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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第十九話

「まあ、素敵!」

 セーラは楽しそうな声を上げた。

 小さくカーテンが揺れて光が差し込む昼下がり。セーラの目の前には、ドレスが並んでいた。

 ペレットは、今日も黒一色だ。しかし、眼鏡の奥の目は達成感と自信に満ち溢れている。年齢を重ねてなお新しいことに挑戦するペレットを、セーラは憧れの目で眺めた。

 三着のドレスは、セーラが提案した通りの形で、胸下から布をたっぷり使ったドレープがとても美しい。それぞれ布の種類や雰囲気がまったく違い、ペレットの意気込みが伝わってきた。

「セーラ様に言われてから、古い文献を調べなおしてみたのです。そうすると、創作意欲が次々と湧いてきて、三着に集約することが一番骨が折れましたわ」

 ふふふ、と痩せた頬を紅潮させて言うペレットに、セーラも笑みが零れる。見た目と反して可愛らしい人だ。

「一つずつ試着して見せてくださいな」

 感触を確かめるようにドレスに触れながら、サヤアーヤが面白そうに言う。

「分かりました」

 セーラがそう言いながらソイエッテを見ると、俯き加減のソイエッテが丁寧にドレスを受け取ってセーラの着付けに入った。

 相変わらず仕事のできる侍女だ。

 サヤアーヤが、扇で仰いで暑さを飛ばしながら、ペレットに「お願いがあるのだけれど」と言った。

「セーラ様がお披露目になるまで、この型のドレスは他の方へは売らないで欲しいのよ」

「と、言うと?」

「セーラ様のお披露目は、来年夏の花冠の議となるでしょう。その時に初めて、この型のドレスとともに発表したいと思うの」

 ペレットが少し複雑な表情になったのがセーラの目の端に入った。すぐにでも流行させたいという気持ちは分からなくはない。しかし、上位貴族の言うことは命令に等しいのだ。

 セーラは、ペレットにあまり嫌な思いをして欲しくはなかった。セーラは貴族ではないからだ。それに、自由に作りたいものを作れないというのは、セーラのジレンマと通ずるものがあった。

「サヤアーヤ先生。一年というのは少し長すぎないかしら?」

 腕を肩まであげ、顔を動かさないようにしながらセーラが心配そうに尋ねた。サヤアーヤは扇を仰ぎながら「そうねえ」と何か思案しているようだ。

「セーラ様のお披露目と同時にドレスのお披露目をさせてもらう代わりに、セーラ様のためにどんどん新しく作っていただくというのはどうでしょう? 全て第二公子様が買い取りますわ」

「ええ?!」

 セーラは、リューシュヴェルドに却下される想像しかできないサヤアーヤの提案に異を唱えた。

「そんな、私のためになんて! 勿体ないことでございますし、第二公子様もお許しにならないと思いますけど」

「いいえ。他に公表される方が嫌がられる筈ですわ」

 笑顔を崩さずにサヤアーヤが反論する。

 すると、ペレットの目が光った。

「一着の予算上限はどうなりますでしょう? できればいろんな素材を使ってみたいのですが」

「では、デザイン案と使用素材、それに掛かる費用を都度報告してちょうだい。第二公子様に許可いただけるよう交渉してみましょう」

「かしこまりました」

 ペレットは頭の中で次のドレスについて考えを巡らせているようだ。

 サヤアーヤは、そんなペレットの様子を見ながら続けた。

「そして、一年の試作の後に集大成を花冠の議に持ってきていただきたいの。大々的な宣伝になりますわよ」

 ペレットがごくっと喉を鳴らした。

「生半可なものは見せられないですわね」

「ええ」

 低い声でサヤアーヤが頷いた。

「それに、何をおいてもこの型が一番お似合いになるのは、セーラ様以外にはいないでしょう。他の方が着たとて、セーラ様の宣伝より売れるとは思えないのよ」

 サヤアーヤはセーラを振り返った。

 着付けてもらったセーラが二人を振り返ると、ペレットはもちろん、想像していたはずのサヤアーヤも息を飲んだ。

「まあ、なんて美しい」

 セーラが気付けてもらったのは、夏らしいごく薄い生地を使った水色のドレスだ。

 肩紐はなく、セーラの華奢な肩が強調されるものの、胸元を大きなリボンに見立てた布で腕と一緒に覆うことで、清楚さは失われていない。胸元の寂しさも絶妙に隠されている。

 セーラはこのポイントがとても気に入った。

 それに何より、胸下からたっぷり使った布が流れるように揺れ動き、裾に行くにつれて白く染められた模様が、まるで水の流れのように見える。セーラは足首にそよそよと触れる布が心地良く、何度もドレスを揺らしていた。

