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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第十三話

 セーラは、重厚な扉の前で少し緊張していた。

 七日が経ち、成長がまったく見えないとでも言われたら、という怖さと重圧が圧し掛かってくる。そして、泣いてしまった失態も挽回しなくてはならない。

 セーラはふう、と大きく深呼吸すると、セーラの両横にいるソイエッテとボルタークにそれぞれ目を向けた。ソイエッテは目録の入った箱を持っている。

 ボルタークが重厚な扉を開けると、別邸の食堂は既にいい匂いが充満していた。

 腹の音が鳴らないように既に少量の菓子で対策済みではあるが、こういい匂いだとお腹が空いて仕方がない。

 セーラは笑みを忘れず、真っ直ぐ前を見て食堂へ入って行った。

 一番奥にリューシュヴェルドが、その右斜め後ろにグレンフィードがいる。左にはゼレットが立っており、初めてこの邸で会った時と同じだ。

 変わっていないことに少し安心して、セーラはリューシュヴェルドの近くまで行き、片足を引いて挨拶をした。

「お帰りなさいませ、リュース様。お会いできることを心待ちにしておりました」

 胸中はどうあれ、セーラは顔を上げてにっこりと微笑んで見せる。

「久しぶりだな、セーラ」

 相変わらずの眼帯に、切れ長で涼しげな目をしたリューシュヴェルドが、目を一層細めた。笑みがこぼれたわけではないが、セーラの変化に何か感じ取ってくれたのだろうか。

 セーラは期待しながら、リューシュヴェルドに促されて席に着いた。

 ボルタークが後ろに立ち、ソイエッテは荷物をどこかへ置いて給仕の用意を手伝いに行ったようだ。

「君は、そうだな」

 唐突にリューシュヴェルドが言った。

「髪を伸ばしなさい」

「え?」

 ——え? なんと! いきなり想定外!

 てっきり、この邸での生活はどうかとか、訓練に励んでいるかとか、天気のこととか、そういった差し障りのない会話から始まるのかと思っていた。

 社交の訓練は確かにまだだが、セーラの常識が違うのだろうか。貴族は、下位の者に対しては答えしか言わないのだろうか。で、あれば、とセーラは考えた。

 ——何が正しい答えか分かんない。

 表情に出さないようにしたつもりだが、固まってしまったのが分かったようだ。

 グレンフィードが、くくくっ……と精悍な肩を震わせ、ゼレットは呆れた顔をしてため息を吐いた。

 ——でも、こんなの無理よ! 礼儀知らずなのはもともと、分からないことは聞かなくっちゃ。

 そう思いながら口を開けると同時に、ゼレットが進言した。

「リューシュヴェルド様、唐突に何ですか? セーラ様が驚いているではありませんか」

 ——ゼ、ゼレット様! ありがとう!

 思わず心の中で敬称を付けて感謝をする。もちろん、胸の前で手は組み、感謝の涙まで流す始末だ。セーラの心の中では、だが。

「そうか?」

 ゼレットの言うことが分からないかのように、リューシュヴェルドが首を傾げると、グレンフィードがまた肩を震わせた。

「くくっ……、セーラ。リューシュヴェルド様は、セーラの髪が綺麗だから今後結えるように伸ばした方が良いだろう、と仰ったんだ」

「え? 言葉を短くしすぎでは……?」

 セーラは驚いた。要約しすぎて意味すら分からない上に、そこから汲み取れるグレンフィードに尊敬すら覚える。

「リューシュヴェルド様は、女心には少し疎いお方でね。男からすると、命令も指示も質問の答えも簡潔明瞭だから助かるんだが、女性には不親切だな」

 明らかに揶揄い口調で言うグレンフィードを振り返りもせず、慌てる様子も否定する様子もなく、リューシュヴェルドは仏頂面で言った。

「それが分かる御仁は、神にも等しいな」

「くくくっ」

 グレンフィードが肩を震わせると、セーラの後ろからふっと漏れる鼻息が聞こえてきた。恐らく、ボルタークも堪えているのだろう。ゼレットは呆れた顔をしたままだ。

 セーラは、単純に驚いた。初めて会った時は、知的で堂々たる大人の男性で、むしろ王様然とした人だと認識していたが、こうして違う顔を見せられると混乱してしまう。まるで……そう、まるで、若い男の子、のようではないか。

