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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第一章 初めての旅 第五話

 セーラが昔話を思い出して震え上がっている間に、今夜の宿に到着した。

 日は落ちて、辺りはすっかり暗くなっている。

 ソジュは宿の裏手にある厩に、馬車を預けに行った。荷がそのままだが、料金さえ払えば預けられるようだ。

「こういう人が集まるような街は、自警じゃなくて、職業として衛兵組織があるからね」

 宿の入り口でソジュを待ちながら、レグルスが説明する。

 南の村では、基本的に警備部が外の警備と同時に村の警備も行っている。ソジュは狩猟部をメインとしながら、給料の発生しない警備部の長として自警に協力をしているのだ。もちろん、それは領主のめいであり、そのお陰で税が軽減されている。

 コランドルのような貴族の治める街は、それでは立ち行かない。門番や街の巡回、不審者の警戒、喧嘩の仲裁、窃盗などの犯罪の抑止と犯罪人の逮捕など街を守る職業が存在するのだ。

 村と違う新しいことの説明をセーラは聞きながら、視野が限られている頭巾の隙間から、宿の入り口をそっと見上げた。もちろん、頭巾の縁を握った手は離さない。

 木でできた楕円形の板の中に、模様が描かれているのが見えた。絵には見えない。そして、暫く見続けると、ふわっと形を変えたように見えた。

 セーラは思い出す。友達の持っていた手紙の文字や母親にせがんで教えてもらった文字のように、教えられた途端に分からなくなる、これは文字だ。

「アランディア文字」

 何度見ても不思議な感じだ。

「ああ、これは『月寝の宿』って書いてあるんだ」

 レグルスが言った瞬間に、また文字は揺れるようにして変わる。

「形が変わるのは、なぜ?」

 誰に聞いても誰も教えてくれなかったことだが、やはり知りたくて聞いてしまう。

「それは、知識の館までお預けだ。さあ、あれだけ汗だくで寝てたんだ。腹が減っただろう」

 後ろから戻ってきたソジュが、セーラの頭上から頭巾を押さえるようにしながら言った。

「しっかり隠せよ」

「分かってる」

 宿の入り口を入ってすぐのところは広い玄関で、奥にカウンターがある。

 地面だけ見て進むのは少し怖かったが、ソジュの背についていくことにした。無意識にセーラの手は父の上着の裾を掴んで、転ばないように気を付ける。

「いらっしゃい」

 中年の女性の声が明るく響いた。

「ああ、南の村の荷送部隊だ。空きはあるかい?」

「あれ? 南の村の人間がここで泊まるなんて久しぶりだ」

 門番と同じ質問に、ソジュがふっと笑いながらセーラの頭に手をやった。

「ああ、娘が病弱だったもんで、初めて知識の館に行くんだ。引率のために交代したんだよ」

「そうかい。そりゃ大変だね」

 セーラは見られている感覚になり、父の背に隠れる様に下がった。

「体調は大丈夫かい?」

「どうやら、長く馬車に乗るのも初めてなもんで疲れたようだ。部屋を二つお願いできるかい?」

「旦那と嬢ちゃんの家族で一つ、それと兄ちゃんが一人部屋かい?」

「ああ、それで頼む」

「食事はどうする?」

「腹は減ってるんだが、部屋に運んでもらえるかい? あ、明日の朝も部屋で食べられると助かるんだが。なにぶん娘が病弱なもんでね」

「ああ、いいよ。胃に優しいスープを出すように料理人に言うよ」

「それは助かるな。料金上乗せで構わないから。あと、いつも通り明日出るから弁当も三人前頼む」

「分かったよ」

 そう受付の女性が言うと、レグルスが少し慌てたように言った。

「あ、俺はこれから『木蔭亭』に行くから、晩はいいや」

「そうかい。ほら、これが部屋の鍵だ。兄ちゃんの晩飯を勘定から引いて……前払いで十三レア銅貨だね」

「ありがとう」

 いつものやり取りなのだろう、円滑に話は運び、鍵と硬貨の受け渡しをする音がセーラに聞こえた。


 部屋は階段を上がって二階の奥二つだった。

 奥側の部屋に入ると、セーラは久しぶりに息が出来たように、一つ深呼吸をした。身体を伸ばし、固まった筋肉をほぐすと自然と疲れが出てくる。疲れは認めるが、血が(めぐ)ったのか、皮膚がぞわぞわとする心地と共に気分は少し良くなった。伸ばしながら部屋をぐるりと見渡すと、ベッドが二つと小さなテーブル、椅子が二つあり、簡単な部屋だと分かる。

