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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第二十一話

 セーラは、良く冷えた茶を一口啜った。カラン、とグラスの中で鳴る氷の音が心地よい。

 舞踏ダンスで酷使したセーラの若い体はすでに筋肉が痛みを訴えており、ほんのり熱を持っている。

 ——いたたた……。

 湯浴み時にソイエッテにマッサージはしてもらったが、身体を少し動かすだけで筋肉が自己主張を始め、しかめそうになる顔を笑顔に保つだけで精いっぱいだ。

 六刻の鐘を過ぎて、知識の館の玄関ホールでネイティオと久しぶりに進捗共有と称したお話をしていた。

 眠気を飛ばすために、冷たい飲み物を用意してもらったのだ。

「セーラ様が作成している間、私はこちらで館保管用の写しを作成していますでしょう? 毎日たくさんの量を作成されていらっしゃるのが分かって、それで何かお手伝いできないかとボルタークに相談させていただいてたのです」

「まあ、お気持ちとても嬉しく思いますわ」

 セーラは本当に嬉しかった。でも、これはお願いできないのだ。

「ただ、ネイティオが読んでいる本はお願いできるかと思いますが、概要も記すようにしてるので……」

「そうですねえ。私はすべて読んではいないですし、過去に読んでいたとしても見直さないと分からないことも多くあると思います」

 残念そうにネイティオが、少し背を丸めた。肩にかけたショールが少しずれたのを直しながら、ネイティオはテーブルの上に載った目録の羊皮紙に手を置いた。

 名残惜しそうに見つめるネイティオを見て、セーラは提案した。

「こういうのはどうでしょう? そろそろ新しい書物が入ってくると以前言っていたでしょう? その目録に関してはお任せしたいわ。他の方の手を借りてもよろしいですし、私の作成方法に倣っていただけると嬉しいのですけれど」

 以前、学生たちが王都などから写本などで新しい知識を持ち帰ると言っていた。他で購入したものと合わせて、年に二度目録を追加するのだと。そろそろ花冠の儀で戻ってくるはずだ。

「ええ、ええ。もちろんそのようにさせていただきますよ」

「あっ、でも、知識の取得はさせていただきたいのと、間違いがないか目は通したいので、この時間を使って確認はさせてください」

 ネイティオがにっこりと笑った。

「では、書式も揃えた方がよろしいですわね」

「そうですね!」

 羊皮紙の大きさや、書き順など細かいことを決めている内、時間は簡単に過ぎ去っていく。

 年度を終えて既に学生は戻ってきていることや、書物は一度城の役人によって選別され、領主の許可を経て知識の館に来ることなど、新しい知識も教わった。

「第二公子様は、皆より少し早くお戻りになりましたけれどね。公務が大変なようですから」

 茶目っ気を覗かせて秘密を打ち明けるように言うネイティオの言葉が、一瞬セーラの頭まで届かなかった。

 ——あれ? 今は学生の話をしていなかっただろうか? ……なぜリュース様の話に?

「どういうことですか? 王都に……。ああ、確かに王都からお戻りになられたと春過ぎに噂で聞いたことがありますね。なぜ王都に?」

 何か領の長期任務などがあったのだろうか、それとも王都からの任務か、とセーラが考えながら首を傾げた。

「いやですわ、セーラ様。第二公子様は今年卒業されますのよ」

 朗らかに笑いながら、ネイティオが教えてくれた。

 貴族の子息や令嬢は王都にある王立学校に行って教育を受けねばならない。基本的には十から十五の花冠の儀まで違う領地の子等と一緒に生活をしながら勉強していくらしい。その後十八までは高等教育を受けることができるようで、すぐに家督を継がねばならない者や結婚しなければならない者以外はそのまま滞在することが多いとのことだった。

 リューシュヴェルドも滞在していたが、最優秀で卒業できることが早くも確定したことと領地での宰相補佐としての任務が忙しくなったため、早めに戻って来て冠の儀を済ませたようなのだ。

 セーラは、目が点になった。

 ぎこちなく後ろを振り向いてボルタークを見る。周知の事実なのか、ボルタークはうんうんと頷きながら聞いていた。目が合った瞬間、リューシュヴェルドの優秀さについて語りだす。

「リューシュヴェルド様は素晴らしいのです。常に最優秀なだけではなく、模擬戦などの武勇にも優れ、静かではありましたが常に邁進されていました。王都だけではなく、他の領地も全学年が注目するほどでしたね」

「いや、それは、素晴らしいことと思うのですが……。え? ボルタークは同時期に学生だったのですか?」

「私とは二学年の差がございますが?」

 何を今更、とボルタークがきょとんとして聞いた。

「いや、いやいやいや、えっ? リュース様は十代ってことですか?! ……詐欺じゃないですか!」

 きょとんとしたままのボルタークとネイティオを同時に見ながら、セーラはマナーも忘れてしまうほど驚いていた。

 ——素晴らしいとか優秀とか、そんなことより、あんな落ち着いて苦労が顔に出ている十代がいてたまるもんか!

