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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第二十九話

 セーラは、訓練した足捌きに気を配りながらも、いつもより早足で執務室へ向かった。

 ——やっとだ……!

 久しぶりのリューシュヴェルドだ。

 数日空いただけのはずなのに、何故だかずっと会えてなかったようにも思える。暫くの間、毎日近くで仕事をしていたからかもしれない。

 ——あと、知識の館様との一件がとても大きな出来事だったからだわ。

 セーラはそう思いながら、リューシュヴェルドに挨拶をした。

「ご無沙汰しております」

 セーラがフードを頭から外し、スカートを持って丁寧に挨拶をすると、リューシュヴェルドは怪訝な顔をした。

「なぜそんな顔をしている?」

「えっ?!」

 セーラは驚いて自分の頬に手を触れた。

「そんな顔とは?」

「機嫌が悪そうだ」

「そっ、そうですか? そんなことはないです」

 心の奥でリューシュヴェルドの帰りが遅いと思っていたから、それが顔に出たのかも知れない。

 ——危ない、危ない。

 慌てて取り繕ったが、既に遅かったようだ。

「そんなことはある。何だ?」

「いいえ。申し訳ございません。リュース様が気に留められるようなことでは……」

「何だ?」

「うっ……」

 ——遮られた!

 眼帯の奥から見透かされているようで一気に居心地が悪くなる。

 セーラは口の中でもごもごしながら、自分でも分からない感情をつらつらと説明した。並行して顔が熱くなるのが自分でも分かる。

「あの……。すぐに報告したいと思ってお知らせしたのに……。私の風邪とか、リュース様のお仕事とか……、そんなことがあってちょっと遅くなったのに、まだ待てって言うからちょっと、あの、ほんの少しだけ、あの……文句が顔に出たというか……何というか……」

 耳まで赤くなりながら、リューシュヴェルドに思っていた「遅い」というじりじりとした気持ちも忘れ、最後はしどろもどろになった。

 ——これ以上言えることなんてないし! 私子どもみたい……。

 すると、リューシュヴェルドは合点が言ったかのような顔をして、興味が失せたように呆れた声を出した。

「ああ。何だ。ただの不満か」

 セーラは開いた口が塞がらなかった。

 ——この人……! 本当に人の気持ちが分からないのかしら! あっさりばっさり!

 顔の赤さは、そのまま少し怒りに近い感情に戻ったが、それも不満と捉えられたのか今度はリューシュヴェルドは何も言わなかった。

「それでは、君が報告したいと言ったことを聞こう。何しろ、事前に何も聞いていないからな。加護のことか?」

 セーラは、その言葉に気持ちを切り替えた。こんな感情に振り回されている時ではない。

「その前に、本日はグレンフィード様はいらっしゃらないのですか?」

 今日はリューシュヴェルドとセーラ、リューシュヴェルドの別邸における侍従であり執事長のゼレット、セーラの専属護衛としてボルターク、この四人のみだ。

「ああ、別の仕事がある。戻るまでまだ時間があるが、待った方がいいか?」

 セーラが加護持ちであることは見た目でも分かるため、ソイエッテやサヤアーヤ、ネイティオ、ヒースリーや館の下働きなど、知る者は他にもいる。

 しかし、加護の内容までとなると、城にいるセーラが会ったこともない御仁以外は、グレンフィードを含んでここにいる者だけなのだ。

 セーラは、リューシュヴェルドにしか言えないことだが、それが言えないことをまず説明した方がいいのでは、と思ったのだ。

 木の枝のことは、リューシュヴェルドにしか言えない。もちろん、リューシュヴェルドと言われたわけではなく、()()()()、という話だったが、セーラはもうそれがリューシュヴェルドだと決めていた。

