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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第三十三話

 残暑の暑さは残りつつも乾いた空気で秋の空の高さを感じさせる今日、待ち侘びた面会の日がやってきた。

 セーラの目の前には、サヤアーヤとソイエッテが揃って微笑んでいる。

「今日は平民の商人とお会いするのですから、マントで御顔と御髪を隠されるとは言え、日々の訓練を忘れずに、くれぐれも平民出身であることは表沙汰になさらないようにご注意くださいませ」

「ええ。分かっておりますわ」

 セーラはきっちりと頷いた。

「あれ? おかしいな? と疑念を持たれても駄目ですからね」

 念を押すように厳しく言うサヤアーヤに、セーラはにっこりと笑った。サヤアーヤが厳しいのは心配だからだということは分かっている。

「ええ。サヤアーヤ先生の教えを忠実に守って対応いたしますわ。それに、リュース様もご一緒ですし」

「セーラ様!」

 ソイエッテが口を挟む。

「くれぐれも、リュース様、などとお呼びなさらないように!」

 セーラは思わず笑ってしまった。姉が二人いるようだ。セーラよりも背丈が低い、しっかりとした姉だ。これほど心強いことはない。

「ええ、ソイエッテ。お名前は私、やはり間違えてしまう可能性が高いので、第二公子様とお呼びいたしますわ」

 何だか自分を偽っているような気にもなるが、どこかの姫である演技をしているようで気分は悪くはない。

「私の話し方や所作など、空々しくは映らないかしら? どうかしら?」

「ええ。及第点を差し上げますわ」

 サヤアーヤの言葉に、セーラはほっとした面持ちでソファへと移動した。サヤアーヤも一緒に移動する。ソイエッテは黙って下がった。お茶の準備に向かったようだ。

 二人は、セーラの両親が来るとは教えられていない。セーラが平民出身であることは知っているが、それが南の村であることは秘密なのだ。隠し事をしているようで気術無(きずつな)いような気もするが、これは双方に危険が及ばないようにとリューシュヴェルドが図ったことだ。

 あくまで、ギルドを挟まない平民との商談を、この別邸で行うために訪れるという設定である。もちろん、それも嘘ではないのでセーラは、上手いなあ、という感想をリューシュヴェルドに対して持っていた。

 今日は二刻半にはサヤアーヤがやって来て、ソイエッテと共に衣装選びから着付け、髪を結ったり軽く化粧をしたり、最終の所作チェックに至るまで手伝ってくれたのだ。

 自分が美しくなったと錯覚するくらい、セーラは気分が良かった。

 今日の衣装は、いつもの胸下で切り返しのあるものだが、裾にはレースの段が付いている。まだ暑さの残る今日は軽くて心地がいい。袖はマントに隠れるためという名目があるので、腕に沿って膨らんでいない半袖になっている。その代わり、胸元は空いており、胸部分を覆う素材は柔らかくふんわりとした生地で、凹凸の少ないセーラの体型を補っている。

 クリーム色のドレスに優しい黄色のレースが綺麗に映えていて、セーラのお気に入りの一つだった。

 黒いレースのマントを羽織ることを考えると、明るい衣装で良かったとセーラは思った。二人のセンスに脱帽だ。

 セーラは、朝から忙しなく準備していた身体を、ドレスに皺が寄らないように丁寧にソファに沈めた。楽しみではあるものの気も張っていたようで、人心地が付いてほうっと一つため息を吐く。

「まだ到着まで時間がありますわ。サヤアーヤ先生も休憩くださいませ」

 セーラが勧めると、サヤアーヤは「遠慮なく」と向かい合ったソファに腰を下ろした。

 ソジュとケレーラがやって来るのは三刻を三半刻(三十分)ほど過ぎる頃だろう。まだ時間がある。

 暫く衣装や髪型の話に花を咲かせていると、ソイエッテが戻ってきた。

「それにしても、ボルタークは何をしているのかしら。セーラ様の護衛をしないといけないはずですのに、扉外にいませんわ」

 朝一、サヤアーヤが来訪する時に供をし、扉外にいたはずのボルタークがいないことに、ソイエッテは眉を寄せながら報告をした。

 話をしながらも流れるような所作でお茶を淹れていく。

「あっ」

 ボルタークは、南門までソジュとケレーラを迎えに行っている筈だ。

 ——あれ? これって言ってよかったのかな?

