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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第十八話

「ボルターク、リュース様へ報告があるのだけど、どうしたらいいかしら?」

 馬車に乗り込みながら、セーラは小声で話しかけた。

「どうされたんですか?」

 セーラからリュースへ報告がしたいなどということは初めてだった。ボルタークは何かあったのかと、少し周りを警戒しながら御者に発車の指示を出す。セーラはその様子を見て、さすが護衛騎士だと大袈裟に褒めたかったが、今はそんな軽口を言っている場合ではないだろう。

 セーラは開きかけた口を閉じ、席に座った。向かいにボルタークが座って視線で話を促したので、セーラは知識の館と意思の疎通が取れたことを伝えた。

「本来は報告書がいいのでしょうけれど、不可思議なことはなかなか文章では伝わり難そうで」

 セーラは肩を竦めた。

 確かに意思疎通はできたし、セーラはそのやり取りで腑に落ちた。しかし、言葉の応酬を思い出すと、どうにも他人に理解してもらえそうな内容ではないのだ。そして、それを文章にすると余計に嘘くさくなる。

 ——それからもう一つ。もう一人の加護の話は、結構重要な情報よね。

 ボルタークは頷き、セーラを送り届けた後に城へ報告に向かうと約束してくれた。

「そういえば、ネイティオが目録を写しながら、セーラ様とお話がしたいと言ってらっしゃいましたよ。いつもギリギリの時間まで室内にいるからすぐに帰られてあまりお話する時間がないですね、と」

 受付のネイティオは午後からの出勤に変更になったようで、セーラが目録を作成している時間は玄関ホールの机で目録を写しているのだ。

 残業になっていた前より楽になっただろうか、とセーラはネイティオとあまり話せていないことに気が付いた。

「そうですね。私も館に置くための目録の進捗も気になりますし、次回は少し早めに切り上げて話す時間を作ります」

「それがいいでしょう。どれくらいで終わりそうか、目途はついてきましたか?」

 セーラは、腕を組んで考えた。

「うーん。まだ一階なの。それに、多分一年では難しいかもしれないわ」

「蔵書数が多いですからね」

「そうね。これからも年二回は増えると言っていたもの……。あっ、それも相談しようかしら」

 ボルタークは、眉を上げて少し得意気な顔をした。

 ——あっ、誘導したのね。

 セーラは反射的に唇を尖らせた。よくやってしまうセーラの癖だ。サヤアーヤの前では滅多に出なくなったが、こういう時はすぐに出てしまう。

 ——だめ。反応しては、揚げ足を取られちゃうわ。

 セーラは我慢してにっこり微笑んだ。

「気づかせてくれてありがとう。一体どなたのお知恵かしら?」

 今度はボルタークが難しい顔をする。どうやら図星のようだ。

 返事を待たずにセーラは、でも、と思いつくことを説明した。恐らく、ネイティオが自分も手伝うようなことを言ってくれたのだろう。そして、ボルタークも一理あると思ったのかもしれない。

「でもね、ボルターク。新しく入って来るものはまだしも、私が全てしてしまわないといけないのは変わらないと思うの」

「なぜです?」

「だって、今作成しているものは概要も記しているんですもの」

 ボルタ―クが少し首を傾げた。

「あのね、概要を書くということは、中身を読まないと書けないわ。本一冊読んでから書くなんて、それこそ大量の人手と大量の時間を使わないと難しいわ」

 あっ、とボルタークが納得した顔をした。

「そうですね。知識を得られるセーラ様だから、作業工程が圧縮されるのか。それも、ネイティオに説明してあげてくれますか?」

「ええ、もちろん」

 先ほどと打って変わって、少しセーラが得意気な顔になったが、セーラとて自力で思ったわけではない。

 館様の話と一緒にリューシュヴェルドへ報告しようと思って想像してみたら、セーラが作成した目録がとても良いと褒められたことを思い出したのだ。それで「そういえば」、と紐づいただけだった。