 しかし、セーラは年齢を尋ねることを控えた。大人の男性に向かって、男の子だなんて多分、ちょっと失礼だ。

 自分の髪が褒められたことはまったく気に留めず、セーラは新しいリューシュヴェルドの顔を自分の記憶と融合させるのに少し時間を要していた。

 そして、グレンフィードの言葉にふと気になった。

「あの……発言してもよろしいでしょうか」

「許可しよう」

「グレンフィード様、私は、その、グレンフィード様にも敬称を付けてはいけないのでしょうか」

 村へやって来たグレンフィードは、雲の上だった。そして、確か騎士家系の上位貴族であり、サヤアーヤ先生の弟だ。その人に対して、グレンフィードと呼ぶのは恐れ多いにも程がある。

 グレンフィードではなく、リューシュヴェルドが答える。

「そうだな、好きにしなさい」

「え?」

 また簡潔な答えが返ってくる。

 そういや、最初の時も最初に答えがいきなり返って来ていたことを今更ながら思い出す。セーラはリューシュヴェルドに驚かされてばかりだ。

「いや、グレンフィードの祖父は私の祖父の弟で、初代領主の血を引いている。それに……、いや、この話は後にして、まずは食事をいただこう」

 リューシュヴェルドは話を一旦切った。その言葉と同時に、給仕が動き出す。ゼレットがリューシュヴェルドの後ろに控えており、今日はヒースリーがするようだ。セーラの給仕は今までと同様ソイエッテがしてくれる。

 食卓が整っていく中、セーラは考えていた。

 ——ボルタークは確か加護持ちのことを、領主一族よりは下、それより上って言ったよね? この場合は? グレンフィード様も領主一族ってこと? 一族ってどこからどこまで?

 しかし、これは後で聞いてみるしか方法はないだろう。頭を探ってはみたが、言葉の意味は分かってもセーラの疑問の解消には繋がらなかったからだ。

 むむむっ、と少し難しい顔をしたものの、温かそうな良い匂いにつられて、眉間の皺が和らいでいく。

 セーラは食事マナーに気を付けないと、と問題を脇に置いて気持ちを切り替えた。


 食事中は無言だった。

 会話をしてはならない、というマナーはないはずだ。

 口に物を入れたまま話をしてはいけない、というのはサヤアーヤから聞いている。しかし、マナーを守った上で会話を楽しむのが貴族というものだと教わった。

 セーラは、サヤアーヤから言われた通りに椅子へ浅く腰掛け、姿勢を伸ばし、上手にナイフやフォークを使って注意深く口に運ぶ。

 話したいことはいっぱいあったし、何か会話を、とも思ったが、この状態で発言すること自体、自分が空回ってしまう想像しかできない。

 必然的に、黙々と食事は進んでいった。

 リューシュヴェルドの顔を伺うと、無表情ではあるものの不機嫌ではないようだ。美味しそうに食べているので、久しぶりの別邸の食事を楽しんでいるのだろうか。

 しかし、リューシュヴェルドはセーラの方をまったく見なかった。

 これはいただけない。

 セーラの訓練の成果が——そんなに自信はなかったけれど——分からないではないか。

 ——こっち見てよ!

