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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第二十七話

 あれから、どれくらいの時間が経ったのか。

 セーラが意識を取り戻した時、身体は一切動かせなかった。瞼や指先に至るまで一切だ。声も出せそうにない。

 そして、頭が割れるように痛かった。

 ——うう……。

 痛みの中で、知識の館とのやり取りを思い出した。

 木の枝の光がある部分に意識を向けると、まだ違和感はあったが最初より薄れているような気はしないでもない。

 でも、確かにそこに精霊の力が保管されていることが分かった。

 セーラは頑張って大きく呼吸をした。身体を起こしたい一心で痛みを和らげようと思ったのだ。

 そして気が付いた。鼻を抜ける息が熱い。

 ——あれ? おかしい。

 セーラは頑張って身体の脇に沿うように置いていた自分の指や腕を曲げようともう一度試みた。

 ——いたたた……。

 関節がきしむ。そして、汗をかいているにもかかわらず、寒い。特に、肩から背中にかけてゾクゾクとした寒気を感じた。暑いのに寒い。

 ——あれ? 私おかしい。

 セーラがどうしようかと、その体勢のまま思案していると静かにカーテンの開く音が聞こえ、額に何か乗せられた。

 ひんやりして気持ちがいい。痛みが幾分引いていくような気持がして、セーラは、重い瞼をそっと開けようとしてみた。

 今度は目が開いた。

「セーラ様!」

 ソイエッテが呼びかける声が聞こえて、セーラはそちらを見た。

 いつも冷静な彼女の目が真っ赤だ。

「大丈夫ですか?」

 セーラは大丈夫と言おうとして、咳き込んだ。ソイエッテが慌てて水差しから杯に水を注ぐ。

 身体が起こせないため、ソイエッテが布を浸して唇を拭いながら含ませてくれる。

 冷たい雫が喉を通る時にも痛みを感じた。

「あ、あーあー」

 セーラが口を開けると、出てきた声はガサガサだった。

「だい、じょうぶ。私、どうしたの?」

 頑張って息を荒くしながら、それだけ言う。言う間も、頭は割れそうで喉は痛い。恐らく顔は痛みに歪んでいるはずだ。

「ああ、気が付かれて良かった」

 ソイエッテはセーラの問いには答えず、普段見せないような安堵の表情を浮かべると、鼻を啜りながら外へ出て行った。

「コーレン、コーレン! 来て頂戴!」

 どうやらコーレンを呼びに行ったようだ。もう一度目を閉じて痛みに耐えていると、今度は勢いよくカーテンが開き、コーレンが顔を覗かせた。

 笑顔だ。セーラも笑みを返したいが、痛みでどうにもできそうにない。

「ああ、セーラ様。良かった」

 コーレンはそう言うと、額に置かれた布を取って触り、脈を計って口の中を見て首を触った。

「私、どうしたの?」

 木製の下敷きに留めつけて動かないようにした紙に、コーレンは何かを書き付けながら答えた。

「念のためマルシュ医師にも聞いてみたんだけど、夏風邪だと思う。発熱、発汗と喉の腫れ、そしてその声。多分頭痛と関節痛もあるんじゃない?……ですか?」

 コーレンは言葉遣いを忘れたようで、言い直しながら説明した。

 コーレンの使用人としての心得は、目下もっかのところヒースリーから叩き込まれている最中ということだ。もちろん、同じ経験をしているセーラはそんなことを咎めるはずもない。