 セーラは、一瞬分からなくなってしまった。隠し事の弊害だ。

「ボルタークは、慣れていない平民が貴族街でうろつくことがないように迎えに行かないと、とぼやいていましたよ」

 サヤアーヤが代わりに答えてくれる。

「ああ、確かに、商業ギルドの人間ではないんでしたね。別邸には人が少ないですし、ボルタークも衛兵のようなことをしないといけませんね」

 くすくすとソイエッテが笑いながら、お茶をテーブルの上に並べた。

 セーラは、安堵しながらお茶を一口いただく。

 ——危ないなあ。やっぱり、一つ嘘を吐くと、辻褄を合わせることに必死になってしまうわ。私は向いてないわね。そうは言っていられないのだけど……。

 こういう時は、正直でありたいという願いよりも上手く立ち回れないことの不満が先に立つ。

 人の心は揺れ動くものなのだ。セーラは自分に甘い結論を付け、澄ました顔でお茶の暖かさと香りを楽しんだ。

「美味しいわ。いい香り」

「ありがとうございます」

 褒められたソイエッテは少し頬を上気させながら、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 その様子を見ていたサヤアーヤは、ふと気づいたように顎に手をやり、ソイエッテを見つめた。

「そう言えば、ソイエッテはこの先のこと、どうお考えかしら?」

「えっ?」

 セーラの好物である干し果実が入った器を置いたソイエッテは、唐突なサヤアーヤの質問に目を見開いた。

 セーラもきょとんとする。

「この先とは?」

「いえね、セーラ様がこのまま次の夏までここで訓練なさるでしょう? 私はその間というお約束で来ています。ここでできることはすべてお教えしますし訓練のお手伝いもさせていただきますけれど、できないこともありますわ。例えば、乗馬だとか社交などは別邸に籠っていてはできませんもの。お披露目後がどうなるかは存じませんが、その後も引き続き任をいただけるのでしたら引き受けさせていただこうと思っていますの」

 にっこりとセーラを見て微笑んだサヤアーヤを見て、セーラは先のことまで考えているサヤアーヤのことを改めて尊敬した。セーラは目の前のことに必死だったからだ。

 花冠の儀、お披露目、その後はリューシュヴェルドの頭脳として役に立つ、という漠然とした未来であって、具体的にはまったく考えていなかった。もちろん、自分一人で決められる話ではないというのも理由の一つにはなるだろうが。

 南の曖昧な地図や自由などは望みであって、未来のどこかの話だ。計画なぞ何もない。

 ——一度リュース様に聞いてみてもいいかも。やっぱり私じゃ決められないもの。リュース様はどう考えてるのかしら。

 しかし、目の前のことの変化も多すぎる。決められるかどうかというのも分からないかも知れない。

 セーラがそんなことを考えている間に、サヤアーヤは返事を待たず話を続けた。

「もちろん、お披露目の後、私がお役御免になったとしても、私は今までの生活に戻るだけですわ。でもソイエッテはそうは行かないでしょう? 若いですし、出戻りの私と違ってこれから縁談もあるでしょう? セーラ様の専属侍女として今後もお仕えするつもりならば、結婚相手はより一層厳しい基準で見られるでしょうね」

「けっ……結婚? ですか?」

 セーラはぽかんと口を開けた。

 そうだ。確かにソイエッテは花冠の儀を終えており、結婚ができる年齢である。

 セーラはまったくそんなことは考えていなかった。

 ソイエッテは、サヤアーヤの発言に驚いていたものの、理解したようで今は悟ったような笑みを浮かべている。

「厳しい基準ってどういうことでしょうか? 私の専属は、何か結婚相手に不都合が?」

「いいえ。結婚相手に、ではなく、結婚相手が不都合になる可能性が高いということですわ。セーラ様の加護の力を求めるのにソイエッテが図らずも利用されてしまうなんて可能性もないと言えないんじゃないかしら?」

 そんなことも考えないといけないのか、とセーラは考えるべきことが今から山のようにあることに少し泣きそうになった。

 ——あれも、これも、多すぎだわ。

「セーラ様。老婆心ながら失礼いたします。主人としてソイエッテを大事に思うなら、彼女の幸せもセーラ様の行く先が変わるたびにお考え下さいませ」

「ええ。もちろんですわ。そんなこと、思ってもみなかったですもの」

 セーラは心からそう思った。

 ソイエッテは、軽くサヤアーヤを睨んだ。

「サヤアーヤ様。セーラ様に対して、一度に全部を求めすぎですわ」

「あら、これはごめんなさい。セーラ様がどんどん吸収するものですから、匙加減を間違えてしまったかもしれませんわ」

 軽く扇で口元を隠しながらサヤアーヤは笑って続けた。

「ただ、可能性でも具体的に知っていれば、その時に対応がしやすいでしょう? 今から練り込んでおく必要は、もちろんございませんからね。あくまで心構えの話ですわ」

 いたずらっぽく覗き込むサヤアーヤの様子に、セーラは幾分落ち着きを取り戻しながら頷いた。

「それで、ソイエッテはどうしたいとかあるの?」

 セーラは気になって聞いた。

 ソイエッテは少し寂しそうに微笑むと言った。

「私は、結婚のことなどは今は考えておりません。上に二人姉がいますし、長姉の婚約者は婿に入ることが決定している様子ですので、家は安泰です。私としては、セーラ様の専属として今後も務めさせていただければ……。もちろん、将来そのような方が現れた場合でも、セーラ様の害になるような殿方は私もごめんですわ。騙されるなんて馬鹿な真似はいたしません。表から裏から調査させていただきますから」

