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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第十四話

 移動した部屋は比較的小さく、丸いテーブルが真ん中に置かれていた。ちょっと寛いで話し合いができるような部屋だ。

 簡素であるのは主がリューシュヴェルドだからかもしれない。

 ゼレットがお茶を用意し、ボルターク以外の四人が席に着く。ボルタークは扉前で護衛だ。

「ボルタークを参加させたのは、セーラの今後のことや進捗状況の同一認識が必要だと思ったからだ。よく聞いて、有事の際に判断に迷うことがないように」

「はっ!」

 ボルタークが敬礼して、姿勢を正す。

 お茶を一口飲みながら、リューシュヴェルドがセーラに尋ねた。

「セーラ、この一週間どうであった?」

「はい、部屋から出ない身ではありますが、毎日新しいことに触れ、充実しておりました」

「そうか」

「あっ、私、リュース様に謝らないと、と思っていたのです」

「……何をした?」

 怪訝そうにリューシュヴェルドが尋ねる。

「私、毎日報告のお手紙を書こうと思っていたのですが、夜帰ってくると疲れてしまい、書かなきゃと思いながら寝てしまうのです」

 ため息を吐きながら出来なかったことをセーラが伝えると、リューシュヴェルドが頷いた。

「構わん。それぞれから報告は来るし、君は休憩もしていないと聞いている。私が定期的に戻ってくるようにしよう」

「まあ。それは嬉しいです」

 セーラの下がった眉がすぐに上がり、顔が紅潮する。

 ——話せる方が嬉しいわ。

「ああ。励むように。それで、君の視点での報告を聞こうか」

「かしこまりました」

 セーラはまず、館の目録に不備があること、リューシュヴェルドから預かった目録も作成していること、どこまで進んでどのように整理しているのかを木箱を開けて目録を見せながら報告した。

「順調だな。それから、私が与えた本についてだが、これは預かってもいいか?」

「もちろんでございます。リュース様のためですもの」

 リューシュヴェルドがゼレットに渡した。ゼレットが確認するように目を通して頷いている。

「目録の不備については、それで構わない。君が作成したものを基準とするようネイティオへ指示しよう。そうだな、君が作成したものを預けてネイティオに写してもらうのが妥当か。ゼレット、ネイティオの勤務時間は変更できるか?」

「かしこまりました。今は長くいる分、間で長く休憩を取ってもらう形になっていますが、それでは大変でしょう。調整いたします」

 リューシュヴェルドは頷いて、館の目録をセーラの前に返却した。ネイティオへ預ける必要があるので、その整理もしておいた方が良いだろう。

 セーラは、目録を纏めて箱へしまいながら、リューシュヴェルドへ尋ねた。

「一つ聞いてもいいでしょうか?」

「なんだ?」

「何だかリュース様が嬉しそうに見えるのですが、なぜでしょう?」

 セーラがリューシュヴェルドから預かった目録を確認した辺りから、少し目が輝いているような気がした。切れ長の目なので分かりにくくはあるものの、また初めて見る表情だったので気になったのだ。

「なぜ? 当たり前であろう? 君には分からないのか?」

「え? 当たり前ですか?」

 セーラはまったく分からず目を丸くする。

 リューシュヴェルドは、「いいか?」と言いながら、先ほど預けたまとめから一枚選び、セーラの前へ出した。

「君が書いてくれたものだ。これとこれ、それからこれ。これは出版年が最近のもので、私も読んでいない。つまり、どういうことか分かるか?」

「えっ? リュース様が読んでいない?」

「そうだ。つまり、君の概要を見て把握は出来るし、必要な時は君から得れば良い。私は、本を読む時間を別のことに充てられるのだ。とても効率がいいとは思わないか?」

「……つまり、私が役に立つ、ということですか?」

 リューシュヴェルドから聞かれたことの答えにならず、逆に質問になってしまったが、セーラは思わず聞いてしまった。

「ああ、もちろんだ。予想はしていたが、実感が沸くと嬉しいものだ。それにこれだ」

 リューシュヴェルドは羊皮紙を手に持って振った。セーラは首を傾げる。

「出版年は先ほど言ったが、題名や著者だけじゃなく、版元、概要、必要なことがすべてあり、それも簡潔に記されていて分野ごとにも整理されている。最初の方は……字が曖昧なところもあるが、私はこれに目を通すだけで王都か他領か、それとも領内で出版されたものか、何について書かれているのか、深堀する必要があるかないかなど、すぐに分かる」

 リューシュヴェルドの言葉に、ゼレットとグレンフィードも「ほう」と驚いた声を上げた。二人も目録に目を通して頷いている。セーラが、丁寧に見直して、誤字も修正した結果がその言葉に集約されていた。

 ——褒めるのが苦手……じゃないよ。

 セーラは、これ以上ない喜びを感じていた。

 初めてだ。初めて、他の人と同様ではなく、()()()()()()()()()()人の役に立てたのだ。

 リューシュヴェルドは褒めたつもりはないだろうが、こんなことを言われて喜ばない人間はいないだろう。それも、雲の上の貴族だ。

 その人の役に立つことが、引いては領民の役に立つということにも繋がるだろう。そうすれば、セーラは社会と切り離されず生きていると言えるのだ。

 人と離れて籠っていても、頑張った結果がすぐに現れたことに、セーラは感動した。

 その表情をちらっと見たリューシュヴェルドがぎょっとした顔をする。

「こら!」

 なぜか怒られる。

 ゼレットとグレンフィードがこちらを見て、目を逸らした。

 セーラが涙を堪えていたからだ。多分すごい顔をしているだろう自覚が、セーラにはあった。

 ——駄目だ! 今日は泣いては行けない! 悲しいわけじゃないでしょ?! 私! 頑張れ!