「ああ、風邪かあ……」

 そう言うと、またセーラは咳き込んだ。咳き込むと悲しくもないのに涙が出て来る。

「一応、意識がない中で薬を飲ませようと試みたんだけど、どうしても全部喉を通って行かなくて。薬を調合したから飲んで欲しいんだけど起きれますか?」

「うう……難しいかも。手伝ってくれたら何とか……お願いできる?」

 コーレンはセーラを支え起こすと、背にいくつか大きな枕やクッションを置き、背もたれ代わりにしてくれた。

「ありがとう」

 そして、痛む喉へ薬を水で流し込んだ。

 起き上がることで意識がはっきりしてきたセーラは、コーレンの横で両手を揉み合わせながら、また心配そうな顔に戻っているソイエッテに気が付いた。

「ソイエッテ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないのはセーラ様です!」

 ——あ。ソイエッテだ。

「ごめんなさい。どれくらい私寝ていたの?」

「丸二日だよ」

 コーレンが変わりに答えた。

「えっ?! そんなに?」

 すると、ソイエッテが思い出したのか、震える声で説明した。

「朝起こしに来たらベッドがめちゃくちゃで、セーラ様も寝ている様子じゃなくてうずくまっているようで足元の方にお顔があって……おかしかったんです。布団も被ってなかったですし。でも、最初は寝相が悪いだけだと思って、起こしたんですけど……目を、覚まさなくって……」

 最後は涙声になっていた。

 ——私、そんな恰好して寝てたんだ。あれは寝たというより気絶だったもんね。でも寝相が悪い……っていつもそんなことなくない?

 ソイエッテに心の中で八つ当たりをしながら、自分の姿を想像してセーラは恥ずかしくなった。

「ご、ごめんなさい」

「そんな恰好して寝てたのなら、風邪を引くのも当たり前だね。セーラ様が悪い」

 呆れた様子でコーレンが肩を竦めた。言葉遣いはまだまだでも、敬称だけは定着したようでセーラは微笑ましく思いながら頷いた。

 風邪ごときで倒れるなんて、村ではなかなか聞かない。大体動いている間に風邪気は消えていくのが常だ。セーラもここまで酷く風邪を引いたのは、もう記憶に薄い幼い頃のことだ。

 そして、意識が戻らなかったのは、恐らく木の枝のせいもあるだろう、とセーラは確信していた。あれがセーラの身体にとって異物ならば支障をきたしてもおかしくはない。

 ——だって、実際違和感はある訳だしね。

 そっとセーラは鳩尾辺りに手を添えた。

 コーレンの言葉やセーラの理解があっても、まだ納得できないことがあるようで、ソイエッテの顔は浮かなかった。

「夜中にセーラ様がお声を発して目を覚ました時、私、ただ寝惚けただけだと思ったんです。あの時、少しでもお顔を見ておけば異変に気付いたかも知れないと思うと……」

「それは……」

 セーラは言葉を続けられなかった。

 ——それは駄目! 見られてたら、隠しきれなかったかもしれないじゃない!

 セーラは、風邪から来る悪寒とは別のひやりとした何かを背中に感じた。

 決して言えないことなのだ。

 もしかすると、今後夜中に知識の館の来訪があったり不思議な、()()()()()の出来事があってセーラが物音を立ててしまった場合、ソイエッテは確認しに来るかもしれない。

 それを止める自信はセーラには無かった。

 知識の館に言われた、()()()()はソイエッテではないのだ。漏らすわけには行かない。

 ——なにか対策を考えないと……。

 セーラはそんなことを思いながら、ソイエッテに言った。

「いいえ。あの時は特に不調はありませんでした。コーレンが言った通り、変な寝方をしてしまって風邪を引いたのだと思うわ。ソイエッテに落ち度はありません」

 コーレンは大きく頷いた。

「でも……」

「ソイエッテ。もう一杯水をいただけますか?」

「……かしこまりました」

 ソイエッテはまだ納得していない様子だったが、セーラは言い切ったことでそれ以上その話をすることを止めた。

 ソイエッテは、セーラの要望にすぐに水を注いでくれた。

 喉の痛みと発汗で、水分が足りていないようだ。身体が水を欲しており、セーラは喉を鳴らしながら二杯続けて水を飲んだ。

「セーラ様、あまり飲みすぎてお腹を冷やしてもいけませんよ」

 あまりの飲みっぷりにコーレンが釘を刺す。

「はあい。コーレン()()

「かっこ見習いを付けてください」

 セーラは掠れた声で笑った。すると、頭に痛みが走る。

「いたたた……」

「セーラ様、もうお休みになってください。体調が戻るまで、部屋から出ることは禁止です」

「あっ、コーレン待って!」

 セーラの背中の枕を取って寝かしつけようとしたコーレンの腕を、セーラは掴んだ。

「私、リュース様に話をしなければならないことがあるの。今日は会える?」

 コーレンがソイエッテをちらっと見た。

「リューシュヴェルド様でしたら、セーラ様が寝込んでいた二日、欠かさずこちらに来られていました。本日もいらっしゃるのではないでしょうか」

 ——えっ? リュース様がここに?!

