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終わらない物語 - Beyond -  作者: irie
第一部 初めてとの出会い
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第二章 加護の探究 第十二話

 あれから、何日か経った。

 毎日サヤアーヤと午前中は訓練に勤しみ、午後はリューシュヴェルドから送られる本を纏めたり、マナーの自主訓練を行っている。

 休憩は、湯浴みの時と夕食の時くらいだ。それにしたって訓練を思い出しながらで、欲望に駆られて齧り付くように食事をすることなどできるはずもない。

 知識の館には毎日呼びかけるものの、返してくれたことは一度もなく、セーラは一人で黙々と目録を作成する日が続いた。

 帰りは疲れ果てて、ボルタークと会話をするのも億劫になるほどだ。さすがに初日のように眠りこけてしまったりすることはなかったが、目を閉じて馬車の壁に寄りかかって襲ってくる眠気と戦った。

 七刻の鐘が鳴って部屋に到着する頃は、へとへとだ。すぐに寝間着に着替えさせてもらって、髪を梳いてもらうと布団に潜り込む。布団の中であれこれと思いを巡らせるのがとても好きだったが、色々考える前に眠気に抗えなくなってしまう。

 そうして、いつもそこで思い出すのだ。

「リュース様に、報告のお手紙、今日も書いてない……」

 そうして、誘われるように夢の世界へ落ちていくのが、ここ数日のセーラの日常だった。

 身体は疲れ果てていたが、確かに習得したものが身になっていることもセーラには感じていた。

 サヤアーヤの「違います」は最初に比べたら減った、と毎日思えるように頑張った。新しい訓練が始まるとまた増えるが、それも次の日には減らそうと努力した。

 そして、それは必ずそうなっていたのだ。セーラは、充実した気持ちも覚えていた。

 ——まったく言われない日が来る、って今は少し想像できるかも!

 最初は、できる気がまったくしなかったことが、できる未来が想像できることへ変化しただけでも、セーラが進んでいる証拠だ。

 それに、リューシュヴェルドから送られた知識のまとめや、知識の館の目録の量が増えるたび、これも達成感に繋がっていく。膨大な量の知識が収められている館だが、それでも進んでいる。

 それをセーラは感じていた。

 身体の疲れと気持ちの充実は、確実にセーラを成長させる要素になっていることにセーラ自身はまったく気づかなかったが、忙しく追われる目の前の仕事を一生懸命片付けることをとして、日々生活していた。

 身の回りのことはソイエッテがしてくれることが、セーラには本当に助けになっていた。

 身の回りのことを自分でしていたのならば、ここまで訓練や目録作成に没頭することはできなかっただろう。

 ソイエッテとの距離はまだ縮まってはいなかったが、彼女の仕事は丁寧で細やかなのだ。

 ——これが、淑女が侍女を必要とする理由なんだわ。訓練を終えた立派な淑女ともなれば、他にすることが色々あるだろうし。

 それが何かはセーラには分からなかったけれど、サヤアーヤからはその内、芸術や舞踊の素養について訓練の幅を広げることを聞いている。

 それも毎日するようになったら、と思うと、変わっていく自分を少し怖ろしいようにも感じながらセーラは久しぶりに落ち着いた朝を迎えた。

 朝食を終えてソファにゆったりと座り、目録を見直す。

 今日は休みなのだ。

 一週間に一度、全知の日は休みだと昨日ゼレットとサヤアーヤから聞いた。その時に初めて日付の感覚を忘れていたことにセーラは気付いた。

 全知の日は平民も皆休みの日だ。もちろん、畑仕事や警備など休めない仕事もあるが、店は閉まるし職人も休む。

 そして、翌日の創造の日から人々は働きだす。火精の日、水精、木精、金精、土精の日と続き、全知の日がやって来る。そうして七日を巡るごとに少しずつ季節が変わっていくのだ。

 今日は、ソイエッテも休みだ。本来休みは交代制で、主が一人にならないように用意されるのが常らしいのだが、この邸ではそうは言っていられない。セーラのために人員は極力少なくしているのだ。

 かと言って、休みを取らせないわけにもいかない。一日のほとんどの時間、セーラが部屋か知識の館にしかいないためにすることが少ないとは言え、週に一度の休暇は必要だ。

 ボルタークもそうだ。本来は変わりの護衛騎士が必要だが、今は許されていない。

 そのため、セーラは部屋から一歩も出ないことが休日の条件となった。本当の意味で()()ということだ。

 食事は料理人が作り置き、ゼレットが、この邸で休養するということで部屋まで来て一緒に食事を取ってくれたのだ。

 休みにならないのではないか、とも思ったが、笑顔で大丈夫だと答えてくれた。そして、交代制の仕組みについて教えてくれた。

 交代勤務ができることが使用人や護衛の最低条件になる、ということを、セーラは今後考えていかねばならない立場になるだろう、とゼレットは言った。それを踏まえた上で、専属や側近の人選を行わなければならない、と。