「淑女は感情を出してはいけないのだと教わらなかったのか?」

 セーラが、「だって……」と言った瞬間、止まらなくなる。自分への鼓舞は無意味だった。

「くそっ。ゼレット、グレンフィード、一旦部屋を出ろ。ボルタークもだ」

 すかさずリューシュヴェルドが指示を出した。

 ゼレットとグレンフィードは指示にすぐ従って席を立つが、ボルタークが「しかし……」と渋る。

「何か? 私ではセーラを守れないとでも?」

 眼光を鋭くして見やると、ボルタークは敬礼をしてすぐに退室した。

 セーラは、扉が閉まった瞬間、我慢できなくなり顔をくしゃくしゃにして泣いた。この間のなぜ泣いているのか分からなかった涙とは違う。今日のこれは、感情を揺らしてくるリューシュヴェルドのせいだ。

 リューシュヴェルドは、「どうしろというのだ」とため息を吐きながら独り言ちると、セーラの隣の席から荒々しく椅子を寄せた。どかっと長い足を投げ出すように座ってセーラの方へ向いたまま頬杖を付き、また一つため息を吐く。

 セーラが止まらない涙を拭いながらリューシュヴェルドを見ると、眉間に深く皺が寄っている。頬杖を付いたままセーラを見下ろす目は、怒りこそ見えないものの鋭い。

 セーラはその目を見た瞬間、ゾクっと背を何かが走るのを感じた。怖いわけではない。では何の感覚だというのか、セーラには分からなかったが、見下ろすリューシュヴェルドの片目の視線から目を離せない。

 リューシュヴェルドは無表情の顔を変えずにセーラを見て、泣き止むのを待っているようだ。

「ひっく……リューシュヴェルド様、ボルタークのことは怒らないでください」

「は?」

「彼は、護衛として私から離れちゃいけないって思っただけなんです」

「は?」

 しゃくりあげながらボルタークの弁明をするセーラに、リューシュヴェルドは短く聞き返すだけだった。

「それに……グレンフィード様とボルタークには、もう思い切り泣いているところを見られているので……うう……」

「はあ? ボルタークもグレンフィードも関係がないだろう」

 何を言うのだ、と少し怒ったようにリューシュヴェルドは言った。それでも、頬杖を付いた姿勢は変えない。

 ひとしきり泣くと、少し落ち着いてきたようだ。セーラは鼻を啜って、もう一度リューシュヴェルドを見上げる。

 何と、まったく表情が変わっていない。ずっと待っていてくれたようだ。

 もう一度ずずっと鼻を啜って、セーラはおずおずと話しかけた。

「ごめんなさい。でも、リュース様が、役に立つって言うから」

 そう言うと、リューシュヴェルドは漸くセーラから目を離した。目を閉じて天井を仰ぎ、はあ、と大きなため息を三度みたび吐く。

「何をどうしたというのだ? 分からん」

「前も言ったと思いますけど、私は今まで役に立ったという実感を得ずに生きてきたんです。ここに来て、いきなりあんな顔されたら、嬉しくなるのも道理じゃないですか?」

 セーラは、許しを請うようにリューシュヴェルドの脇に垂れ下がったマントに触れて言った。

「つまり、私が何か君を傷つけた訳ではないのだな?」

「え?」

 セーラは真っ赤な目を見開いた。  

「逆です。リュース様は褒めるのが下手と言いましたが、喜ばせることはとても上手ですね。あんなに感情を揺らされたのは初めてです」

 マントを指先で握ったまま、セーラはふっと笑った。

 リューシュヴェルドはセーラから目を逸らしてテーブルにもたれかかると、片手で両こめかみを揉み始めた。

 しばらく揉んだ後、リューシュヴェルドは一言言った。

「……君は、下手だとは言っていないぞ」

 そうして、身体はテーブルへ向けたまま、視線だけ流れるようにセーラへと向けた。

 ——うわ。綺麗。

 その視線を向けられた瞬間、セーラの心の中に、思わずそんな言葉が出てきた。切れ長の目の横から来る視線を美しいと思うことすら初めてだ。

 リューシュヴェルドは、そっと手を持ち上げ、セーラの髪の先を触った。しばらく確かめるように触って、ぽつりと呟く。

「やはり、伸ばしなさい」

 リューシュヴェルドは、セーラの涙が止まったのを確認すると、返答を待たずに扉へ向かった。

「ボルターク、ソイエッテを呼びなさい。ゼレット、グレンフィード、打ち合わせは明日の朝食後に持ち越す。私は邸に泊まるので準備を頼む。あと、サヤアーヤの午前の訓練は中止するが、報告が聞きたい。昼食だけこちらに来れるように手配できるか?」

「はっ」

「仰せのままに」

 三人は首を垂れると、すぐに動き出した。

 リューシュベルドはセーラを振り返ることなく、そのまま出て行く。

 やってきたソイエッテに顔を見られると、「まあ」と少し引かれたが、後の祭りだ。

「ごめんなさい」

 それだけソイエッテに言うと、返答はなかったが、ショールを持ってきてくれたようで頭から被せられた。顔を隠せてちょうどいい。

 ソイエッテの気遣いに感謝しながら、ボルタークの護衛で部屋へと戻った。

 ボルタークもソイエッテも何も言わなかった。

 ——皆、ごめんなさい。

 感情の制御、これは、セーラが一番真剣に取り組まなければならない難題なのかもしれない。

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