「まあ、ソイエッテったら……」

 三人の軽やかな笑い声が部屋に響いた。

 セーラも、ソイエッテが侍女でいて欲しい。その笑い声には、嬉しさも確かに込められていた。

 扉を軽く叩く音と共に、グレンフィードが顔を覗かせた。

「楽しそうだな。廊下まで響いているぞ」

「まあ、グレン!」

 声を掛けたのはサヤアーヤだ。

「そろそろセーラを借りてもいいかい?」

「ええ。セーラ様、マントを……」

 サヤアーヤがそう言うと、ソイエッテがマントを肩から掛けた。セーラは、頭をフードで覆うと、グレンフィードの前まで移動した。

「もう到着したのですか?」

「ああ。ボルタークが付き添っている。行こうか」

「はい」

 セーラは、自分の両親と会うにも関わらず、なぜか緊張してきていた。

 ——父さん、母さん。私って分かるかな?

 それは、自分がどう見えるか、それによってソジュやケレーラにどう思われるのか、という不安から来る緊張のようだ。

 父さんとは言ってはならない。むしろ、リューシュヴェルドから水を向けられるまで口は閉じていなくてはならない。それをどう思うかも不安な上、何か話しかけられるのではないか、というのも不安だった。

 その様子を察したのか、応接室へ向かいながらグレンフィードが囁いた。

「大丈夫だ。ボルタークからある程度説明している。それに、第二公子様の前だからな。平民としての弁えは持っているだろう。それにしても、今日はいつもよりも令嬢だな」

 にっとグレンフィードが笑う。緊張をほぐしてくれているに違いない。

「ええ。今日はサヤアーヤ先生に少しだけお化粧もしていただいたのです」

「そうか。リューシュヴェルド様も驚くかもな」

「まさか!」

 冗談を言っている間に、玄関からすぐの応接室の前に到着した。リューシュヴェルドは手前の部屋にいるようだ。セーラもその部屋へ入った。

 小さな小部屋で、使用人がお茶などを準備する部屋だ。

「ん」

 リューシュヴェルドはセーラを一瞥すると、隣のヒースリーへ目をやった。

 ——グレンフィード様! やっぱり何も驚かないですよ! しかも「ん」だけなんて。

 少し鼻に皺を寄せてグレンフィードを見上げると、グレンフィードは肩を竦めた。

「ヒースリー、給仕後には退室するように。この部屋からも控えるように」

「執事長より伺っております。使用人室に控えておりますので、何かございましたらお知らせくださいませ」

「セーラ、君は……」

「大丈夫です。マントを被ったまま、黙っています」

 リューシュヴェルドはため息を吐いた。

「君の理解が早いことは認めるが、遮るのは宜しくないな」

 ——あっ、またやっちゃった!

 少しだけ舌を出した後、丁寧に謝罪する。

「大変申し訳ございませんでした。気安さが出てしまいました。決して軽んじているわけではございません。お許しください」

「……分かった。では参ろう」

 応接室に続く扉をヒースリーが開けて、グレンフィードがまず入って行く。

 その後にリューシュヴェルドが続き、セーラはその次だ。

 背の高い二人で前がなかなか見えない。

 また、しばらくは隠していなくてはならない。目線を斜め下の床へ移し、セーラは心の中で呼びかけた。

 ——父さん、母さん! セーラだよ! 分かる?!

 祈りにも近いことを思いながら、セーラはリューシュヴェルドのマントの裾を追った。

 応接室の真ん中には四角い木製テーブルが置かれ、椅子が何脚か置かれている様子がセーラの目に入った。

 後ろの方では、出てきた扉の方から食器の音が聞こえる。ヒースリーがお茶を淹れてくれているのだろう。

 人の気配はするものの、リューシュヴェルドの後ろに控えているセーラには何も見えなかった。

 セーラは少しだけ身体をずらし、出入り口の方を伺うと頭が二つ見えた。

 ソジュとケレーラが、入口に入ってすぐ跪いていたのだ。

 ——父さん、母さん。

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