サヤアーヤが微笑んだ。

「セーラ様、確かにそうですわね。ペレット、あくまでこれは素案だからとてもシンプルなものになってますし、毛皮以外の部分に使う生地や装飾含めて、設計していただける?」

「もちろんですわ。より素晴らしいものをお約束いたします。セーラ様の場合、マントは多用されるでしょうから、冬服はマントに合わせてお作りした方がよろしゅうございますわね」

 そう言って、満足そうに用紙を纏めると、毛皮を丁寧に包み直して帰って行った。

 いつもペレットはすぐに帰っていく。

 きっと、頭の中で色々な発想が湧いているのだろう。

 セーラは送り出して、我ながら「あの急場でよく捻り出したもんだ」と思った。リューシュヴェルドを回避できるなら、と思ったからこその妙案である。

「セーラ様、素晴らしい発想でございましたわね」

 未だ冷めきっていないお茶を一口含むと、サヤアーヤはセーラのことを褒めた。

「私も欲しいところですわ。もちろん、お披露目後でないとセーラ様の衣装や飾りなどを手にすることはできませんが、お披露目終了したら倣わせてくださいませ」

 セーラはにっこりした。

「もちろんですわ。サヤアーヤ様にそう言っていただけるなんて嬉しいです。それに、金額面も削減できそうで何よりですわ」

 セーラはそれ一点のみだ。セーラがそう言うことを見越していたのだろうか。サヤアーヤは目を伏せてしれっと言い切った。

「セーラ様、リューシュヴェルド様へのおねだりの話はなくなっていませんからね」

 ——ええ~! そんなのって、ないわ!

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