 初めてではないだろうか。セーラの意識はなかったため、この部屋にリューシュヴェルドがいたということが想像できない。

 最近忘れがちだが、雲の上が村娘の見舞いに来るなんて、畏れ多いことに違いない。

 セーラは目を大きく開けながら言った。

「それは。……ソイエッテだけではなく、皆様に心配を掛けてしまいましたね」

「ええ。心配そうな顔をしたリューシュヴェルド様は、私初めて見ました。こちらに来る前は公的な場でしかお見掛けすることはなかったので当たり前ではあるのですが」

 顔を和らげてそう言ったソイエッテは、ようやくいつもの調子を取り戻してきたようだ。

 ソイエッテの言葉に、セーラはなぜか熱が上がった気がして、頬に手をやって熱を確かめた。

 ——リュース様が心配って。そんなことするようには見えないけど。ここに来るのも、ただの安否確認かと思ってた。

 ただ、驚きをごまかすために「心配を掛けた」と濁して言った言葉から、そのような話が聞けるとは思わなかった。

「そうそう。僕は怒られたんだから」

「コーレンが?」

「そうですよ。ねえ、ソイエッテ? コーレンの診立ては不安だからとマルシュ医師に確認に行くように言われましたよね?」

 くすくす笑いながらソイエッテが頷く。

「それは、ごめんなさい」

「何でセーラ様が謝るんですか」

 ため息を吐いて肩を竦めながらコーレンが言った。

 ——本当だ。何で私がリュース様の発言に対して謝ってるんだろう。

 また熱が上がる気がしたが、今度は恥ずかしさだとセーラは自覚した。

 このままリューシュヴェルドの話が続くのは何だか居心地が悪い。聞きたいような聞きたくないような、そんな複雑な気持ちでセーラは話しを逸らした。窓側のカーテンは閉まったままなので分かりにくい。

「そう言えば、今は何刻くらいかしら?」

 ソイエッテが答えた。

「三刻の鐘から半刻ほど過ぎたくらいでしょうか。セーラ様、お腹は空いていませんか?」

「ええ。大丈夫」

「あっ、でも、早く治すために少しでも何か入れた方がいいですね。ソイエッテ、僕が消化のいいものを用意するようにオルデンに伝えてきます」

 コーレンが少し赤い顔でそう言った。僕が気付かないといけなかった、と小さく最後に付け加えたのをセーラは聞き逃さなかった。

 ——がんばれ、コーレン!