 そんな未来の話はそれこそセーラには想像が付かなかったが、心には一応留めておこうと思った。

 そして、なぜそんな話をしたのかを、ゼレットは笑みを浮かべながら左腕を指して示した。

 セーラが自分の腕を見ると、半袖の袖口部分に着けられたリボンが歪んでいた。今日は自分で着替えたのだが、袖のリボンを結ぶのはとても難しかったのだ。顔を赤くして隠したが、これは、侍女がいないと着れない服だ。平民はそんなところにリボンは付けない。そもそも結べないからだ。

 侍女が着付けるという仕事にも意味があることに気づき、セーラは改めてソイエッテに感謝した。

 そして、侍女や護衛の交代制の話も身に染みたのだった。


 そうして一人になると、やって来るのは、暇だった。

 四刻の鐘が鳴るまでは誰もやって来ない。

 できることは、と部屋を見回してみたが、そもそもどうしていいか分からない。

 村にいた時は畑や果樹園があったのでやることはあったし、生活に直結する家事などの仕事には休みなんてない。

 時間が空いたら外に飛び出してカナエに会いに行ったり、家の中で何もせずにじっとしていることなど、今までなかったのだ。

 で、やっていることは、今まで書き溜めた目録の見直しと整理である。

 紙も高価なので、何度も書き直すわけには行くまい。そのため、見直して次回の作成時に活かせるような注意点を見つけていく。

「これは、仕事になっちゃうかな。でもやることないし……」

 今日は晴れているが風が強いようで、窓の外を見ると葉っぱが舞っている。

 サーっという風の音を聞きながら見直していると、集中力が増していく。ソファで見直していたが、誤字をいくつか発見してしまった。

 執務机で羊皮紙を削って書き損じを修正していると、いつの間にか時間が経っていたようだ。

 日が高く昇っているので、もうすぐ四刻かも知れない。

 セーラは一区切りつけると、羊皮紙を丁寧に箱にしまって戸棚に直す。

 四刻の鐘が鳴ってゼレットが来るまで、歩く訓練の続きをしよう、といつもの午後の自主訓練の時間と変わらない過ごし方をしていると、鐘が鳴っていないのにゼレットがやってきた。

「あれ? 四刻の鐘もう鳴りましたか?」

 セーラが驚いた。聞こえなかったからだ。しかし、ゼレットを見ると食事のワゴンを押しているわけではないようだ。

「いえ。取り急ぎご連絡を、と思いまして。本日夕刻にリューシュヴェルド様が別邸にお戻りになります。夕食をご一緒に、と指示がございましたので」

「まあ! お久しぶり……何日ぶりかしら?」

 日付の感覚が抜けていたセーラが、指を折って数えだすと、ゼレットが笑った。

「ちょうど七日振りでございます、セーラ様」

「そっか……いえ、そうですか。ご報告できていなかったので、お会いできるのが楽しみです……って、ええ?!」

 セーラはいきなり慌てた。今日は、ソイエッテがいない!

「わっ、私、服とかどうすれば……!!」

「セーラ様、落ち着いてください。今、ソイエッテや料理人など、外に出ている使用人に急ぎ戻るようヒースリーを使いに出しました。午後早い時間で戻るでしょう」

「そうなんですか?」

 少し涙目になったまま、縋るようにゼレットを見つめる。

「ええ。それに使用人につきましては、この邸に部屋を賜ってますし、今のこの状況ですから邸を出る時は必ず報告を貰っているのでどこにいるかは把握しております。ソイエッテは実家に帰っていますが、貴族街の中ですし大丈夫でしょう。ボルタークは本日グレンフィード様宅で訓練しているはずですので、恐らく情報は先に行っているかと」

 セーラは口調を直すのも忘れて、安堵した。

「良かった~! リュース様は今日が全知の日だって知らないのかしら? 使用人のことも考えてくださるといいのに!」

「いえ、もちろん、ご存知ですよ。でも、リュース様の執務が緩やかになるのもまた、全知の日なのです。そんな時に別邸に帰って来ることに何の支障がございましょうか」

「……そうですね。使用人が少ないのは私がいるからだわ。非難するようなことを言ってごめんなさい」

「セーラ様の美徳は素直なところでございますね。訓練はしても、そこは無くさずにいてくれたら、私はとても嬉しく思います」

 にっこり笑ってゼレットが言う。

 セーラ自身に価値があるように言ってくれるゼレットの言葉に、セーラも嬉しくなった。

「ええ……ええ! きっと!」

 セーラは元気に返事をする。

「では、できることは今はありません。丁度良く四刻の鐘も鳴りましたし、昼食の時間といたしましょう」

 四回ゆっくりとなる鐘の音を指すように人差し指を立てながらゼレットは言うと、昼食を取りに部屋を離れた。


 セーラとゼレットが昼食を食べ終わる頃に、ヒースリーが戻ってきた。セーラの部屋には入ってはいけないと指導されているようで、扉越しにゼレットへ報告する。

 使用人たちが戻って準備を始め出したようだ。

 その後、ソイエッテが戻り、ボルタークも戻ってきた。

 内心戻って来なかったらどうしよう、と思っていたセーラはほっとしながら、ソイエッテに謝った。

「ごめんなさい。折角の休日だったのに」

 ソイエッテは、何を言うのか、と少し驚いた目をしながら言った。

「いえ。セーラ様が謝ることではございません。仕える邸の主が帰ってくるとなれば、準備するのは当然のことにございます。それに、私はセーラ様が湯浴みや夕食を早い時間に済まされますので、昨日から帰宅させていただきましたし、一晩家族と過ごせたので問題ございません」