 ソジュは内鍵を閉めると、セーラに椅子に座るように指示をした。

「頭巾は完全に外さないように。誰かが来た時にすぐ被れるようにしておきなさい」

「分かった。でもちゃんと到着した~」

 椅子に座って頭から後ろ側へ頭巾を落とすと、セーラは机に突っ伏した。

「街は全然見れなかったな。何だか人は多そうね」

「ああ、貴族がいる街だからな。そりゃあ南の村とは段違いだ」

 やっぱり街中が気になり、暗くなった窓へとセーラは目をやった。

「父さん、木蔭亭って何?」

「ああ、この宿から表通りに出てすぐのところにある酒場だよ。荷送部隊は、通った街の酒場で情報収集するんだ。最近変わったことがないかとか、領主から何か通達がなかったかとか、街の状況とかそんなことだな。辺境の辺境だから、情報が入らず世事に疎くなりがちなんだ」

 酒場は村にもある。大抵皆酔っぱらってお喋りを楽しんでいる。もちろんセーラは酒を飲める年齢ではないが、その様子から、街の酒場でも皆会話を楽しんでいるのだろうと思った。

 その時、トントン、とドアをノックする音が聞こえた。

 セーラは急いで頭巾を被り直し、布団の中に潜り込む。必殺、寝たふりだ。

 食事にしては早いな、とソジュが呟きながら、セーラが布団に潜り込んだことを確認して扉の鍵を開ける。

「あ、ソジュさん、俺これから木蔭亭に行ってきますね」

 レグルスだった。

 は~っと、ため息をついてセーラは起き上がる。

「もう! 心臓に悪い! 何か区別できるようなノックにしようよ」

「確かに。それが良いかもね」

 レグルスが中に入り、テーブルをコツコツと何度かリズムよく叩いた。

「うん、これ。これで扉を叩いた時は俺ね」

「分かった。あ、レグルスさん飲みすぎちゃダメよ。明日も早くに出るんでしょう?」

「分かってるよ。ちゃんと情報仕入れてきます」

 子どものセーラが言うことに、姿勢を伸ばして敬礼のポーズをとる。

 セーラは少し可笑しくなって笑った。

「任せます」

 まるで王女のようにベッドの上から優雅に言うと、また楽しそうに笑って、セーラはベッドから降りた。

 じゃ、と酒場へ向かうレグルスをソジュが呼び止める。

「あ、盥と湯を頼んどいてくれないか。セーラがだいぶ汗をかいてたからな、拭かせてやりたい」

「あ、そうですね。病弱設定、結構使えますね。受付に頼んどきます」

 ふっとレグルスは笑い、行ってきますと溌溂に言うと、部屋を出て行った。

 ソジュは再度鍵を閉める。

「父さん、ありがとう。身体拭きたかったの」

「おう」

 しばらくして、料理が届いた。

 ドア越しにソジュがやり取りしていたようで入って来なかったが——もちろんセーラは布団の中だ——、受付とは違う給仕のようだった。

 いい匂いが部屋中に漂う。セーラはタイミングよくお腹を鳴らした。

「湯は後で持ってきますね」

「すまんな。助かるよ」

 ソジュが湯の料金をいくらか払って、給仕が出ていくと、セーラは再度ベッドから降りた。

「あ~いい匂い」

 気分が良くなったセーラは、軽くステップしながら椅子へ滑り込む。

 麺麭パンと暖かいスープ、それから肉と野菜の炒めものだった。

 簡単なものだったが、出来立てというのは何よりも食欲をそそるものだ。セーラは早速頭巾を下ろすと、麺麭をスープに浸して頬張った。

「ん~! 美味しい!」

 村で食べるのとは何か味や食材に違いがあるのかと思っていたが、そうでもないようで、慣れている味に満たされる。

 ふとセーラは思い出した。

「父さん! そういや、はあえにおいあげをあうやうそうを……」

「物を口に入れたまま喋るな。何を言っているか全然分からん」