 心の中で応援しながら、コーレンを送り出す。

「痛みはいかがですか?」

「刻報の鐘が際限なく鳴っている感じよ」

「まあ。横になられますか?」

 ソイエッテは想像したのだろうか、自分も顔を顰めながらセーラの体調を気遣った。

 ——今日は何だかソイエッテが優しい。

 セーラは少し嬉しくなりながら、首を横に振った。

「リュース様がいらっしゃるまでは、起きています。……いつも何刻くらいにいらっしゃるのかしら?」

「この二日は、午前に一回、午後に二回、昨日は夜にも一度見に来られていましたね」

「えっ? そんなに? 多すぎじゃない?」

 ソイエッテはまたくすくす笑った。

「ええ。でも、私も不安でしたので、それが伝染してしまったのかもしれません。大丈夫です、とお答えできれば良かったんですけど」

 ——そうか。意識がないままだと、そうなるか。

「確かに。私もそうなるかも知れないわ。本当に心配を掛けてごめんなさい。世話してくれてありがとう」

「とんでもないことでございます。お目覚めになられて何よりです」

 ——やっぱりソイエッテが優しい。

 いつもなら「仕事ですから当然です」、と返って来ていた言葉が自然に変わっていることに、セーラは嬉しくなった、と同時に申し訳なくもなった。

 ——罪悪感を感じるほど、心配を掛けてしまったんだなあ。早く元気になって安心させてあげなきゃ。

 その時、扉を軽く叩く音が聞こえた。

「ゼレットです。よろしいでしょうか」

「ええ」

 ソイエッテがセーラを見て頷きながら答えた。

 リューシュヴェルドだろう。

 セーラは、関節の痛みを堪えて少しだけ居住まいと寝間着を整えて髪を手櫛で梳かした。

 ——わっ。油っぽい。

 二日も寝込んでいたうえに風邪で汗をかき、また意識がなくなる前も風邪とは違う冷や汗をたっぷりかいた後の髪は、もしかしたらとんでもなく臭うのではないだろうか。

 詰まった鼻に髪を持って行くが、まったく分からない。

「セーラ様、お気づきになられましたか! 良かったです」

 部屋に入ってきたゼレットが、笑みを零しながらセーラに近づいた。

「ゼレット、心配をお掛けしました」

「まだ、体調は優れなさそうですね」

「ええ。頭痛と、熱があるみたいで。あと、この通り声も」

 セーラは掠れた声で、症状を告げた。

「それは。まだ横になられていた方がいいのではないでしょうか」

 少し心配そうな顔になったゼレットがソイエッテと同じことを言った。セーラも先ほどと同様首を振る。

「リュース様に、お伝えしなければならないことがあるの。今日はいらっしゃるかしら?」

 ゼレットの後ろを見たが、リューシュヴェルドはいない。どうやらゼレットは一人で来たようだ。

「本日は、城へ向かわれております。急ぎ片付ける案件があるとのことで、恐らく、二、三日はお戻りになられないかと」

「そんな!」

 それは困る。

 城での急ぎがどれほどかは分からないが、知識の館のことや、この胸にある違和感は是非ともすぐに聞いてもらわなければならない事案だ。

 セーラが切羽詰まった顔をしたためか、ゼレットが言った。

「私がお伝えに向かいましょうか?」

「いえ、直接お話したいのです。あの……、その、加護のことで」

 最後はゼレットにだけ聞こえるようにゼレットを手招きして耳元で囁く。

 ゼレットが顔を引き締めた。

「かしこまりました。まずは、話がある旨を急ぎリューシュヴェルド様のお耳に入れましょう。その後のご判断によってはすぐに戻られるかも知れません」

 セーラは、ほっとした顔をして、お願いしますとベッドの中から頭を下げた。

「ただ、判断によってはお会いするのはセーラ様の体調が戻られてからになるかも知れません」

「えっ? それは、お城の仕事も大切だとは思いますが……」

「いいえ。セーラ様のことを心配なさっておいでなのです」

 セーラは首を傾げた。

 先ほどはいつも見られないリューシュヴェルドの行いに確かに驚いたが、加護のことと比べたら加護を選ぶだろう、とセーラは確信していた。

 大事なのは、セーラが持つ加護であってセーラではない。

「分かりました」

 セーラは、何となくリューシュヴェルドがすぐ戻ってくるだろうと思って言い返すことを控えた。

 まずは伝えてもらわなければ始まらない。

「では、急ぎ向かいますので、私はこれで。お大事になさってください」

「よろしくお願いします」

 入れ違いに、ワゴンを押したコーレンが戻ってきた。ゼレットとぶつかりそうになる。

「わっ! これはゼレット様。失礼いたしました」

「コーレン、私こそ申し訳ない。急ぐのでセーラ様のことは頼んだよ」

「かしこまりました」

 丁寧にゼレットに礼をすると、セーラに向き直り首を傾げた。

「どうしたんですか?」

 セーラは痛みに負けまいとにっこり笑うと、掠れた声で言った。

「何にもないわ。私、早く元気にならなきゃ。食べれるだけ食べるから持ってきてくれる? そして寝るわ!」

 呆れたコーレンの顔と、くすくす笑いながら準備をするソイエッテを見ながら、セーラはもう一度笑顔を作った。

「いたたた……」

 笑顔は、痛みには通じなかったようだ。セーラはすぐに負けてしまう。

 コーレンは、今度はセーラの目の前に来て、再び呆れた顔をして見せた。

「だ、だいじょうぶ、大丈夫だから」

 ——リュース様に報告する時には少しでもちゃんと報告したいもん。

 違和感を抱えていることに気づかない振りをして、セーラは決意を固めた。

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