 だが、()()()()()()()()()()()()は話してはならないとは言われていないのだ。

 セーラは慎重に考えて、首を横に振った。

「いいえ。この話は、できればお人払いを」

 セーラは背筋を伸ばし、執務机に肘をついてこちらを見るリューシュヴェルドを真っ直ぐに見返しながら言った。

 言った後で、はっと気づく。

「あっ! できればではなく、あの、お人払いを……」

 ——締まらない……。

 セーラは少し焦りながら、付け加えた。ゼレットやボルタークの方を見ることはできなかったが、どういう表情をしているのだろうか、とセーラは思った。

 リューシュヴェルドは黙ってセーラを見ている。

「なぜでしょう?」

 視界の外から、柔らかいゼレットの声が聞こえ、セーラは振り返った。ゼレットは少し戸惑ったような顔をしている。ボルタークは扉前で眉根を寄せて口を噤んでいた。

「我々が正しく加護のことを知っていないと、一番近くでセーラ様をお守りすることが難しくなります。特にボルタークはそうでしょう?」

 ゼレットがボルタークを見て言った。

 ボルタークは頷きかけたが、先ほど自室の中で質問を禁じたことを思い出したのか、少し躊躇って口を開けた。

「……恐らく、我々には何か言えない事情があるのだと思うのですが……。確かに必要な情報はなければ困ります」

 セーラは、頷いて説明した。

 知識の館がセーラの祈りに反応して別邸の自室に現れたこと、そして会話をしたが、その話を共有していいのは一人だけだと明確に言われたこと、それがセーラの周りにどういう影響を及ぼすか分からないこと。

 丁寧に言葉を選んで、なるべく分かってもらえるようにセーラは心を砕いたが、その場で言えることは少なかった。

 すぐに言葉が尽きると、しばし無言の時が訪れる。

 その空気を破ったのは、リューシュヴェルドだった。

「……なるほど」

 そう言うと、リューシュヴェルドは片手で両のこめかみを揉んだ。眼帯を含めた目の部分が、大きな手に隠れてセーラからは見えなくなる。

「知識の館は、()()()()と言ったのだな?」

「はい。そうです」

「それが、単なる庇護者である私だというのはなぜだ? 例えば、領主であるとか、次期領主……或いは司教だとか神殿領の教皇、畏れ多いことだが国王などとは言わなかったのか?」

 荷が重いと感じたのか、珍しくリューシュヴェルドは自分を卑下した。セーラが接していた中で初めてではないだろうか。しかし、リューシュヴェルドでなくてはならない、とセーラは強く思っていた。

 目を閉じると、知識の館の言葉が蘇る。

 

『一人は一人』

『お主が決めた、一人』

『お主は決めている』

『我が主は、知っている』


 セーラは、再び目を開けてリューシュヴェルドを見た。少し残念な思いが湧き上がったが、その思いは何とか胸の奥の方に押し込む。

 セーラは思っていたのだ。自分のこの荷は、リューシュヴェルドなら簡単に一緒に持ってくれるに違いないと。リューシュヴェルドなら大丈夫だという安心感があったのだ。

 しかし、リューシュヴェルドは困った顔をした。

 セーラはしかし、ここで別の()()へと共有者を変更できる気がしなかった。もし難しいなら、一人で持っていた方が余程楽だ。

「リュース様。それは私が決めた一人だと、館様はそう言いました。そして、示唆されました。その時に既に決めていると。そして精霊様もご存知だと」

「セーラ、君が決めたのか?」

「そうです」

「なぜだ?」

 セーラはその問いに首を傾げた。こんなにも簡単なことを、どうしてリューシュヴェルドは分からないのだろうか。

 ——私、もしかしてリュース様のこと買い被っていたのかな? それとも、期待しすぎていたのかも?