 そして、セーラの輝く髪と瞳。セーラの背景までが輝くようにも見え、サヤアーヤとペレットは目が離せないようだ。

 着付けたソイエッテも、俯きがちながら頬が少し赤くなっている。

「まあ」

「まあ」

 他の言葉が出てこないのか、感嘆詞だけが繰り返される中、セーラはくるっと一周回って見せた。

「とても肌触りが良くて気持ちの良いドレスですね。私、淑女に見えますか?」

 サヤアーヤは頷きながら、ペレットを横目で見た。

「ね?」

 それだけ言うと、ペレットの眼鏡の奥がまた光ったように見えた。ソファで居住まいを正しながら、膝の上で組んだ腕を強く握る。

「サヤアーヤ様、全面的に協力いたしますわ。その代わり第二公子様へのお口添え、何卒よろしくお願いいたします」

「任せて頂戴。セーラ様を見せれば一瞬で許可が出るでしょう」

 サヤアーヤがにっこりと口角を上げた。

 セーラは、やり取りを見ながら何やら不穏にも思える空気を感じ取ったが、そんなことよりも初めて着るドレスに心が浮き立っていた。

 ——こんな素敵なドレス、私が着ていいのかしら? でも、ため息が出るくらい素敵だわ。知識にある昔の型よりもっと素敵!

 セーラは次のドレスに着替えてみる。薄いピンクを基調として、白の細かな花の刺繍が映える膝下のドレスで、ふんわりした短く肩を覆う袖と、先ほどよりも柔らかくふんわりした布地でこちらも可愛らしい。

 最後は、橙と黄が混ざったような下地に同色の薄いレース時で重ねられた、スカート部分が二重になった華やかなドレスだ。こちらはレースのショールが付いていた。

 大人っぽくて、セーラは少し胸が熱くなる。

 しかし、少し不安になって、隣のソイエッテに近づくと、話をしているサヤアーヤとペレットに聞こえないように、こっそりと耳元に口を近づけた。

「私、似合っているかしら? 大丈夫?」

「ええ。とても良くお似合いです」

 ソイエッテは、珍しく笑顔を見せた。すぐにその笑顔は消えてしまったが、その一瞬がセーラはとても嬉しく思えた。

 セーラは満足すると、元の服に着替えてサヤアーヤの隣に座った。

「とても良くお似合いでしたわ」

 ペレットが少し誇らしそうに言った。

 ソイエッテに言われた時には素直に嬉しかったが、ペレットに言われると気恥ずかしくなってしまう。大人の女性だからだろうか、と思いながら、セーラはペレットに感謝を伝えた。

「素敵なドレスを作っていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、ご依頼ありがとうございます。セーラ様のお披露目まで私が専属として、引き続き作成させていただくこととなりました。精一杯努めますので、今後とも御贔屓のほどお願いいたします」

 セーラは、先ほどの一年の話がどうなったか、最後までちゃんとは聞いていなかった。

「そんな! 他の方の依頼はどうなるのかしら?」

「今回のデザイン案は私だけで作成して他には見せておりません。何より原案はセーラ様からいただいておりますし、許可を得てから他の方へ販売するのが筋ですわ。それに、他の方が先に着たという評価になってしまうというサヤアーヤ様のお考えは至極真っ当なことと存じます」

「えっ?! 評価なんて私は別に……」

 手と顔を振って、申し訳なさそうに慌てるセーラを、サヤアーヤが静かに遮った。

「それが、貴族社会では重要なことなのです。それに、それだけではないですよ」

「ええ。私は商売ですから、誰が一番宣伝になるかと問われれば、それはセーラ様に一番最初に着ていただくことです。この型は本当にセーラ様にお似合いで、いにしえの奥ゆかしさと新鮮さが両方混ざったように見えるのです」

「えっ?! ……褒めても何もお出しできませんけれど」

 セーラは懐疑的な表情になった。美を称えるようなそんな形容をこれまでされたことがない。珍しい、細すぎる、など褒め言葉ではないことしか言われたことが無かった。

 ——ボルタークには鶏ガラって言われたしな。

 自分で自分を見てもそう思うのだから、その評価が妥当なはずだ。ペレットが曇っているに違いない。

 ——職人プロなのに? まあ、残念だけど、デザインの腕には間違いがないし、まっいっか。それに、私は嬉しいし。

 ふふっとセーラは笑った。

 女性は、子供も老人もみな容姿を褒められるのは恥ずかしくも嬉しいものなのだ。否定したくなるが否定されたくはない。それが、乙女心なのである。年齢に関係なく、女性はいつでも乙女を心に飼っているのだ。