 色の濃いしっかりした眉を寄せて、ソジュが遮った。

 急いで咀嚼して、木のカップに入れられた水を慌てて飲む。少しせた後、セーラは胸をドンと叩いて、息を整えると続けた。

「カナエにお土産を買って帰る約束をしたの」

 カナエはセーラの一番の仲良しで、元気で賢い自慢の友達だ。カナエの、くるくると渦を巻いた黒くふわふわした髪に、セーラは密かに憧れていた。

 以前、カナエが知識の館に行った帰り、セーラに髪留めをプレゼントしてくれた。セーラの髪色は人と違うため、なかなか合う髪飾りがないのだ。暗い髪色に合う飾りとセーラのような金色に合う飾りは違う。いくら羨ましくても、似合わないと分かっている飾りをつけるのは、乙女心が許さなかった。

 しかし、売れ残っていて安くなっていた、と深い緑の色石が付いた髪留めをカナエは領都で目ざとく見つけ、お土産に買ってきてくれたことがあるのだ。髪留めを付けたセーラを見て、カナエは、目の色にも合うと喜んでくれた。

 今回、セーラが領都に来る前にカナエと話した時に、お返しにカナエに似合う何かを探してくると約束したのだ。

「あまり高いものはもちろん買えないけど、って思ってたんだけど、今日街に来て思ったの。……多分、無理だよね?」

 ソジュが話の途中から難しい顔をしたので、セーラはすぐに引いた。

 駄目でもとりあえず願いや希望は言ってみる。駄目ならすぐに諦める。許されないことやできないことが多いセーラだからこそ、諦めは早かった。ただ、一人娘のセーラは、話を聞いてもらいやすい環境で育ったため、言うことを我慢する、ということは今まであまりなかったのだ。

 セーラのこういう性質に、ソジュも助かっていた。セーラと同年代の娘を持つ同僚や部下から、娘が何を考えているか分からない、などの愚痴を職場でよく聞いていたが、ソジュはそんなことを思ったことがなかった。娘の感情はよく分かる。そして、必ず何かあっても言葉にするのだ。

 それは、親としてソジュも娘から学んだことの一つだ。妻のケレーラに、「言葉が足りない」と付き合い当初は言われていたが、ちゃんと言葉にすることがどんなに大切か、ソジュはセーラから学んだのだ。

 ただ、不甲斐ないことに、叶えてやれることは少ない。

 ソジュは一つため息をついて、スープを飲んでから言った。

「すまんな」

「ん。分かった」

 納得して、セーラは改めて食事に手を付ける。

 あっという間に完食だ。

 しばらくすると、先ほどの給仕が湯の入った盥を持ってきた。

 ソジュは扉の前で待つことにし、その間に急いでセーラは身体を拭く。纏めた髪をほどき、頭も洗った。石鹸はなく、あくまで湯ですすいだだけだったが、随分とさっぱりした。

 髪が乾く間は髪を纏められない。伸ばしたままで念のため頭巾を被り、終わったことを扉の向こうへ告げた。

 ソジュは、盥を返しに行くついでに自分も身体を拭いてくるから、と内鍵を必ずかけるようにセーラに言い、念のため鍵を持って出て行った。

 しっかりと鍵をかけて、頭巾を外す。

 髪が乾きやすいように手櫛を入れながら、セーラはベッドに座った。

 ——今日は、色んなことがあったな。

 今日の初めての出来事を思い出しながら、セーラは口の端を上げた。

 ——うん。疲れたけど、怖かったけど、ぜ~んぶひっくるめて考えると面白かった!

 怖かったことをカナエに話したら多分笑われるだろう。それも含めて面白い。

 明日のことに想いを馳せながら体をベッドに預けると、セーラはそのまま寝入ってしまった。

 鍵を持っていったソジュは、賢明だったと言えよう。

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