 セーラは大袈裟にため息を吐いた。

「はあ……。リュース様はアランディア領の第二公子殿下で、私を庇護してくれています。そして、加護のこともよくご存知で、私にリュース様の頭脳になれと仰いました。私の今後の身の振り方も考えていただいています。今、私にとって一番近しく一番身分が高いのは、リュース様なんです。選ぶのは自然でしょう?」

 何でそんなことを聞くのかと言わんばかりのセーラの物言いに、リューシュヴェルドは少し機嫌を損ねたような顔をしたが、セーラは無視した。

「まあ、リュース様がお聞きになりたくないと仰られるのでしたら、このことは私一人の胸に留めておきます。私の知らない他の人に話すのは単純に嫌ですし、それこそ()()()()()()()()可能性が高くなりませんか? そういうことですよね? それから、ボルタークやゼレットに、リュース様にも言えないような荷を負わせるつもりはありません」

 先ほど口籠ってたことを忘れたかのように、セーラは言葉が浮かぶまま口から出て行くのを止められなかった。どうやら、冷静なまま怒りを覚えると口が柔らかくなるようだ。

 リューシュヴェルドもまたセーラのその口調に苛立ったのか、眼帯に覆われていない目が一層鋭くなったが、感情を抑えるように目を閉じた。

「そういう、ことではない」

 リューシュヴェルドはそれだけ絞り出すと、目を閉じたまま腕を組んで天井を仰いだ。

 セーラは、じっとその様子を見ながら待っていた。

 暫くすると、リューシュヴェルドは眼を開け、一つ頷いて立ち上がった。

「分かった。ゼレット、ボルタークと共にこの部屋にいるように。次の間へはこちらが呼ぶまで入らぬこと」

「承知いたしました」

 ゼレットが頭を下げると、リューシュヴェルドは執務室の扉を背にして左側にある扉へと向かった。ちらっとセーラを見ると、顎で一緒に来るように合図をする。

 セーラは、人払いをするのだと思い込んでいたので理解の到達が遅くなり、慌てて付いていった。

「私たちが移動するのですか?」

「ああ。聞かれては困る話なのだろう。念には念だ」

「分かりました」

 リューシュヴェルドはセーラの頭越しに再度振り返った。セーラの背も女性にしては高い方だが、踵のある靴を履いたセーラより更にリューシュヴェルドの背が高いことに、セーラは改めて気付いた。

 ——一緒に歩くなんてあまりないけど、背高いなあ。

 目線を少し上げて、自分の頭越しに視線を送るリューシュヴェルドを、なかなか見れない角度から眺めて思った。

「ボルターク」

「はっ」

「そのまま扉前で護衛を頼めるか? 誰かが来てもこちらが出るまで決して呼ばぬように。采配はゼレットに任せる」

「はっ」

 ボルタークは敬礼をすると、そのまま姿勢を立て直した。

 そして、リューシュヴェルドは扉を開けると、次の間にセーラを案内した。

 そこは、薄暗い小さな間だった。椅子が一脚、壁に付けられているだけで、十歩も行かないくらいで反対側の扉へ付いてしまう。

「ここは?」

「ここは、執務室と私室の間を分ける空間だ。私にはあまり意味がないとは思っていたが、私室はここからしか行けないからな。音も漏れないだろうし邪魔が入りにくいのは確かだ」

「へえ! リュース様のお部屋がこちらにあるとは知りませんでした!」

 どうやら、執務室と私室の間に隔たりを置くことで、より限られた人間しか入れないようになっている様だ。

 基本的には応接や食堂、より込み入った話は執務室で事足りる。別邸には人が少ないから必要性がなさそうだが、確かに秘匿の話や一人で物を考えたり、気を許せる私室はないと困るだろう。

 セーラの部屋は、私室の中に執務スペースがあり、小部屋はなく、続き部屋でソイエッテの侍女部屋があるため秘匿性は薄いのだ。

 セーラは、素直に羨ましいと思った。このような作りなら、誰に憚ることもなく知識の館に語り掛けたり、加護を確かめたりすることもできるだろう。元々客室だったセーラの部屋に求めることではないかも知れないが。

 私室の扉へ入るリューシュヴェルドに続いて入りながら、セーラはそう思った。

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