 セーラは、ふとペレットの脇に置かれた黒い布に目を留めた。ドレスの華やかさに気になって今まで気に掛けてなかったが、確かゼレットが案内すると同時にドレスと一緒に運んできたはずだ。

「ペレット、そちらは何かしら?」

「あっ、忘れてましたわ!」

 ペレットが慌ててセーラの前に広げた。

 黒いレース状の布が何枚か重ねられた、それはマントだった。フード部分はレースの布が幾重にも厚く重ねられているが、肩から下は段状になっており、どんどんと薄くなっていく。同じ黒の質の違う生地で縁取られており、ずれたりすることはなさそうだ。しかし、こんなマントは見たことがない。

 セーラは、細い糸で編まれたレースを手に取って観察した。この生地を作成するのに必要な労力と技術と価格は、見ただけで窺い知れるというものだ。しかし、村で生活していたセーラの想像は追い付かなかった。

「こちらは、第二公子様よりご依頼いただきました、セーラ様のマントでございます」

「まあ」

 リューシュヴェルドが依頼していたとは知らなかった。しかし、これは目立つのではないだろうか。

「第二公子様より、セーラ様の輝く御髪を隠すためと聞いております。しかし、高貴さは隠さずとも良いとのことで上質なものをデザインいたしました。第二公子様よりご了承いただきましたのでお持ちしたのですわ。お受け取り下さいませ」

「第二公子様が……」

 サヤアーヤも、口に手を当てて感心したように目を丸くしている。

「確かに、セーラ様が外出せねばならない状況の時には、品格を損なわないものが必要ですわね」

「品格とか高貴とか、私には不相応なお言葉のような気が……」

 気後れしたセーラが、隣に座るサヤアーヤを恐る恐る下から見上げると、流し目でにっこり笑われる。

「それでは、相応しくなってもらいましょう」

「うっ……」

 墓穴を掘ってしまったかもしれない。

 セーラは、逃げるように姿見の前に行って早速羽織ってみる。もちろんソイエッテが一緒に動いて肩から掛けてくれた。

「……素敵」

 先ほどのドレスと合いそうだ。夏だが、レースなのでそこまで暑く感じない。

「この段が素敵ですね。ドレスのスカート部分にしてみても、別の布でも素敵になりそう。そのようなドレスはあるのかしら? 私は見たことがないけれど」

 ペレットの目が少し泳いで、何やら思いついたようだ。

「暑くないように、かつ色味を隠してドレスの上に羽織って違和感のないもの、という部分のみ考えていて、ドレスに応用するなど気づきませんでしたわ」

 ペレットは慌てて立ち上がった。

「私、忘れない内にデザインを起こさないと。セーラ様、サヤアーヤ様、礼儀に欠いておりますが退出させていただいても宜しいでしょうか」

「ええ。構いませんわ」

 サヤアーヤが頷く。

「秋前には新しいものを見せてくださいね」

「承知いたしました」

 ペレットは、サヤアーヤに応えながら面白そうにセーラを見ると、ニッと笑って、出て行った。

 セーラは、思いがけないリューシュヴェルドからの贈り物を大事に抱えて、部屋に一人になってもしばらく放さなかった。

 しかし、もういいだろう、と呆れたソイエッテに取り上げられてしまった。

 ソイエッテが悪いわけでは、もちろん無い。レースの布だし、触り過ぎてどこか引っ掛けてしまっては、地の底まで落ち込んでしまうだろう。

 ただ、こういう時、思ってしまうのだ。たまに一人で過ごせる場所が欲しいと。

 南の村の大樹のような、想像や物思いに浸れる、そんな場所。たまに気を抜いて、南の村のセーラの顔が出せる場所。

 今だって完璧とは言い難いし、たまにそのまま気を抜いてしまうから、ただの甘えなんだろうとは思う。

 ——でも、自由の一歩目の目標としては、いいでしょう? 目指せ、一人の時間。あ、何かをしながらじゃない、一人の時間!

 セーラは心の中で言い換えた。館の中では目録を作成しながら一人きりだったことを思い出したのだ。

 求めているのは、そういう時間ではない。

 ——でも、しばらくは難しそうね。早く、()()()()とやらにならないと。

 セーラは、マントやドレスが入っている閉められたクロ―ゼットを眺めつつ、目標を一つ決めた。

「さあ、今日もリューシュヴェルド様から預かった知識をまとめないと!」

 セーラは執務机に座ると、意気揚々と羽ペンにインクを付けた。

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