「十八……いや、もうすぐ九か? ……セーラ様、一体リューシュヴェルド様は何歳だと思われていたんですか」

 若干呆れた顔をして、セーラの言いたいことがようやく分かったようにボルタークは問いただした。

「三十とか? 父さんよりはちょっと若いかな、とは思っていましたけど」

「おまっ……!」

 ボルタークも礼儀を忘れてしまったようだ。ボルタークはソジュを知っている。十代の若者が三十代半ばの男性の年を基準にされるなどなかなかないことだろう。

「絶対、本人に言ってはいけませんからね。不敬も不敬、処刑もんですよ! 俺だったら絶対処刑する!」

「何て物騒なことを……」

 人差し指を突き付けられ、釘を刺されながら怖ろしいことを言われたセーラは、震えて口を閉ざした。

「一生、言いません!」

 ネイティオがコロコロと笑う。

「ほほほ。確かに青春は終わったような落ち着き方をされてらっしゃいますもの。人には見えないものが既に見えているような、不思議な方ですわ」

 その言葉に、セーラもボルタークも深く頷いた。

 その通りなのだ。リューシュヴェルドの見た目年齢は、年よりもしっかりしているからとか、そのような類ではないのだ。老成、円熟など、およそ青春とはかけ離れた言葉がしっくりくる。

「ああ、人生で一番怖い話を聞いた気分だわ。魔女の話より怖い」

「おまっ……!」

「はい、言いません」

 手を挙げて、ボルタークを遮った。一度震えるように首を振ると、セーラはネイティオへ向き直り、話を元に戻す。

「私、こちらに来たら、まずネイティオと毎日打ち合わせと進捗共有をしたいのです。それから、目録作成の選定だけをしに行きます。小半刻もかからないでしょう。目録作成は午後に時間がある時に進める、という流れで第二公子様の許可もいただいております」

「まあ、それは嬉しいことですわ」

「今までより、一日でできる量が増えますから、ネイティオ一人で写すのは難しいと思うのです。他の方のお手伝いは頼めそうでしょうか」

「ええ、ええ。もちろん、これは私どもの仕事の内ですから、今後の話もありますし、私どもでさせていただきますわ」

「ありがとう!」

 セーラは冷たい茶を最後一気に飲み干すと、席を離れることを伝えて知識を得に扉へ向かった。はしたないと言いたそうなボルタークの視線は無視だ。

 今日は、どの程度一日で目録が作成できるのか予測しながら、一度得た知識を拾っていくだけだ。

 セーラはいつも通り知識の館に呼びかけながら祈りを済ませると、目録作成の選定に向かった。

 ——六、七十冊は確実にしなきゃ。でも時間が空いても困るし……あれ? いいこと思い付いちゃった。というか、なんで気付かなかったんだろう。

 七、八十程選定すると、少し離れてまだ作成していない棚を眺めた。

 ——この辺りはまだね。よし!

 確認だけすると、セーラはすぐに玄関ホールに戻った。

「お早いお戻りですね」

 扉脇で護衛していたボルタークが驚いたように言った。

「私、馬鹿だったわ。もっと効率いい方法見つかったの」

 セーラはそう言うと、一度受付カウンター内に戻っていたネイティオを呼び戻した。

「ネイティオ、ネイティオ! 少しよろしいでしょうか?」

「ええ、ええ。もちろんですわ」

 何事かとネイティオは出て来る。

「あのね、先ほど他の方のお手伝いの話と、書式を固定するって話をしたでしょう?」

「ええ、ええ」

「それで思ったんです。概要以外の情報だけ先に纏めていただけないかなって。そしたら、私概要だけ追記していくことができるので効率良くならないかしら?」

「まあ、そうですね。概要以外だけでしたら時間も大きく短縮できますわ。それでは書式を揃えることは絶対条件になりますわね」

「その方が確認もしやすいので、お願いしたいです。基本項目は、私が作成しているものと同じもので構いません。あと、これも必要だろうと思う時は勝手に記載するのではなく、都度話し合って全員認識漏れのないようにしたいのです」

規則ルール、ですね」

 セーラは頷いた。良かれと思っても、自分勝手に変えていかれると問題だ。

「今後、職員が入れ替わっても問題ないように、目録作成の手引も簡単でいいので必要になるかもしれませんね」

 ネイティオは一つ一つ頷きながら、手製の紐で括られた帳面に書き留めていく。不要となった用紙を集めたものだろう。不揃いではあるが、覚書には便利そうだ。

 書き終わると、ネイティオは小さな声で「お願いがあるのですが」と申し出た。

「私はセーラ様とお話させていただいて、作業も慣れてきてこれが正しくあるべきものだと理解しているのですが、他の者への説明に命令書が欲しいのです」

「命令書?」

「要は、目録が不十分だったこと、それにより作成し直すこと、詳細は私に一任していること、ですかね」

 そして、ネイティオはふっと伏し目がちに微笑んだ。

「知識の館の職員は序列があってないようなもので。なかなか指示に従わせるということが難しいのです」

 知識の館の職員は、平民と接するということで忌避する者も少なくない。下位貴族の中で、偏見を持っていない者や身分に頓着しない者などが勤めている。つまり、本好きではあるが変わり者が多く、一枚岩になりづらい職場のようだ。

 セーラは、そういう職場内での人間関係は経験がなく想像が難しくはあったが、それでも頷いた。ネイティオが困ることなら、それは仕事を頼んだセーラが解消すべきものだというのは分かる。

「分かりました。第二公子様へご相談してみましょう」

「助かりますわ」

 そして、セーラは目録を作成して欲しい棚の場所を伝え、少し早くはあるが知識の館を後にした。

「ボルターク、リュース様へ先ほどの話をお伝えしたいのですが、どうすればいいかしら?」

「邸へ戻り次第、ゼレットへ伝えましょう」

「ああ、それが良いですね」

 よっこらしょ、ときしむ筋肉へ鼓舞しながらセーラは馬車へ乗り込んだ。

「ボルターク」

「はい?」

「私、今から欠伸します」

 そう言い切ると、セーラは盛大な欠伸をした。今日は身体を酷使して色々頭を使ったせいか、あまり気を張っていられない。

 ボルタークは見て見ぬ振りをすることに決めたようだ。セーラを見ずに外を警戒している。

「助かります。おやすみなさい」

「いや、寝るとか聞いてない……!」

 ボルタークの声を遠くに感じながら、セーラは馬車の揺れに合わせて眠りに落ちた。

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