 ボルタークに送り届けてもらい、多分明日にはいつ報告できるか聞けるかな、と寝る前にソイエッテに入れてもらったあたたかいミルクをゆっくり飲んでいる時だった。

 七刻の鐘もとうに過ぎ、ミルクの柔らかい香りに瞼が下がって来る。

「セーラ様、ベッドへ向かわれる前に口は濯いで来てくださいね」

「うっ……、わかってるわ」

 重たい身体をソファから離しかけた時、扉をノックする音が聞こえた。

 ソイエッテが素早く扉まで駆け寄り、「どなたでしょう?」と小さく尋ねる。

「ゼレットです。夜分遅くに申し訳ございません。セーラ様は就寝前でしょうか」

 ソイエッテは、少し扉の隙間を開けて小さく何かを話している。

 セーラは既に夏らしい薄手の寝間着に着替えており、外に出るわけにはいかない。手近にあったショールを羽織ってソファに座りなおした。扉に注意を払うものの、内容までは届かない。

 少しするとソイエッテが戻ってきた。

 ゼレットは紳士らしく、部屋に入らずに行ってしまったようだ。

「セーラ様。リューシュヴェルド様がお戻りになられるようです。報告を聞きたいと仰っていますが大丈夫でしょうか?」

「えっ?! こんな時間に?」

 セーラは驚いた。

「明日にしてもらいますか?」

 セーラは、少し考えた。

「いえ、明日はサヤアーヤ様との訓練後にマダム・ペレットが来る予定だったはず。報告もすぐにしたいことだし、まいりましょう」

「そう仰ると思って、了承しておきました」

 ——まっ、なんて仕事できる人なの?!

「……素晴らしいけど、私が断ったらどうするつもりだったの?」

「セーラ様は断らないです」

「む……」

 不本意そうにそう言うが、ボルタークが迎えに来るまでに用意を、とソイエッテに洗面所へ追いやられた。

 口を濯いで顔を洗うが、季節は夏で水もそう冷たくなく、眠たい瞼はそのままだ。

 寝間着からゆったり軽い服に着替えさせられて、髪を梳いてもらう。

「このようなお時間ですから、あまり堅苦しくない格好でよろしいでしょう」

「ソイエッテに任せるわ」

 大きく欠伸をすると、ソイエッテに窘められる。

「お部屋の中ですので、欠伸をするなとは申しません。しかし、手は添えて下さい、手は」

「ごめんなさい」

「無論、一歩外へ出たら欠伸はしてはいけませんからね」

「はい。分かっております」

 気を抜いてしまうのは、自室でソイエッテといる時が一番多い。それに比例して、怒られることもソイエッテが一番多いのだ。

 セーラは、下腹に力を入れて姿勢を正すと、ちゃんとして見せた。

 ソイエッテは淡白な表情で頷くと、持ち物の準備を始める。リューシュヴェルドから預かった知識の目録が入った箱だ。

 ——ソイエッテは、気を抜かないからなあ。自室では抜くのかしら。

 ふと、隣接している侍女部屋の扉に目をやるが、そこにセーラが入ったことはない。必要もないし、プライバシーは大事だと思うからだ。

 そうして、セーラにそれが無いことに少しだけ羨ましくなった。

 ——今はそんな場所も時間もないけれど。自由は願うわよ。館様にも宣言しちゃったしね。

 ボルタークがやってくる頃には、準備は整っていた。

「遅くなりました」

「行きましょう」

 リューシュヴェルドの執務室へ向かう途中、連絡が遅くなったことをボルタークがセーラに伝えた。どうやら、城で晩餐会があったらしく、来客が帰宅するのを待って報告したらしい。

「まさか、今から報告を聞きに来られるとは露とも思わず……」

 リューシュヴェルドこそ、領主一族にしては自由じゃなかろうか、とセーラはソイエッテに続き羨ましく思った。

 セーラ自身もそう思うことをボルタークに告げて励ましている内に、執務室に辿り着いた。

 眠気を振り払うかのように、首をぐるっと一度回して、数回瞬きをする。

 ——よし!