「そう言ってくれて嬉しい。そして戻ってくれて嬉しいです。本当にありがとう!」

 ソイエッテの有難みを午前中噛みしめていたのだ。大袈裟にも思える感謝に、ソイエッテは数歩下がりながら微妙に笑みらしきものを作り、ドレスを選んでくることを伝えクローゼットに向かった。

 ふと振り返って、セーラの袖のリボンを整えることを忘れない。

 ——こういう、痒い所に手が届くような、そんな感じ。私、やっぱりソイエッテは好きだわ。

 ふふっと満足そうにセーラは笑うと、ちょっとむくれた顔をしながら扉前に立つボルタークに近づいた。

「セーラ様は私には労いの言葉はないんですか?」

「あら? だって午前中はグレンフィード様と訓練だったとか。憧れの先輩と一緒だなんて、良い時間を過ごせたのでしょう?」

 むうっとさらにボルタークは剥れて横を向く。

「良い時間でしたよ。城からグレンフィード様へ連絡が入るまでは」

「そうですか。それはお気の毒に」

「おきっ……!!」

 ソイエッテと違う扱いに、ボルタークが目を向いた。

「良いんですよ? この後の会食にボルタークがいなくて、グレンフィード様やリュース様に不審に思われても構わないのでしたら、訓練にお戻りいただいても」

 手の平を上にして扉の方向を示すと、ボルタークが仏頂面を通り越して無表情になった。

「そう言うことではありません」

「ボルターク、冗談です」

「なっ……!」

「あはは!」

 セーラは快活に笑うと、ボルタークは不機嫌になる。いつもの二人だ。

 ボルタークはため息を吐くと、少し顔を和らげて言った。

「でも、セーラ様に笑顔が戻られて何よりです。最近は張り詰められたお顔をされていらっしゃったので」

「そう?」

 確かに疲れてはいたが、そう見えていたのだろうか。首を傾げるとボルタークが頷いた。

「はい。ちゃんと休養ができたようですね。午前中はどのように過ごされていたのですか?」

 目録の見直しと誤字の修正、それから歩き方の自主練の話をすると、ボルタークの目が点になった。

「貴方は……。でも、まあ、気分が良いならもうそれでいいです」

 どうやら諦めたようだ。

 ふふんっとセーラはもう一度笑うと、ドレスを何点か持ってきたソイエッテへと向き直る。

「どれがよろしいでしょうか」

「ソイエッテはどう思いますか?」

「この薄い水色はまだ袖を通されていらっしゃいませんし、夏らしくていいと思いますが」

 スカート部分がふんわりして軽やかなドレスだ。

「良いと思います。でも、やっぱり少し大きそうだわ。合う腰紐はあるかしら?」

「深い青の長い布がありますので、これで調整いたしましょう」

「ええ、いいわ」

 ドレスも決まったので、しばらくすることがなくなった。

 急いで戻った二人に自身の身を整える時間を与え、セーラは改めて自主訓練に精を出した。

 今度は、リューシュヴェルドに報告することを思い浮かべながらだ。

 ——多分、夕食の後に報告の時間があるはずだから……。え~っと、まずは、目録をお渡しして報告でしょ? リュース様から預かった知識の分も! 後、知識の館様が話してくれないことと……ネイティオから聞いた館の目録のこと。サヤアーヤ先生との訓練の成果……これは実際にやってみることで報告になりそう。食事と言葉遣い、それに振舞いには気を付けなきゃ! 後は~……あっ、服のお礼もしなきゃ。まだ出来上がってないけど。

 呼吸を忘れず、顎を引いて姿勢を伸ばし、頭を揺らさないように部屋の中を歩きながら一つ一つ頭の中で数えていく。

 こんなところだろうか。文字に起こそうとするととんでもない量になる恐れがあるが、思ったより単純に終わりそうだ。何より、サヤアーヤとの訓練が文字ではなく実技で報告というのが単純になる大きな要因である。 

 ——その分、重圧も半端ないけど。

 湯浴みの時間まで、セーラは必死に自主訓練を繰り返した。

 でも、ワクワクもしているのだ。

 久しぶりのリューシュヴェルドにグレンフィードである。

 あの眼帯の涼やかな眼差しを思い出すと、セーラは途端に前回のことを思い出して蒼白になった。

 ——そうだ! 私、泣いてしまったんだ。ああ~! 忘れてたのに、思い出しちゃった! リュース様が忘れてますように!

 ソイエッテが戻って来て胡乱な目でセーラを見るまで、鏡の前で膝を曲げた挨拶の姿勢のまま、セーラは恥ずかしさの余り固まってしまっていた。

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