 でも、見て欲しいと直接的に言うと駄々をこねる子どものようだ。それに、音や何かで惹きつけようとすると、途端にマナーに反してしまう。

 あれこれとセーラはやきもきしたが、そうこうしている間に食事が終了してしまった。

「どうだ? 美味かったか?」

 ナプキンで口を拭いながら、リューシュヴェルドが尋ねた。

 セーラは、「美味しくいただきました」と笑顔で答えるが、表情を隠すことにまだ成功していないからだろうか、リューシュヴェルドは目敏く問いただした。

「何か不満が?」

「いえ」

 グレンフィードとゼレットもセーラを見ている。

 三人とも黙っているので、セーラは少し上目遣いになりながら、おずおずと言った。

「マナーに反していたら申し訳ございません。でも、一生懸命訓練したのに、リュース様全然見てくれないんですもの」

 少し口が尖るのは仕方がないだろう。

 リューシュヴェルドは、少し目を大きくしてセーラを見る。

「いや、少々頑張っている感はあったものの、問題ないと思っているが?」

「え? まったく私をご覧になってないのに、どうしてお分かりになるんですか?」

 セーラは驚いた。セーラがリューシュヴェルドをよく見ていたから分かる。見ていないはずだ。

「君に見えていないところで見てるんだろうな」

 少しにやっとしながらリューシュヴェルドが言った。

 ——どういうこと? ……でも、そうね、問題ないなら……。

「では、どうでしたでしょうか?」

「なに?」

「何か気になるところなどはございませんでしたか?」

「ないだろう。サヤアーヤは良い教師のようだ」

「……。もちろん、その通りでございますが」

「何が言いたい?」

 セーラは、押し黙った。これを言うのはもっと子どものようだ。

 それを見ていたゼレットは、気付いたのだろう、リューシュヴェルドへそっと耳打ちする。

「ああ、そういうことか。よくやった。これでいいか?」

 ——なんと!

 セーラは目を丸くした。同時に思い出したのは、ソジュの笑顔だ。

 ソジュは、セーラが何かできた時、一緒に喜んでくれた。セーラはすごいと、よく頑張ったと頭を撫でてくれたものだ。

 セーラはそれがとても嬉しかった。褒められると嬉しくてもっと頑張りたくなった。

 それが、人に示された挙句、おざなりに言われてもまったく嬉しくない。セーラは褒め方というのはとても大事なのだと初めて気が付いた。

 落ち込んだセーラは、「もういいです」と返事をした。

「ありがとうございます。リュース様は褒めることがお上手ではないようですから、我慢いたします」

 後ろでひゅっと息を呑む音が聞こえた。

 ボルタークが、自分に対する物言いと同じように言い切るセーラに驚愕したに違いない。第二公子が相手だ。不敬にも程がある、とでも言いたいのだろう。

 ——―違うもん。ボルタークだったら、下手くそだからお勉強してください、の一言ぐらいは言ってるもん。

 セーラは落ち込んで、少し拗ねた気持ちで下を向いた。

「ああ、我慢してくれると助かる」

「え?」

 思った回答ではなかった。怒られてもいいと思って発言したものの、不敬だと怒られるかと思ったのにいたって普通の調子で返ってきた。

 思わず顔を上げてリューシュヴェルドを見ると、少し困った顔をしている。セーラを見てはいなかったが、一筋の髪も落ちていないきれいな額に少し皺が寄っているのを見てセーラは気付いた。

 ——これはもしかして、自分でも不得手だって知ってる? ……何か、リュース様、かわいいな。

 それこそ不敬にもそう思って、セーラの落ち込んだ気持ちは浮上した。大人の男性にそんな感情を覚えることは初めてだ。

 セーラも感情を隠すことは頑張ってもできていないのだ。できない、苦手なことを強要するなんてことができるはずもない。それも、雲の上に。

 セーラは、マナーではなく、心からの笑みが出た。

「では、私頑張って、もっと褒めていただけるように努力しますわ」

「……期待はするな」

 セーラがにっこりと笑うと、リューシュヴェルドがゼレットに手を挙げてこの後のことを指示した。

「この後は別室で報告を聞く。ゼレット、お茶の用意を。ゼレットとグレンフィード、ボルタークのみ参加を許可する。他の者は片付けて自室へ戻るように」

 セーラたちは、食卓から続いている隣の部屋へ移動した。

 目録の箱は、ボルタークがソイエッテより預かって移動させる。

 ——報告することを考えておかないと、漏れてしまうかも。何かに書いておけば良かったわ。

 セーラは少し後悔しながらも、黙って移動しながら一つ一つ報告すべきことを思い出していた。

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