「お帰りなさいませ、リュース様」

 腰も締め付けていないふんわりした地味なドレスを少し広げるように挨拶をし、執務机の前までセーラは移動した。ボルタークはいつも通り扉前で立ったままだ。

 グレンフィードも、ゼレットもいなかった。

「ああ」

 リューシュヴェルドはそれだけ言うと、片手で両こめかみを揉みしだいた。

「グレンフィード様とゼレットはまだですか?」

「グレンフィードは城だ。別件で動いている。ゼレットは休ませた」

「えっ? 護衛なしでお戻りに?」

「ボルタークが代わりを務めてくれたからな」

 セーラは振り返った。ボルタークは少し誇らしそうだ。

 ——聞いてないわよ。ま、でも良かったね。憧れのグレンフィード様の代わりができるなんて嬉しいでしょう。

 リューシュヴェルドは、執務机の後ろから出てきて、いつも報告するテーブルにセーラを案内した。いつもは対面に座るが、今日はそのまま隣に座ってセーラの方へ身体を向けている。

「遅くなったが、記憶が新しい内に報告を聞いておきたいと思ってな」

「はい。私も助かります」

 そして、セーラは知識の館での出来事を報告した。知識の館と話した仔細全てだ。


「……なんと」

 リューシュヴェルドは、それだけ言うと腕を組んで目を閉じた。眉間に皺が寄っている。

 セーラはその様子を見ながら、無性にリューシュヴェルドの眉間の皺を伸ばしたくなった。

 ——いや、しないけどね。

 自分で自分に突っ込みながら、セーラはリューシュヴェルドの言葉を待った。

「一つが導き、一つが助ける。二つ揃って、精霊の希望……か」

「はい」

 理解の速いリューシュヴェルドにセーラは少々驚きながら、セーラの考えを続けた。

「私の加護が()()の方なんだと思います。『導き手を忘れるな』って言ってましたから」

「分かった。しかし、もしかしたら大変なことになるかもしれないな」

 セーラは少し目を細めた。

「どういうことでしょう?」

 リューシュヴェルドはテーブルに置かれた目録の箱を開けて、中の用紙に目を通しながら答えた。

「精霊のことは知識に入れたな?」

「はい。世界を構成する自然に宿されていることや、精霊様の種類などは理解しました。それと、知識の館は大地の精霊の眷属だと」

「領史だな」

 リューシュヴェルドは頷いた。

 領の歴史が書かれている本だ。初代は大地の精霊の加護を得たと書かれていた。セーラもきっとそうなのだろう。

「精霊は時として人を助け、人を戒め、世界を救う……」

 セーラが呟いた。何かが引っ掛かったからだ。

「そうだ。大陸分断された地殻変動の大災害は、大地の精霊の戒めではないかという話もある」

「え?! 山脈と大河ができたっていう?」

 リューシュヴェルドが頷いた。

 そうか、それで引っ掛かったのだ。ということは……とセーラは考えて、顔が青くなった。

「希望って、助けって、もしかして大地の精霊に何か危険があるってこと?!」

 リューシュヴェルドの目を見て、衝動的にセーラは言う。

「そんなの、私に関係ないじゃない!」

 リューシュヴェルドは、表情を変えずセーラを見た。

「いいか? 全部、可能性の話だ。危険がある、かも知れない。君の持つ加護は大地の助けになる、かも知れない。ただ、君は関係ないとは言えないな」

 セーラにも分かっている。話が大きすぎて反射的に拒絶してしまっただけだ。

「でも、何にもできないわ」

「する必要もないだろ?」

 簡単にリューシュヴェルドが言った。

「ただの可能性だ。それに、君が館から言われたのは、生きろ、ということだろう? 判断して決めるのは君だ、と」

 セーラは、少し拗ねた顔で頷いた。自分が子供みたいだ。

 リューシュヴェルドを見上げると、彼の口角の片側が、くっと上がった。

「何かの助けになるというなら、私の助けになってもらおう。これは最初から変わらない指標だろう?」

「リュース様の……、頭脳になる……」

「そうだ。それでいい」

「それでいいんですか?」

「そうだ。それが()()だ、と良いように解釈しておいたらいい。どうせ何かあった時はその時に判断しないといけないんだからな」

「分かりました」

 その様子を見て、リューシュヴェルドは揶揄うように言った。

「案外小心者だな」

「案外じゃなくて小心者です」

 セーラは言いきった。

「ご配慮ください」

「ははっ」

 リューシュヴェルドが笑った。珍しい顔にセーラも少し笑顔になり、二人で笑い合う。

 報告も終わって、心も落ち着くと眠気が戻ってきた。

 気づいたリューシュヴェルドがボルタークへ目をやる。

「寝かせてやれ」

「はっ」

「では、セーラ。また明日」

「リュース様、おやすみなさい」

 ちゃんと報告ができたのかどうかは分からない上に、目の前のことしかできないジレンマも少々感じながら、セーラはその日を終えた。

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